57「よくないことが起きたそうです」
風呂から出たサムとクライドは、腰に手を当てて冷えた牛乳を飲んでいた。
ごっごっごっ、と喉を鳴らして美味そうに飲む。
「かーっ」
「やはり風呂上がりはこれであるな!」
着替えも終わり、両者ともラフな格好だ。
ブラウスとスラックスを身につけた姿は少々寒さを覚えるが、風呂上がりなので心地よさもある。
「さて、私はそろそろ王宮に戻るとしよう」
「じゃあ、友也とカルはスノーデン王国に……あ、友也は戻ってきているみたいですね。魔力が屋敷の中にありますから」
「ならば、行くとしよう」
「はい」
いくら友也が気さくな魔王であっても、気安くタクシー代わりにするのは大陸広しとはいえスカイ王国だけだ。
本人が気にしていないので問題はないが、大陸西側に住まう魔族たちが見れば失神するほど驚くだろう。
最恐の魔王を足代わりにする人間がいることもそうだが、ラッキースケベされるとわかっていながら近づけるのも信じられないはずだ。
「――サムお兄様! 父上!」
廊下を走ってきたのはエミル・アイル・スカイだった。
「……まだいたんですか。お風呂には入らせませんからね」
「そうじゃありません! いえ、いずれはお風呂に入ってみせますが! 今は、その話はあとにしましょう!」
エミルの慌てように、サムとクライドが顔を見合わせた。
なにか嫌な予感がする。
「エミルよ、なにが起きた? そなたがこれほど慌てているのだ、想像もつかないことが起きたのであろう?」
「――はい。リーリヤ王妃の容態が急変しました」
「……なんだって!?」
サムが驚くのは無理はない。
リーリヤ王妃は、地下牢に閉じ込められ食事はもちろん水もまともに与えられていなかった。寝たきりとなり、用を足すにも動けなかったという過酷な状況下にいた。
不幸中の幸いというべきか、手遅れ流になる前に救出することができた。
スカイ王国に連れて戻り、身を清めさせ、綺麗なベッドに寝かせ、薫子が訪れて「重湯」を作ってくれて、少しずつ食事もさせていた。
体力が回復するには時間がかかるが、峠を越えていたと聞いていたのだ。
しかし、リーリヤは悪化したという。
最悪の事態まで想像できる。
「とにかくリーリヤ王妃のもとに向かいながら話をしましょう」
サムたちは小走りで王妃がいる部屋に向かう。
道中、エミルから聞いた話だと、穏やかに眠っていたリーリヤ王妃が急に苦しみ出したという。
血を吐き、暴れ出し、そのか細い身体のどこにそれほど力があるのかと驚くほどの膂力で使用人を殴り飛ばしたらしい。
「ようやく一息ついたと思ったのに、なにが起きたんだよ!」
サムの言葉に答えてくれる者はおらず、三人はただ急ぐことしかできなかった。




