間話「ジュラ公爵は疼くそうです」②
「……なにをお馬鹿なことを言っているのですか!」
「そ、そうよね。私も、ロイグがいなくなってから「わからせ」が疼いたことはサムと会うまでなかったのに……こう懐かしい感じがするわ」
「なおさら意味がわかりません! わからせがどうこうもそうですが、懐かしいわからせとか説明……いえ、間違えました。説明なんてしないでください。耳が壊れますわ」
オフェーリアは大きくため息をつく。
母のこのような奇行は珍しくない。
わからせにかんしては初めてだが、今までも突然「お肉を食べたい」と言ってナイフ一本を持っただけで狩りを行い、魚が食べたいと言い湖を貸し切って素潜りをした。
そのすべてにオフェーリアは付き合わされている。
最近は、そんな母イーディスに妹がどんどん似てきていて将来が不安だったが、先日早々に妹フェイリスがついにやらかしてしまった。
妹の幼馴染みであり、オフェーリアにとって可愛い弟のような存在のスレンを「わからせ」てしまったのだ。
母と共に彼の屋敷で土下座したのは、先日の話だ。
妹にいろいろ伝授してあったせいで、起きた悲しい事件だったが、結果的に丸く収まったのでよかった。
「あなたも私の娘なのだから、素質はあるのに」
「そんな素質いりませんわ!」
「サムを自分だけのものにできるわよ?」
「結構です。わたくしは、今のサム様をお慕いしているのです」
「――あら?」
イーディスは驚いた顔をした。
娘の反応が想像していたものと違ったのだろう。
「わたくしは、ダフネ様とデリック様が愛情を持って育て、ウル様と共に在り、リーゼ様をはじめ家族を心から愛しているサミュエル・シャイト様を愛しているのです。わたくしだけを、快楽だけで見るような殿方などいりません」
「……あらあら」
「ギュンター様とクリー様のように相思相愛ながらそういうことをする分にはなにも問題ありませんし、微笑ましく思いますが、手に入れるための手段に「わからせよう」とすることに対して私は良いことだと思いません」
「そう。オフェーリアはちゃんと自分の考えを、想いを持っているのね」
「もちろんです。他ならぬお母様が後悔しないように生きなさいとわたくしに言い聞かせてくださったではありませんか」
「――そうだったわね」
オフェーリアは、イーディスによく似ている。
考え方、頭の回転の良さ、ときに冷酷になれるところなど、むしろイーディスを上回っていると思われる。
しかし、それゆえに危ういところがある。
サムの婚約者に無理やり押し込んだことで、オフェーリアは柔らかくなった。
よく笑い、普通の少女のようだ。
あの日の選択は、間違っていなかったとイーディスは確信した。
「でも、残念ね。オフェーリアなら、すぐに私の秘伝の技術を取得してサムをアヘ顔ダブルピースにしてくれると思ったのに」
「……お慕いしている方のそんな姿を見たいと思いません!」
「私は見たいわ!」
「このお馬鹿!」
オフェーリアが母親にもう諦めとも言える顔をしたとき、部屋の床が淡く光った。
「――お待たせしましたっす! あらら、イーディスさんもご一緒っすか?」
「いいえ。私は見送りよ。ところで、カルさん」
「なんっすか?」
「サムのおアヘ顔ダブルピース見たい?」
「見たいっす!」
「そうよねぇ」
いえーい、とハイタッチするカルミナとイーディスに、
「こ、こいつら」
頭痛を覚えたオフェーリアが額を抑え、そして大きく息を吸い説教を始めた。
■
しばらくして。
オフェーリアがカルミナと共にウォーカー伯爵家に転移すると、イーディス・ジュラは窓を開けて銀世界の王都を眺めた。
「どうして、急に懐かしくなったのかしら」
わからせが疼くなどと言ったが、本心ではどこか懐かしい気持ちに溢れて涙がでそうになっていた。
「――おかしいわね。まるでロイグが近くにいるみたいな錯覚になるわ」
ありえないことだとわかっているが、ついそんなことを口にしてしまう。
未練はない。
愛していたし、不器用ながら愛情表現を行った。
結果、ロイグが「わからせ殿下」と二つ名を得てしまったが、それも今は懐かしい。
「せめてどこかで元気でやってくれていればよかったのに」
遠く離れた地で、家庭を築き、平和に楽しく暮らしていて欲しかった。
だが、ロイグは冒険者として活動をし続け、最後には仲間を庇って死んだ。
「馬鹿な男よね。サムがあなたに似ているけれど、ウルリーケたちの影響のほうが強いから安心しているわ。あの子は、愛する人がいるかぎり、負けないし、死なないわよ」
だけど。
「同時に、愛する人のためならきっと命など惜しくないでしょうね」
イーディスは様々な表情が混ざった顔をする。
「可愛い娘のためにも、義理の息子になるサムのことを支えてあげましょう。――あわよくば、私も奥さんになりたいわね。娘も嫁に行くことが決まったし、後継もいて安泰だし、そろそろ私個人として残りの人生を楽しみましょう」




