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横須賀海軍女学校  作者: 白紙撤回
第一話  《倶楽部》
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2/27

1 - 2

 

 

 

     *     *     *

 

 

 

 歌劇団の主演男役トップスターが海軍将校を演じているかのようであった。

 すらりとした長身を白ジャケットと白ズボンに包み、腰に短剣を帯びている。

 白い制帽の下は短髪ベリーショートの黒髪に、くっきりとして整った眼鼻立ち。

 白ジャケットの襟が水兵セーラー風でなければ、まさしく男装の麗人というところ。

 しかしその水兵襟で、これが芝居の扮装ではなく、歴とした海軍女学校生徒の制服姿とわかる。

 いずれにしても──

 三角屋根の小さな駅舎の前に立つ彼女の姿は、人々の──特に婦女子の熱視線を集めるものであった。

 当人は、それを涼しげな顔で受け流している。

 日陰にいるとはいえ猛暑の中、額に汗を浮かべての痩せ我慢込みではあるのだが。

 海軍女学校四号生徒にして第二分隊伍長、坂本理代子さかもと りよこ

 この休日は外出許可を得て、分隊の仲間とは別行動をとっている。

 電車の接近を告げる案内放送アナウンスが聞こえた。

 理代子は高架上のプラットホームを見上げ、微かな笑みを浮かべた。

 人を待っているのであった。約束の時間からすると、そろそろ到着するはずだ。

 横須賀は起伏が多い土地で、鉄道路線もトンネルと高架の連続である。

 ここ「横須賀公郷」駅のホームは高架上にあるが、背後に小高い丘が迫っている。かの「長官山」である。

 やがて電車が着いた。降りる人と、乗り込む人。

 しばらくして電車が出発し、降車客が駅舎から出て来た。

 その中に、紫の矢絣やがすりの振袖に緑のはかま姿の人目をく少女がいた。

 パーマネントを当てたかのような、ふわふわした髪には、黄色いリボンを結んでいる。

 少女は理代子に気づいて、ぱっと笑顔を輝かせた。

 

「お姉ちゃん!」

「いらっしゃい、良子よしこ

 

 微笑む理代子の前まで、ぱたぱたと革靴の音を高鳴らせて少女は駆けて来ると、

 

「お姉ちゃん、『オオヤケ』に『ゴウ』で『クゴウ』なんて読めないよ」

 

 先ほどまでの笑顔を引っ込め、口を尖らせた。

 

「『コウゴウ』か『キミサト』と思ったから、車内放送で言われても気づかなくて乗り過ごすところだった」

 

 理代子は笑って、

 

「『公郷くごう』は『横須賀中央』の次の駅だって言ったろう?」

「横須賀の地名はワケがわからないよ。『オイハマ』と思えば『追浜おっぱま』で『イツミ』が『逸見へみ』だとか」

「海軍女学校の合格を目指すなら、横須賀の地名の読み書きは必須だよ」

 

 理代子は悪戯っぽく片眼をつむってみせる。

 

「『不入斗いりやまず』は必ず採用試験に出るから覚えておかないと」

「嘘? それどんな字なの?」

 

 眼を丸くする良子に、理代子は笑って、

 

「冗談さ。ちなみに、その先で線路の下をくぐって『長官山』のほうへ上っていくのは『道目木どうめき』坂だよ」

「もうっ、お姉ちゃんってば!」

 

 良子は眉を吊り上げて理代子の肩を叩いたが、すぐに、くすくすと笑いだす。

 

「意地悪を言った罰だよ。何か横須賀名物をご馳走してもらうからね!」

 

 ころころと表情を変える快活な少女は、楢崎ならさき良子といった。

 理代子の従姉妹いとこで十七歳、高等女学校の五年生である。

 卒業後は海軍女学校への入学を希望しており、きょうはその下見という口実で、理代子を訪ねて来た。

 理代子はたずねた。

 

「ところで良子、その袴姿は何のつもりだい?」

 

 振袖に袴といえば明治の頃の服装で、いまどきの女学生は卒業式の晴れ着にしかしないだろう。

 良子の通う高等女学校の制服もセーラー服である。

 

「可愛いでしょ? お姉ちゃんが海軍さんの格好だから、良子は音楽学校の生徒風にしてみたんだよ」

 

 良子は得意げに胸を張る。

 

「上はお婆ちゃんの黒紋付を借りるつもりだったけど、お母さんに止められて普通の振袖で我慢したんだ」

「こっちは歌劇団の衣装じゃないんだけどなあ」

 

 理代子は苦笑いするほかない。

 

「それに、この暑さだろ? 良子が途中でバテないか心配だよ」

「いちおう着物も袴も薄手の夏物だけど、あまり暑ければすぐ言うよ。喫茶店カフェでも入って休憩しようって」

 

 にこにこ笑顔で悪びれない良子に、理代子は両手を上げて降参した。

 

「わかったわかった。じゃあ、学校まで行こうか。外から見るだけになるけど、ちょうどいい場所がある」

「うん!」

 

 良子は元気よく返事をするとすぐ、今度は不思議そうに眼を丸くして小首をかしげ、

 

「でもお姉ちゃん、どうして待ち合わせの駅は横須賀中央にしなかったの? 向こうなら快速も止まるのに」

「あちらは人が多すぎて気を遣うんだよ。偉い人が通りかかったらどうしようとか」

 

 理代子は苦笑いで言う。

 

「こっちも盛り場が近いけど、中央ほどの人混みではないからね」

「そっか……そんな気苦労もあるんだね」

 

 良子も笑う。


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