55「エミル殿下とエンカウントしました」
「あ、サムお兄様!」
「……………………こんにちは、エミル殿下。お風呂セット持ってどうしましたか?」
浴室に続く廊下でエミル・アイル・スカイ第二王子と遭遇してしまったサムは、ものすごく嫌そうな顔をした。
「実は、王宮のお風呂が壊れてしまって……ご迷惑かと思ったんですが、お風呂をお借りしようと思いまして」
「…………前も壊れていませんでしたっけ?」
「まったく困ったものですね。おそらく、セドリック兄上がルイーズ姉上とお風呂場でプレイしているせいでしょう」
「イグナーツ公爵家に行ったらどうですか? あちらのお風呂は広いらしいですよ」
「ははははは、冗談はやめてください。あの屋敷に入ったら僕は変態になってしまいますよ!」
「…………わざわざ雪の中歩いてきたんですか?」
「この雪では馬車が使えませんからね。根性出してきました」
「お風呂入るだけなのに?」
「お風呂は命の洗濯です! 綺麗好きな僕には欠かせないのです!」
「湯冷めしますよ?」
「それはほら、兄上と一緒に夜お話をして過ごすとか、しません?」
うるうると瞳を揺らしておねだりするエミルだが、サムには通じない。
王宮ではエミルの可愛らしいおねだりに屈するメイドたちは多いようだが、サムにとってはお風呂でのんびりしている子竜たちを狙う変質者だ。
ステラの弟で、サムにとって義理の弟でなければ「斬り裂き案件」だ。
「……今日は素敵な奥さんとゆっくりとした夜を過ごすので、ちょっと」
「あ、すみません。僕がサムお兄様を独占したらギュンターに呪われてしまいますものね」
てへ、と舌を出すエミルに、イラッとした。
「お泊まりに関してはお父様に言ってください。じゃあ、俺はエミル殿下のお風呂の準備をしてきますね」
「……え? 準備って」
「中庭に簡易的なお風呂を作りますから、待っていてくだいね。三十分ほどでできるので、食堂でお茶でも飲んでいてください」
サムは、中庭にドラム缶風呂を設置することを決めた。
この世界にドラム缶はないが、似たようなものをサムが用意したのだ。
ウルと各地を転々としていたとき、風呂に入りたくてドラム缶風呂を用意したことがある。
まだ魔法が器用に使えなかったので、魔法で生み出した水を炎魔法で必死に沸かしたものだ。
ちなみに、一番風呂はウルに奪われてしまった。
「ちょちょちょちょと、この寒い中で外でお風呂って正気ですか!?」
「雪を見ながらお風呂なんて風情がありますね」
「さ、さすがに僕も風邪ひいちゃいます!」
「いえいえ、遠慮なさらず凍死してくださってくれて構いませんよ」
「ひどい!」
冷たい対応を貫くサムに、エミルが泣き真似をする。
ちらちらとこちらを伺いながら「うわーん」という姿は、控えめにいって鬱陶しい。
「――なにをしているのであるか?」
「父上!」
「陛下……って、陛下までお風呂セットを持って。親子ですねぇ」
少し準備があると言ってサムに先に浴室に向かわせた理由は、お風呂セットを取りにいったようだ。
なぜエミルもクライドもお風呂セットを持参して遊びに来るのだろうか。
ちなみに、セドリック・アイル・スカイ第一王子は、ウォーカー伯爵家に遊びに来た際にお風呂セットを持っていなかった。
「お待たせしたのである、サムよ。さあ、親子の団欒を、おっとメルシー、ルーシー、アーリーもいたのであったな! 私にとって三姉妹は娘同然である! 家族風呂と洒落込むのである!」
「ち、父上! ならば僕もご一緒に! ひ、久しぶりに父上のお背中を流したいなぁ!」
「……私の記憶が正しければ、エミルに背中を流されたことはないのである」
「………………」
そりゃそうだ、とサムは思う。
王と王子が一緒に風呂に入ることはあっても、親子で背中の洗いっこはしないだろう。
王宮には風呂掛かりの使用人もいるのだから。
「さあ、サム。行くのである」
「そうですね。あ、エミル殿下、さよーならー!」
「待ってください! 僕も、僕もぉおおおおおおおおおおお!」
無理やり入ってきそうだったので、サムが浴室前の廊下に結界を張った。
エミルではまず破れないだろう。
「そ、そんな」
「じゃあ、失礼しますね」
「ま、待って!」
「エミル……そなたの分までメルシーと一緒にお風呂を堪能してくるのである」
手を伸ばすエミルに、クライドが思い切りドヤ顔をした。
「父上ぇえええええええええええええええええええええええ! ちくしょぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
ウォーカー伯爵家にエミル・アイル・スカイの慟哭が響いた。
サムとクライドが浴室に姿をけしてからもその嘆きは「やかましい!」とゾーイに張り倒されるまで続いた。




