間話「綾音さん頑張ります」①
日比谷綾音は、愛の女神エヴァンジェリンが祀られる聖堂に勤める見習いシスターだ。
午前の掃除仕事を終えて、食堂で死んだ魚のような目をしてお茶を飲んでいた。
「……薫子ママのご飯は今日も最高だったけど、午後の仕事が待っていると憂鬱なんですけど」
スカイ王国の日々は嫌いではない。
近所の人たちは優しいし、同じ寮に住む見習シスターの中に友人もできた。
食事は美味しい。
長い時間、身動きできずに封印されていたことを思い返すと、比べ物にならないほど、日々が楽しい。
それでも、憂鬱なことがある。
「変態どもの相手は疲れるのよぉ!」
まだスカイ王国の日々が浅い綾音は、変態への耐性がない。
勇者として活動していた頃、スカイ王国はなかったし、この国にいるような変態もいなかった。
自分の封印中に世界になにがあったのか疑問に思う。
もしくは、自分が知らないだけで世界には変態が溢れていたのかもしれない。
「同じテーブルに失礼しますね」
「あ、カリアン様とメイじゃない」
テーブルの反対側に座ったのは、食事の乗ったトレイを持ったカリアン・ショーンとメイ・リー・リーだった。
カリアンは少し疲れた顔をしているのに対し、メイは肌がツヤツヤしている。
(も、もしかして……このふたりは一線を……あ、違うわね。そういう雰囲気じゃないわね)
おそらくカリアンはメイにぐいぐい迫られていて大変なのだろう。
メイは愛するカリアンと一緒にいるだけで幸せのはずだ。
その結果が、疲れた顔をしたカリアンと充実した顔をするメイなのだろうと考えた。
「……カリアン様も大変ね」
「ははは」
「メイ、もう少しよ!」
「はい。頑張ります」
「焚き付けないでください」
親友としてメイに小さくガッツポーズを贈る。
メイもガッツポーズを返してくれた。
「……ところで、綾音殿はため息を吐かれていたようですが。何かお仕事で問題がありましたか?」
「午後に来る相談者のことで悩んでいるのよ」
「そういえば、綾音殿は相談員として経験を積むこととなりましたね」
愛の女神エヴァンジェリンの元には、日々相談者が訪れている。
律儀にもエヴァンジェリンが全員を相手にしようとするが、如何せん人数が多すぎる。
また内容もデリケートなもののため、不特定多数の人間がいるところで聞くとはできず、相談者をまとめることもできない。
そこで、エヴァンジェリンが指名した者が、エヴァンジェリンの代行として相談を請け負うのだ。
指名された者は相談員と呼ばれる。
現在は、カリアン・ショーン、モンド・ムンド、霧島薫子の三人だ。
そこに臨時相談員としてギュンター・イグナーツ、竜王炎樹、竜の青樹もいる。
さらに、愛の伝道師クリー・イグナーツも参加している。
最近では、相談員見習いとして日比谷綾音もスカイ王国の迷える民の相談に乗っていた。
一応、相談者には事前にエヴァンジェリンではなく相談員で良いかどうかと尋ね、了承された者だけが相談員に担当してもらう。
また、相談員と相談員補助たちは、他言無用であると同時に、相談員という同じ役職に内容を話し、相談に乗ることは許されている。
この辺りも、相談者は事前に了承済みだ。
なお、相談者は相談前に上記の項目が書かれた書類に目を通し、サインすることで相談に乗ってもらえる。
項目の中には、サミュエル・シャイトにはいろいろ筒抜け、と書かれているが、今までにサインをしなかった者はいない。
エヴァンジェリンが慕うサムは、信者たちの間で「聖人」と呼ばれている。中には間違えて「性人」や「夜の魔王」と呼んでいる者もいるのだが、些細な問題だ。
「ええ。ちょっとね。なかなか難しい相談だから、悩んじゃって」
「なるほど。我々相談員同士で情報を共有することは問題ありませんので、相談に乗りますよ?」
「いいわ。もう少し、自分で頑張ってみるわ」
「……わかりました。責任があることは良いことですが、ひとりで抱えてしまった結果、相談者によくない結果をもたらすこともあります。綾音殿が悩んだときは、私たちに遠慮なく相談してください」
「ありがとう。さすがカリアン様、頼りになるわね」
「……あの、そのカリアン様ってやめませんか?」
「なんで? カリアン様はカリアン様じゃない!」
「そうです! カリアン様はカリアン様です!」
綾音はもう少しひとりで頑張ってみることにした。
相談したくないと言ったら嘘になるが、どう相談すればいいのかわからなかったのだ。
(義理の娘たちが夜な夜な誘惑に来てそろそろ理性が飛びそう、しかも、義理の息子も迫ってくるとか、異世界がしゅごしゅぎて相談なんてできない! 恥ずかしくて口に出せないんですけど!)
見習いシスター日比谷綾音の奮闘は続く。




