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「君は優しすぎた」と婚約者に浮気されたので、優しさはもう最推しにしか注ぎません

作者: しのギドラ
掲載日:2026/10/09

「君は優しすぎた、クロエ」

 

 それは公爵家の夜会で言われた一言だった。

 

 婚約者である侯爵家の嫡男ジョゼフは、子爵令嬢のシュリアの腰を抱き寄せながら、私にそう告げた。

 

 公然と浮気された事実を突きつけられ、私の心へ冷たい氷が落ちる。

 

「……どういうことでしょうか?」

 

「お前は、公爵家の嫡男、宮廷音楽家、騎士団の青年……誰にでも愛想を振りまいていただろう。決して俺だけを見てくれることはなかった。けれどシュリアは違う。俺だけを見てくれたんだ……!」

 

「ジョゼフ様……それは理由があって……!」

 

「クロエ、君との婚約は解消させてもらおう。両家には俺の方から話しておくから心配するな」

 

 あまりにも堂々と婚約破棄をされ、私は呆然として二人を見つめた。

 

 庭園の木々のざわめきが、静けさのせいかやけに耳に残る。

 

 満足気に笑むジョゼフ様、彼の横で勝ち誇るように唇をつり上げるシュリア。

 

 その二人の仲睦まじい様子を目にしたら、私は自身が身を引くことしかできなかった。

 

「婚約の解消……承知いたしました。お二人の幸せを、心から願っております」

 

 ドレスの裾を持ち上げながら、私は深くお辞儀をした。

 

 目の前の光景から逃れたくて、そのまま彼らを視界に入れることなく駆け出した。

 

 噴水の音が聞こえる広場まで辿り着き、荒くなった息を必死に整える。

 

「もっと早く……気づくべきだったわよね……」

 

 私には、前世の記憶があった。

 この世界は、前世でやり込んだ乙女ゲームの舞台だ。

 攻略対象はいずれも不幸な過去を抱え、ヒロインである主人公がその傷を癒やして救う物語。

 

 そのはずだった。

 ところが、待てど暮らせど主人公が現れず、時だけが無情に過ぎていった。

 

 そこで私は、居ても立ってもいられず、自分が攻略対象達を救おうと決意したのだ。

 

 王位継承争いで、心を歪めてしまった王太子。

 指が動かなくなる呪いにかかった、宮廷音楽家志望の貴族子息。

 ライバルに死地へ送られそうになる、騎士団の青年。

 

 物語を歪めることになるかもしれないが、このままで彼らは不幸のまま人生を終えてしまう。

 私はできるだけ目立たないようにしながら、彼らと接触して問題を取り除いていった。

 

 攻略対象の彼らには感謝され、誰も不幸にならずにストーリーを終えた。

 

「その結果がこれか……」

 

 実は、ジョゼフ様の浮気には以前から心当たりがあった。

 私と婚約した直後から、彼は約束をすっぽかしたり、甘い香水の残り香を漂わせて現れることもあったのだ。

 ずっと疑念を感じていたが、忙しさもあり見ないふりをしていた。

 

 私は噴水の飛沫を見ながら、ただぼうっと夜の静寂の中に佇む。

 

「クロエ……」

 

 不意に、低くも涼やかな声が背中にかけられた。

 

「リュシアン……?」

 

 公爵家の嫡男であり、私が手を差し伸べた攻略対象の一人リュシアン。

 目を奪われるような銀髪を夜風になびかせ、彼は琥珀色の瞳を私に向ける。

 

「その、すまない。先程のやり取りを、見てしまったんだ」

 

「あ……。ごめんなさい、見苦しいところを見せてしまったわね」

 

「そんなことはない。ただ、君が傷ついていないか心配になって追いかけてきたんだ」

 

 リュシアンの言葉に、私の胸の奥から熱い感情がこみ上げる。

 そうだ、私は傷ついているんだ。

 たとえ愛し合っての婚約じゃなかったとしても、彼のことは生涯のパートナーとして想っていたのに。

 裏切られたことのショックで、私は頭が真っ白になってしまったのだ。

 

「あはは……。全部身からでた錆ね……」

 

「そんなことはない。絶対に違う。君の優しさを理解しようとせず、我欲に走ったあの男が悪いんだ」

 

 励ましてくれようとする、リュシアンの気持ちが嬉しかった。

 私は涙をこらえながら、彼に笑みを形作る。

 

「ありがとう、リュシアン。あなたの言葉に……救われたわ」

 

「救われたのは、私の方が先だ。君がいなければ、私は屋敷から出ることすらできなかっただろう」

 

 リュシアンは柔らかな光をたたえた眼差しで、私を包みこんでくれる。

 

 戦場帰りだった彼は、心に負った傷のせいで、食事も喉が通らないほど憔悴していた。

 

 それを前世の記憶で知っていた私は、何度も彼の元へ通い、手作りのお菓子を差し入れた。

 

 最初は扉を開けることも拒まれたけれど、ある日特製マドレーヌを焼いていった日。

 彼はやつれた顔を、扉の隙間から覗かせてくれた。

 

 次第に親交が深まり、リュシアンと私は唯一無二の友人になったのだ。


「あなたと友達になれて、本当に良かったわ。リュシアン、これからも仲良くしてね」

 

 私の言葉に、リュシアンは何故か不服そうに顔を陰らせた。


「それは……友人以外にはなれない……ということか?」

 

「え……?」

 

「いや、婚約解消したばかりの君に言うことではなかった。……明日の昼、君の家に行こう。待っていてくれ」

 

 彼は名残惜しそうに微笑みを浮かべ、公爵家の会場へと立ち去っていった。

 噴水広場に残された私は、彼の熱のこもった言葉に、頬を熱くしながら目を瞬かせていた。

 


 

 侯爵家から婚約解消の手紙が朝イチで届き、慌てふためく伯爵家。

 その昼下がりに、リュシアンは約束通りにやってきた。

 

「すまない、準備をしていたら遅くなってしまった」

 

 リュシアンは、胸を覆い隠すほどの大輪の薔薇を携えて、我が家へと訪れた。

 

「こんな素敵な薔薇の花束……貰っていいの?」

 

「もちろんだ。これまでも、これから先も、薔薇の花束を贈るのは君だけだ」

 

 この国にとって薔薇の花束を捧げるのは『愛を誓う』ということだ。

 

 恋愛感情に鈍いと言われる私でも、彼の気持ちを隠そうとしない行動に、色々と気づいてしまう。

 

「ねえ、リュシアン……。その、私……」

 

「クロエ、この後時間はないだろうか?」

 

「え、ええ。時間ならあるわ」

 

「連れていきたい所がある。ついて来てくれないか?」

 

 リュシアンは私の手を取り、美しい顔立ちを甘やかな笑みで彩る。

 彼の手を握っていいのは、本来なら物語の主人公だ。

 けれど、私は振り払うことはできず、赤くなる顔をうつむかせ、つい頷いてしまった。

 

 公爵家の馬車に揺られて辿り着いたのは、大通りに面する有名な菓子店だった。

 いつでも大行列で、甘いお菓子が好きな私も食べたことがない。


「ここが、あなたが連れてきたかったお店……?」

 

「ああ。話は通してあるから、裏口から入ろう」


「え、裏口!?」

 

 リュシアンに手を引かれながら、私は行列を横目に菓子店の裏へと回っていく。

 正面入口の反対側に、その扉は隠れるように存在していた。

 

「……入っていいの?」

 

「この菓子店は開業時、経営が苦しかった頃に公爵家が支援をしたんだ。その縁あって、公爵家ゆかりの者は焼きたてを特別室で食べられるようになっている」

 

「焼き立てを!?」

 

 扉をくぐりながら、私はごくりと喉を鳴らしてしまう。

 お店の焼き立てお菓子など、そうそう食べられるものではない。

 まさかの特別待遇に、不覚にもお腹を鳴らしてしまいそうだ。


「お菓子作りが趣味の君なら、きっと気に入ってくれると思ったんだ。さあ、この部屋だ」

 

 リュシアンが開いたドアの先は、木漏れ日差し込むこじんまりとした部屋だった。

 部屋の中央には、白いテーブルクロスがひかれた机。

 窓には瑞々しい花が生けてある。

 きらびやかと言うより、人の温かさを感じさせてくれる。


 椅子に座って待っていると、ノックとともに壮年の男性がやってきた。

 

「ようこそおいでくださいました。リュシアン様がいらっしゃるとは珍しいですね」

 

「ああ。……クロエ、彼がこの菓子店の店主だ」

 

「は、初めまして……! クロエと申します」

 

 店主は私の方へ、陽光のような温かな眼差しを向けてくれる。

 

「リュシアン様が女性を……これは、予想外でした」

 

「……余計なことは言わないでくれ」

 

「これは失礼いたしました。……クロエ様、リュシアン様はとてもお優しい方です。どうかよろしくお願い申し上げます」

 

「は、はい……」

 

 店主が一礼すると、菓子を乗せたカートが入ってきた。

 見るからに美味しそうな、きつね色の焼き菓子。

 香ばしそうな、粉砂糖がかかったクッキーも用意されている。

 

「それでは、時間を気にせず……ごゆるりとご賞味ください」

 

 店主が退室すると、室内に静けさと、お菓子の芳醇な香りが漂った。

 

「わあ……。どれも美味しそう」

 

「食べきれない分は、後で包んでもらえるから安心してくれ。君の好きなものから食べよう」

 

「うーん。どれから食べるか迷ってしまうわ。リュシアンのおすすめはある?」

 

「私のおすすめは……マドレーヌだな」

 

「マドレーヌね。確かにとても美味しそう」

 

 手近にあったマドレーヌを手に取り、私が口に運ぼうとした瞬間。

 

「マドレーヌは、クロエが私に初めて作ってくれた菓子だからな」

 

 ぽつりと呟いたリュシアンの言葉に、私は口元の直前で菓子を止めて、目を瞬かせた。

 記憶があいまいだが、確かに初めて来訪した時にマドレーヌを作った気がする。

 

「覚えていたの……?」

 

「忘れはしないさ。そして、二回目のマドレーヌを作ってくれた時に……君と初めて顔を合わせたんだ」

 

「そうね。あの時のあなたは、とてもやつれていて、倒れないか心配になったわ」

 

「あれでも、クロエの菓子のおかげで大分回復していたんだ。……君の手作り菓子だけは、なぜか食べることができて、心を解きほぐしてくれた。……クロエは、私の光そのものだ」

 

 それは物語のシナリオ通り、彼の好きなお菓子を作ってあげたからだ。

 私は気まずくなって、マドレーヌを取り皿に置いてしまう。

 

「クロエ……?」

 

「リュシアン、私は……あなたが思っているほど、良い子ではないわ」

 

 彼の想いを感じる度に、ズキリと胸が痛む。

 心を蝕む罪悪感に、私は耐えきれなくなった。

 胸いっぱいに息を吸い込み、気持ちを落ち着かせてから口を開く。


「私には……前世の記憶があるの」

 

 前世でプレイしたゲームと、この世界が酷似していること。

 その知識を活かして、リュシアンを救ったこと。

 すべてを包み隠さずに、彼へ打ち明けてしまった。

 

「そうだったのか……」

 

「ごめんなさい、あなたを騙すような真似をして……」

 

「何がだ? むしろ、君にその記憶があったことを感謝している。そのおかげで……君と出会うことができた」

 

「で、でも、私は……」

 

「君が皆を救おうとした気持ちに、偽りなどない。私を放っておくことだってできただろう。けれど君は、全員を救う道を選んだ。ありがとう、クロエ。君の優しさのおかげで、今私はここにいる」

 

 リュシアンの言葉に、心の奥底が熱くなる。

 今まで、私は主人公や攻略対象に後ろめたさを持ちながら、彼らの傷と向き合っていた。

 けれども、それは決して間違いではなかったと、彼の言葉が肯定してくれる。

 

「……だが一つ言うのなら。他の者達も、きっと君に恋慕しているだろうということだ……」

 

「へ?」

 

「君に婚約者がいた手前、私もクロエへの気持ちを隠し続けてきた。……婚約が解消された直後に、私が近くにいたのは僥倖と言える。他の者に君を奪われずにすんだ」

 

「え、あ、え?」

 

「だから、今のうちに言っておきたい。私は、クロエのことが好きだ。今すぐにでも、婚約したいぐらいに」

 

 その言葉を理解するまで、私の思考は停止してしまった。

 目の前で私だけを見つめるリュシアンは、とても冗談を言っているようには見えない。

 真剣でまっすぐな琥珀色の瞳には、焦がされてしまいそうなほどに熱が灯っている。


「えっと、あの……それは、その」


 顔だけではなく、手先まで熱がほとばしる。

 友人として親しくしてきた彼からの好意に、私はどう答えていいかわからなかった。

 戸惑う私を見て、リュシアンは申し訳無さそうに眉尻を下げる。


「すまない、いきなりすぎたな。君は婚約を解消したばかりで、まだ心休まる時間が必要だろう。返事を急がせるつもりはないから、どうか困った顔をしないでほしい」


「リュシアン……」


「私はいつまでも待つ。だから今は、冷めないうちにマドレーヌを食べよう」


 彼がふわりと微笑むと、張り詰めていた空気がふっと緩んだ。

 促されて口へ運んだ焼きたてのマドレーヌは信じられないほど柔らかい。

 

 その後は紅茶を飲みながら、他愛のない世間話をして過ごした。

 彼の優しさに甘え、私はひとまず答えを先延ばしにするという、ずるい選択をしてしまったのだった。

 

 

 それから一週間が過ぎた。

 私は実家の厨房に立ち、クッキーの生地を伸ばしていた。

 お菓子作りは私の数少ない趣味であり、心を落ち着ける一番の息抜きだ。

 けれども、私の頭の中はここ数日、何をしていてもずっと同じことで占められていた。

 

(リュシアンの言葉……あれから何度も思い出しちゃうわ)

 

 あの時から、彼の銀髪が揺れる様や、琥珀色の眼差し、手を取られた時の感触が、ずっと頭から離れない。

 

 彼らが不幸にならないようにと、私はシナリオの悲劇を回避するためだけに動いていた。

 誰にでも平等に手を差し伸べ、分け隔てなく接してきたつもりだ。

 

 けれど、あの菓子店で彼に秘密を打ち明けた時。

 リュシアンは私の行動を肯定し、好意を示してくれた。

 

 胸の奥底で、彼のことを考える度に心臓が早鐘を打つ。

 

(私、きっと彼に惹かれている。ゲームのキャラクターとしてじゃなく、リュシアンという一人の男性として)

 

 自分の気持ちを認めた瞬間、視界が明るくなった気がした。

 もう、万人に等しく愛想を振りまくのはやめよう。

 八方美人な態度は、時として大切な人を傷つけると学んだばかりだ。

 

(これからはリュシアンを『最推し』にする。私の持てるすべての愛情と優しさは、彼のためだけに使おう!)

 

 そう決意し、オーブンからクッキーを取り出した時だった。

 

「クロエ様! 大変です!」

 

 穏やかで静かな厨房に、血相を変えたメイドが駆け込んできた。

 

「どうしたの、そんなに慌てて」

 

「それが、ジョゼフ様がいらっしゃいまして。クロエ様に今すぐお会いしたいと、ものすごい剣幕で……」

 

「え、ジョゼフ様が……?」

 

 婚約破棄から一週間、彼からの接触は一切なかった。

 

 今さら伯爵家に、私に何の用があるというのか。

 

 エプロンを外して応接室へ向かうと、そこには我が物顔でソファに腰掛けるジョゼフの姿があった。

 

「遅いぞ、クロエ」

 

 挨拶もまともにせず、彼は偉ぶった態度で私をソファから見上げる。

 

「こんにちは、ジョゼフ様。本日はどのようなご用件でしょうか。婚約はすでに、両家の合意のもとで解消されたはずですが……」

 

 私が冷たく言い放ったのに、彼は何故か強気とも言える余裕の笑みを浮かべた。

 

「そうつれない態度をとるな。お前のことだ、どうせ婚約破棄を引きずって、毎晩泣き明かしていたのだろう? 安心しろ、今日はお前を迎えに来てやったんだ」


「……は?」

 

 あまりに的はずれな言葉に、私は間抜けな声を上げてしまった。

 

「この一週間考えてやった。俺は君の優しさに気付けていなかったんだ。やはりお前の、俺を立ててくれる控えめな態度は悪くない」

 

 ジョゼフは髪を悠然とかき上げながら、恩着せがましく言葉を続ける。

 

「だから、許してやる。また俺と婚約していいぞ」

 

 彼のあまりにも身勝手な言い分に、私は怒りを通り越して放心してしまった。

 

「……ジョゼフ様。私はあなたに未練など一切ありませんし、泣いた事実もございません。あなたとの復縁は、お断りいたします」


 きっぱりと告げると、ジョゼフの顔から笑みが消え去った。


「な、なんだと!? 俺がわざわざ頭を下げてやっているのに! 強がるなよ、どうせ俺がいないと寂しいくせに!」


「いいえ、少しも寂しくありません。それに、私にはもう心に決めた人がいますから」


 私は背筋を伸ばし、大きく深呼吸をして、彼を真っ向から見すえた。

 

「私を大切に想い、守ってくれる人がいます。私の気持ちも、優しさも、もうその人にしか注がないと決めました。あなたに割く時間は……一秒たりともありません」


「なんだと……お前、俺以外の男に……!」

 

 ジョゼフが顔を真っ赤にして、猛然と立ち上がった。

 その時だった。

 

「その言葉、受け取らせてもらったよ」

 

 応接室の扉が開き、涼やかな声が響き渡った。

 息を呑むような美しい顔立ちと、周囲を圧倒するような気品。

 銀糸のような髪をなびかせ、長身の青年が扉から足を踏み入れる。

 

「リュシアン……!?」

 

「なぜ、公爵家の方がこんなところに……」

 

 驚いて目を見開くジョゼフを無視して、リュシアンは私の隣に立ち、肩をそっと抱き寄せてくれた。

 

「……クロエ、先程の宣言は、私に対するものとして受け取っていいだろうか?」

 

「聞いていたの……!? その……ええ、もちろんよ」

 

 私が頷くと、リュシアンは表情を一瞬だけ和らげる。

 だが視線をジョゼフに戻すと、その眼差しは凍てついたものに変わった。

 

「そういうわけだ、ジョゼフ卿。私の大切な人に、随分と無礼な振る舞いをしてくれたようだな。クロエの隣は、もう私の居場所だ」

 

「ば、馬鹿な! クロエなんかのどこがいいって言うんですか! それに、こいつは俺の婚約者で……」

 

「お前の口からその言葉が出るとは、呆れてものも言えないな」

 

 リュシアンは蔑むような目を、怒りと驚愕で震えているジョゼフに向けた。

 

「お前の愚かな行いは、すでにすべて調べがついている。クロエと婚約した直後から、お前はあのシュリアという子爵令嬢と裏で通じていたそうだな」

 

「っ……! そ、それは」

 

「さらに滑稽なことに、この一週間の間に……シュリア嬢に愛想を尽かされ、あっさりと捨てられたそうではないか」

 

 リュシアンが毅然と言い放った言葉に、ジョゼフの顔から血の気が引いていった。

 口を開閉させては言葉が形にならず、指先まで蒼白になっていく。

 

「公爵家の夜会でクロエを辱めておきながら、浮気相手に逃げられた途端、元婚約者にすがりつく。……みっともないにも程があるな」

 

「ち、違う! あれは……その……!」

 

「言い訳など聞きたくもない。そもそも、王国の法において、正式な婚約者がいる身での不貞行為は重大な契約違反にあたる」

 

 殺意さえ感じるような威圧感で、リュシアンの声がジョゼフを射抜く。

 

「身勝手な婚約破棄と、不貞行為の件。そして、クロエの名誉を傷つけた件。すべてまとめて、近々開かれる貴族査問会に提出させてもらう。……家名に泥を塗った代償を払う覚悟をしておくことだな」

 

「そんな、待ってくださいリュシアン様! 俺はただ……!」

 

「その下卑た声で、この場をこれ以上汚すな。さっさと立ち去れ」

 

 冷たく突き放されたジョゼフは、ふらふらと崩れ落ちそうになる。

 なおも食い下がろうとする気配はあったが、公爵家の権力には逆らえず、逃げるように応接室から出ていった。

 

「……ありがとう、リュシアン。またあなたに助けられちゃったわね」

 

「いいや。君が揺らぐことなく拒絶していたから、私が手出しをするまでもなかったかもしれない」

 

 彼はいつもの柔らかな表情に戻り、優しく微笑みかけてくれた。

 

「それに、さっきの君の言葉……本当に嬉しかった。私だけを特別にしてくれるという約束、決して忘れさせないからな」

 

「ええ、約束するわ。私の優しさは、全部あなただけのものよ。もう、あなた以外を見たりしない……」

 

 肩の手が背中に回され、リュシアンは私を包み込むように抱きしめてくれた。

 沈み込んでくる熱が、私に安心感をくれる。

 愛しさが溢れて、笑みがこぼれるのを止められない。

 

「……そうだわ、ちょうどさっき、クッキーが焼き上がったの。一緒に食べましょう」

 

「それはいいな。ぜひ食べさせてくれ」

 

 私の最推しとなった彼。

 最高の笑顔と手作りのお菓子を贈るために、私は彼の手を引いて歩き出したのだった。


-fin-

ご愛読ありがとうございました。


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【新連載】
「大遅刻した悪役令嬢、聖女に選ばれる ~冷遇の中の努力を見ていた聖騎士団長が、重く求愛してきました~」
【代表作】
「悪役令嬢は全員生存エンドを目指す」
◆累計ページビュー75,000pv超え感謝◆

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あらすじ→「全員生き残るか、一人残らず死ぬか」その二択しかない極限の乙女ゲーム。
前世の記憶を取り戻したルナリアは、自分が"全滅エンド"を招く悪役令嬢だと知る。
導き出した答えは、誰とも関わらず、孤独に生きること。
そう誓った矢先に出会ってしまったのは、攻略対象——公爵令息のグレン。
父の虐待を見抜き、どんなに突き放しても離れない彼に、距離を取ろうとするほど執着されていく。
やがて暴かれる、最初から大切な人を"殺す力"を宿していたという残酷な真実。
それでも彼は、皆の前で誓った。
「生涯をかけて君を幸せにする」と。
虐げられた令嬢×公爵令息。
作品ページはこちら→「悪役令嬢は全員生存エンドを目指す」
― 新着の感想 ―
ヒロインはどこ行ったんだろう。モブキャラとくっついて表舞台出てこなかったとかかな。
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