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歌劇団の主演男役が海軍将校を演じているかのようであった。
すらりとした長身を白ジャケットと白ズボンに包み、腰に短剣を帯びている。
白い制帽の下は短髪の黒髪に、くっきりとして整った眼鼻立ち。
白ジャケットの襟が水兵風でなければ、まさしく男装の麗人というところ。
しかしその水兵襟で、これが芝居の扮装ではなく、歴とした海軍女学校生徒の制服姿とわかる。
いずれにしても──
三角屋根の小さな駅舎の前に立つ彼女の姿は、人々の──特に婦女子の熱視線を集めるものであった。
当人は、それを涼しげな顔で受け流している。
日陰にいるとはいえ猛暑の中、額に汗を浮かべての痩せ我慢込みではあるのだが。
海軍女学校四号生徒にして第二分隊伍長、坂本理代子。
この休日は外出許可を得て、分隊の仲間とは別行動をとっている。
電車の接近を告げる案内放送が聞こえた。
理代子は高架上のプラットホームを見上げ、微かな笑みを浮かべた。
人を待っているのであった。約束の時間からすると、そろそろ到着するはずだ。
横須賀は起伏が多い土地で、鉄道路線もトンネルと高架の連続である。
ここ「横須賀公郷」駅のホームは高架上にあるが、背後に小高い丘が迫っている。かの「長官山」である。
やがて電車が着いた。降りる人と、乗り込む人。
しばらくして電車が出発し、降車客が駅舎から出て来た。
その中に、紫の矢絣の振袖に緑の袴姿の人目を惹く少女がいた。
パーマネントを当てたかのような、ふわふわした髪には、黄色いリボンを結んでいる。
少女は理代子に気づいて、ぱっと笑顔を輝かせた。
「お姉ちゃん!」
「いらっしゃい、良子」
微笑む理代子の前まで、ぱたぱたと革靴の音を高鳴らせて少女は駆けて来ると、
「お姉ちゃん、『オオヤケ』に『ゴウ』で『クゴウ』なんて読めないよ」
先ほどまでの笑顔を引っ込め、口を尖らせた。
「『コウゴウ』か『キミサト』と思ったから、車内放送で言われても気づかなくて乗り過ごすところだった」
理代子は笑って、
「『公郷』は『横須賀中央』の次の駅だって言ったろう?」
「横須賀の地名はワケがわからないよ。『オイハマ』と思えば『追浜』で『イツミ』が『逸見』だとか」
「海軍女学校の合格を目指すなら、横須賀の地名の読み書きは必須だよ」
理代子は悪戯っぽく片眼をつむってみせる。
「『不入斗』は必ず採用試験に出るから覚えておかないと」
「嘘? それどんな字なの?」
眼を丸くする良子に、理代子は笑って、
「冗談さ。ちなみに、その先で線路の下をくぐって『長官山』のほうへ上っていくのは『道目木』坂だよ」
「もうっ、お姉ちゃんってば!」
良子は眉を吊り上げて理代子の肩を叩いたが、すぐに、くすくすと笑いだす。
「意地悪を言った罰だよ。何か横須賀名物をご馳走してもらうからね!」
ころころと表情を変える快活な少女は、楢崎良子といった。
理代子の従姉妹で十七歳、高等女学校の五年生である。
卒業後は海軍女学校への入学を希望しており、きょうはその下見という口実で、理代子を訪ねて来た。
理代子は訊ねた。
「ところで良子、その袴姿は何のつもりだい?」
振袖に袴といえば明治の頃の服装で、いまどきの女学生は卒業式の晴れ着にしかしないだろう。
良子の通う高等女学校の制服もセーラー服である。
「可愛いでしょ? お姉ちゃんが海軍さんの格好だから、良子は音楽学校の生徒風にしてみたんだよ」
良子は得意げに胸を張る。
「上はお婆ちゃんの黒紋付を借りるつもりだったけど、お母さんに止められて普通の振袖で我慢したんだ」
「こっちは歌劇団の衣装じゃないんだけどなあ」
理代子は苦笑いするほかない。
「それに、この暑さだろ? 良子が途中でバテないか心配だよ」
「いちおう着物も袴も薄手の夏物だけど、あまり暑ければすぐ言うよ。喫茶店でも入って休憩しようって」
にこにこ笑顔で悪びれない良子に、理代子は両手を上げて降参した。
「わかったわかった。じゃあ、学校まで行こうか。外から見るだけになるけど、ちょうどいい場所がある」
「うん!」
良子は元気よく返事をするとすぐ、今度は不思議そうに眼を丸くして小首をかしげ、
「でもお姉ちゃん、どうして待ち合わせの駅は横須賀中央にしなかったの? 向こうなら快速も止まるのに」
「あちらは人が多すぎて気を遣うんだよ。偉い人が通りかかったらどうしようとか」
理代子は苦笑いで言う。
「こっちも盛り場が近いけど、中央ほどの人混みではないからね」
「そっか……そんな気苦労もあるんだね」
良子も笑う。




