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「──ねーっ♪ いいもの借りちゃったー♪」
愉しげな声が、聞こえて来た。
海軍女学校第一分隊の残る二人、中浜千代と、榎本陽子だ。
それぞれ木の盥を抱えて、母屋のほうから庭を横切り、歩いて来る。
そして何のつもりか、千代は学校指定の水着姿である。
水抜き穴という建前で、実際は縫製の都合が優先されたであろう、前身頃が股間部分にかぶさる形状。
いまどき尋常小学校でも廃れつつある旧型の学校水着を、どうしたわけか海軍女学校は制式採用している。
「ちょっと……中浜さん、そんな破廉恥な姿をなさって!」
麟子が呆れ果てて声を上げると、
「……ぱーづん?("Pardon?")」
千代は眼を丸くして小首をかしげ、
「学校の水着の、何が破廉恥?」
「破廉恥でしょう、こんな場所……他所様のお宅の庭で!」
「他所様じゃないよ、《倶楽部》だよ♪ ほーまうぇぃふろんほーん♪("Home away from home.")」
千代は得意げに、豊かな胸を張る。
仔馬の尻尾のように束ねられた栗色の髪が、ぴょこんと弾む。
濃紺の水着から伸びた腕と脚はすらりと長く、顔は小さくて、眼鼻立ちが整っている。
西洋人に劣らぬ健康美に溢れた身体つきである──いささか胸は豊満に過ぎるとしても。
伸縮性に乏しい旧型水着に圧迫された胸の柔肉は、潰れた饅頭のように肩口へはみ出している。
千代自身はそれを恥じらう様子もなく、だからこそ堂々と水着姿でいるのだが。
順が陽子に訊ねた。
「で……陽子チン、その盥、まさかと思うけどさ」
「その、まさかなのですよ?」
にっこりと、陽子は微笑みを返す。
海軍女学校の身体検査合格基準(身長一五〇センチ以上、体重四十三キロ以上)を如何に潜り抜けたのか。
白ジャケットに白ズボンの第二種軍装が子供の七五三姿のように見える、小柄で華奢な身体つき。
おかっぱの黒髪に柔和な美貌の、日本人形のような娘である。
麟子が、うんうん……と、もっともらしく頷いて、
「お世話になっている《倶楽部》の皆様のお洗濯かお掃除をお手伝いするのでしょう? 素晴らしいですわ」
「ゆーきづん?("You Kidding?") それ冗談で言ってるの?」
千代が真顔で訊き返し、麟子は眉をしかめて、
「違うとおっしゃるの? まさか、本気で行水でもなさるつもり?」
「ゆーがちっ!("You've got it!") その、まさかだよ♪」
「まさかなのです」
千代と陽子は声を揃え、二人で顔を見合わせて、くすくす笑う。
順が拳を握り固め、すっくと立ち上がった。
「ボクも、まさかに参加する! 水着は無いけど構うもんか、暑さで死ぬより裸になるほうが百倍マシだ!」
「水着は持って来てるのですよ? 順クンの分も、もちろん麟子さんの分も」
「ホント? 陽子チン、前から天使だと思ってたけど、本気で天使! 大天使だ!」
「わたくしの水着もって、まさか、わたくしの箪笥から持ち出したのですか?」
唖然として訊ねる麟子に、陽子は、にっこりとして、
「下着も持って来てるのですよ? それとも行水のあとに、汗を吸った下着をまた身に着けたいです?」
「それは嫌ですけど……いや、そうじゃなくて、わたくしの箪笥を勝手に開けて、水着や下着を勝手に……」
「麟子のって言うけど、全部官給品だよ♪ 水着も下着も箪笥自体も♪」
千代が言った。
「生徒全員、制服も下着も揃いのモノ着てるんだし♪ うぃぁおーざせーむ♪("We are all the same.")」
「それは、そうですけど……でもやっぱり、下着はそれぞれが身体に直に着けるもので……」
言いよどむ麟子に、陽子が、
「麟子さんのことですから、お洗濯はきちんとしてるです?」
「それはもちろん、当然ですわ!」
麟子が思わず声を張り上げると、陽子は、にっこりとして、
「だったら大丈夫です。全然、匂ったりもしなかったですよ?」
「ちょっと! 榎本さん貴女、匂いまで嗅いで……!」
「いや、冗談ですよ?」
「冗談って、タチが悪すぎます!」
真っ赤になって叫ぶ麟子に、千代と陽子、それに順は、くすくす笑う。
麟子は「はあっ……」と、肩を落とした。
「……わかりましたわ。せっかく盥をお貸し頂いた《倶楽部》の皆様の好意を無にはできませんものね」
「よっしゃ! 第一分隊、これより水練を開始する!」
順が拳を突き上げて、千代と陽子が、それに倣った。
「おーっ♪」「おーっ、なのです」




