59「逃亡です」
「ははははははっ! 太陽の勇者である俺――菊池進様から逃げられるわけがねえだろ! 死ねよ、パチモン女神!」
綾音たちは雪の中を全力で逃げていた。
その理由はひとつ。
綾音を襲撃した人間が、雪の中を追ってきたからだ。
隠すつもりのない明確な殺意があったので、小屋は燃やされたが逃げることができたのはいいが、綾音は回復できておらず、メイ・リー・リーも本調子ではない。
戦うではなく、逃げるを選択した綾音は正しかった。
「……私の小屋を燃やしやがって! 力を取り戻したら、あのクソガキぶっ殺してやる!」
涙を流して悔しがる綾音の脳裏では、メイ・リー・リーと一緒に、途中から鳳凰院朱雀丸が加わった日々が思い返されていた。
前世でやりたかった友達とのキャンプが叶ったと思えば、すべて燃やした自称太陽の勇者を許せるはずがなかった。
「ちょっと、多々二郎! あんたも勇者でしょう! あのガキをなんとかしなさいよ!」
「綾音殿、拙者が勇者として授かった能力は気配を消すことであり、それ以外は人間として上位の肉体でござるが、あれには勝てないでござる」
「気配を消して後ろから首を掻っ切ってやんなさいよ! 白い雪に血の雨を降らせるのよ!」
「綾音っち! 拙者は……その、人を殺したことがないのでござる。そんなことは、できないのでござるよ」
「だから距離詰めてくんなって言ってんだろ! つーか、殺し童貞かよ! この世界じゃ人間の命なんて日本の数倍軽いんだから、慣れないとあんたが死ぬわよ!」
走りながら会話する余裕があるのは、宙に浮かびながら火球を打ってくる菊池進が本気ではないからだろう。
追い込んで遊んでいるのだ。
「綾音……私が迎撃を」
「馬鹿! 自分とあいつの実力差くらいわかるでしょう! 私の勇者時代と違ってこつこつやらずに最初からアホみたいな力を得た奴を相手するだけ無駄よ! ああいう手合いは力を使うことに酔っているんだから、好き勝手やらせて逃げに徹すればいいのよ!」
「……わかりました」
「さすが綾音っちで、ござるな。まさか女神ん綾音っちが勇者も経験していたとは、拙者、驚きでござる」
「……お前! もう綾音っちから私の呼び方変える気ねえな!?」
火球の勢いが増していく。
せめて綾音たちが走る前方に撃ってくれれば雪が溶けて走りやすくなるのだが、ちゃんと相手もわかっているようで後方にしか撃って来ない。
綾音は問題ないが、メイ・リー・リーと鳳凰院は衝撃波と飛んでくる石などで身体に小さな傷を作っている。
このままではいずれ、足が止まるだろう。
「せめて力がもう少し戻っていれば」
「綾音っち……拙者にひとつだけ方法があるでござる」
「じゃあ早くなさい!」
「し、しかし、これはスノーデン王国のプライドばかり高い魔法使いが作った転移符でござるゆえ、失敗作なのでござるよ。転移は可能であるようでござるが、行き先はランダムでござる!」
「火山の中か深海じゃない限りなんとかなるでしょう! この状況よりはマシよ!」
「わ、わかったでござる! 綾音っち、メイ殿、拙者に捕まるでござる! これで三人が違う場所に飛ばされることは防げるはず! いくでござるよ!」
鳳凰院が懐から符を出すと、唇を噛み切り加えた。
「おいおい、せっかく遊んでやってるのに逃げんじゃねえよ!」
逃げる雰囲気を察したのか、菊池進が宙から炎の剣を握って突っ込んでくる。
「早く!」
「わ、わかっているでござる! ――転移!」
■
どさり、と音を立てて綾音とメイ・リー・リー、鳳凰院の三人は雪が積もった草原に投げ出された。
場所が違うことはすぐにわかった。
雪も積もっているが、移動に問題ない。
「とにかく逃げることができたわね。バラバラにもならずに済んだし、これから立て直して」
綾音が大きく息を吐く。
そんな綾音の肩を誰かが叩いた。
「なによ、ちょっとくらい息を整えさせなさいよ。せっかちなことしないでくれ、る?」
振り向いで綾音が硬直する。
しばらくして汗をダラダラと流し、小刻みに震え始めた。
「え? なんで?」
なんとかそれだけ声を出せた。
それもそのはず、綾音を見下ろすように立っているのはウルリーケ・ウォーカー・ファレルだった。
規格外の火力で女神である綾音をあと一歩まで追い込んだ、人物だった。
「いらっしゃーい!」
「――ひえっ」
満面の笑みを浮かべるウルリーケが綾音には魔王に見えた。
魔王たち「いや、魔王はこんなに怖くないから」
最新コミック2巻が発売となりました! ぜひお読みいただけますと幸いです!
コミックウォーカー様、ニコニコ漫画様にて、コミカライズ最新話が公開されておりますのでぜひご覧になってください!




