01
「はぁ……」
課題のプリントを忘れたと思って学校に取りに来たのに、机の中にはなかったうえに確認したはずの鞄の中から見つかれば誰だってこうなる。
完全下校時刻までまだ時間があるのをいいことに席に座ってぼうっとしているといい場所すぎて帰りたくなくなった。
このまま明日まで座っていられれば朝に登校しなくていいのに……。
でも、特定の時間になれば警備員の人とかが見回りを始めるだろうからそれもできない、そもそも腹も減るから帰るしかない。
「おいお前」
「はい」
「暇なら手伝え」
うわ、苦手な体育の教師だ。
まあ、そうであろうとそうでなかろうと相手が誰だろうとこうなった時点で結果は同じだ。
「これ、二年の教室がある階の空き教室にまで運んでくれ」
「分かりました」
いやおい、空き教室は三つあるのにそのどこに運べばいいんだよ……。
それだけ言って歩いていってしまった。
残っているのも馬鹿らしいからどこでもいいと判断して運んでしまおう。
明日もし「〇〇に決まっているだろ」とか文句を言われたら爆発してしまいそうだ。
ただの机と椅子のセットでよかった。
「はぁ……」
もっとちゃんと見ておけばよかった。
そうすれば無駄に使われることもなく、大して好きでもない学校にまた来なくて済んだのに。
「あれ、後輩ちゃんがこんなところでなにをしているの?」
「あ、先生に頼まれて机を運んでいたんです」
初対面の俺相手でもにこにこ笑みを浮かべているが……。
こういうタイプは逆に怖いものだ。
「おー偉いねー」
「特にそんなことは。これで失礼します」
「待った、頑張った後輩ちゃんにご褒美をあげよう」
とかなんとか言っていてもここから動こうとしない先輩。
さっさと帰りたいからまた挨拶を済ませて帰ろうとしたら「あげられる物がなかったから外で、ね?」と、ね? と言われても困る。
「大丈夫、私は怪しい人間じゃないよ」
「疑ってはいませんが先輩が俺になにかする必要もないかと」
だってそれでなにかしてもらったら俺は先輩に対してなにか返さなければならないわけで、後からごちゃごちゃ言われても嫌だからきっかけを作らないようにしているのだ。
女子のことで苦い経験がなければ俺も可愛げのある後輩でいられたかもしれないが無理だ。
「でも、君は働くだけ働いて無報酬なんだよ?」
「だからそれでも先輩が――」
「いいからいいから」
よく分からない人だな。
例えば俺が先輩の立場の人間でもたまたま目撃することになっただけで動いてやったりはしないぞ。
そもそもこの人は俺が動いたところすら見られていないのだからおかしい。
何故今日会ったばかりの人間を信じられる?
「アイスとかどう?」
「買うとしても自分の分はちゃんと払います」
「もーちょっと面倒くさい子なのかな?」
「他を探せばもっと可愛げのある後輩が沢山いますよ」
そうだ、俺は面倒くさい人間だ。
それでいいだろう、先輩は無駄に金を使わなくて済むのだ。
律儀に付いていこうとしたこと自体が間違いだった。
やはり学校になんていくべきではなかった。
「もしかして友達がゼロとか?」
「いませんね」
もっとも、求めていないなんてことはないのだが……。
拒絶オーラがすごいと母に指摘されてからは気を付けているのに七月手前現在でゼロだ。
「あー絶対にそれが原因だよ」
「そうですか」
どうせ可愛げのない面倒くさい人間だよ。
「だから私が友達になってあげる」
「え、いいです」
「な」
たまにはいいかということで、固まっている先輩を放置してアイスを買ってから一人で歩き出した。
年上の異性とか一番駄目だ。
もうこの県にこそいないものの、姉がそれはもう凄くて駄目だった。
悪口を言われたとか、暴力を振るわれたとかはなくても自由すぎたからな。
普通に相手をできるようになったのはそれでも時間が経過しているからでしかない。
「わ、わー待ってよー!」
うお……なんて力だ。
……こういうところも姉に似ていて余計に……。
「ふぅ……な、なにか損なことがあるわけじゃないんだからいいでしょ?」
「先輩も友達がゼロなんですか」
「え? 全くそんなことはない――帰ろうとしないで!」
「……先輩にとってメリットは?」
「んー君をいい方に変えられるからかな」
誰かの力で変わるとは思わないが。
友達だっていまはいないだけで小、中学生時代は友達がいたのだ。
「よし分かった。後輩君がちゃんと言うことを聞いてくれたら一日に一回、私のこと自由にしてくれていいから」
「分かりました」
「う、うわーお、ま、まさかすぐに乗っかってくるとは……」
一日に一回だけだから考えて動く必要があるがこれは大きい。
「じゃ、先輩は帰ってください」
「え、ちょ」
「一日に一回、自由に要求していいんですよね?」
「わ、分かったよ……」
異性の年上に自由にするぐらいなら同性に手を出した方がマシだ。
まずは苦手からゼロになるまでに時間がないと駄目だった。
「おいお前」
「おはようございます」
せめて名字を覚えるとか……は難しいか。
マンモス校というわけではなくても数百人と学生はいる。
「昨日は助かった」
「はい」
「また似たようなことがあったら頼むぞ」
いや俺はもう忘れ物をして学校に戻ってくることはないからその機会は延々にこない。
「や、やっほー」
「先輩、今日も離れておいてください」
「おえ……」
吐きこそしないものの、自由に振る舞われたら顔にも出るものだ。
だからそれが面白くなくて相手はより自由に振る舞うようになる。
先輩もきっとそういう人だ、そう片付けてしまえば楽ではある。
「はぁ……意地を張ってしまえば疲れるだけですよ」
「で、でもさ、なんか後輩君を見たときに『話しかけきゃ駄目だ!』となったんだよ」
「で、話しかけた結果、俺が面倒くさい人間だと分かりましたよね? 先輩は面倒くさい相手にもにこにこ笑みを浮かべて近づける聖人みたいな人なんですか?」
「んー私でも大人な対応をできなくなるときはあるよ」
そりゃそうだ、それが人間だ。
「そうですよね。だから俺なりに先輩のことを考えてなかったことに――ちょ、どこにいくんですか」
「昨日の空き教室っ、二人きりじゃないと駄目だからね!」
相変わらず力が強い……。
流石に俺の姉もここまでの力は有してなかったぞマジで。
それに嫌うところまではいかなかったからな。
無駄に嫌いたくはないから先輩も考えて行動してほしかった。
「新しい友達ができる、君も私という友達ができる――うん、どっちも損はしていないよね」
「俺にとって都合がよすぎませんか?」
「あ、男の子だったらこうはなっていないということ?」
「まあ、異性が急に『友達になろう!』と言ってくるよりは」
「も、もしかしてホ――」
もしかしてこの人は俺の姉の生まれ変わりなんじゃ……。
死んでないからそれはやめるにしても生き別れた双子の姉妹とかの可能性はある。
「分かりましたよ」
「おおっ、やっと分かってくれたんだ!」
「でも、後から文句を言われても受け付けませんからね?」
「あったりまえだよっ、その点に関しては安心してくれていいよ!」
はぁ……教室にいこう。
あの体育教師から不満を言われるどころか礼を言われたぐらいだからそう気分も悪くはなかった。
普通にしてくれている分には退屈しない毎日になりそうだった。
嘘……だろ。
玄関のところで一人で固まる。
見間違いであってほしいがこれは姉の靴、つまり帰ってきているということだ。
結婚をして離れていたわけではないからそうなってもまあそこまでおかしくはないということが微妙だった。
「ただいまっ」
あれ、いない。
リビングで遭遇してしまうぐらいがよかったのに。
二階に上がって部屋に入る、ここも至って静かだ。
先か後かというたったそれだけの違いでしかないから姉の部屋をノックしてみた、が、それでも変わらなかった。
「ただいまー」
毎日結構早めに帰ってくる母のところにいってみると「大丈夫だから」とだけで。
だが実際、それで安心できてしまったのも本当のことだ。
「これね、私が貰ったの」
「あ、新しいの買えばいいだろ?」
「でも、奇麗だからもったいなく感じてね」
せ、せめて放置するなら理由を説明してからにしてほしいが……。
「というか、お姉ちゃんがいたときは普通に相手をしていたでしょ?」
「あれはほとんど装っていたようなものだ、向こうもそうだろうが一緒にいると疲れるからな」
「年頃だから仕方がないか」
も、もう相手の中で答えが出ていたら俺がどう言おうと変わらないから仕方がない。
本当に苦手で、帰る時間を遅らせたこともあるぐらいなのになにをどうすればプラス方向に考えられるのかという話だ。
「友達はできたの?」
「ああ、女の先輩のな」
「ごめんね、これからはもう圧をかけるのはやめるからね。だから妄想の世界から抜け出して帰ってきて」
「あ、ありがちな勘違いだな」
それこそ小、中学生時代はここに連れてくることでなんとかした。
この人は自分の息子の発言をあまり信じていないのだ。
「嘘じゃないの?」
「始まりは変だったが嘘じゃない」
「ならいつか会ってみたいな」
「俺が仲良くなれたら変わるだろ」
あの先輩のことだから頼んでもいないのに「後輩君の家にいこー!」とか言いかねない。
もっとも、出すつもりもないからしばらくの間はこのまま――のはずだった。
「友達が増えたことをお母さんかお父さんに教えてあげないとねー」
翌日、昇降口のところで会って話をしていたらこんなことになった。
生まれてから初めて友達ができたとかなら両親も喜ぶだろうがそうではない、だから過剰な対応だと思うが。
「家に来るってことですか?」
「んー外の方がいいかな? それならどちらかの職場を教えてくれないかな?」
「そ、それなら俺の家に来てくれれば……」
「そっかっ、じゃあ今日の放課後に早速行動しよう!」
この先輩……なにかおかしくないか?
いやまあ、友達という存在が安定していない俺よりはマシかもしれないが……。
「じょ、女装というわけじゃないですよね?」
「えー私のどこをどう見れば女装した男の子に見えるって言うのさ?」
「えっと……胸もあまりないので……」
かといって、先輩ぐらいないとそれはそれで心配になる。
普通レベルの人と一緒にいるときでも気にしてしまいそうだから。
「おいっ、なんて酷いことを言うんだ君は!?」
「すみません」
「しょうがない、こうなったら全部見せて分かってもらうしか――ごめん、もうやめるから戻ろうとしないで……」
単に教室にいかなければならないのもあった。
あとまたあの馬鹿力で掴まれたら今度こそ折られてしまいそうだから逃げたいのもある。
「言っておくけど尾行してでも後輩君の家までいくからね」
「尾行はされたくないので普通に付いてきてください」
「だったら最初からそれでいいだろー?」
「すみません。年上、しかも異性となると上手くできないんですよ」
まだこれなら姉と関わることになっていた方がよかったと言える。
怖いだけで先輩は別に悪いわけではないからな。
なにも悪くない人を責めるほど落ちぶれてはいない。
「な、なるほどなるほど、つまり後輩君は意識しちゃっているということだね?」
「いえ、ただ急すぎて怖いだけです」
「ぐはあ!?」
うんまあ、つまらなさそうにされているよりはいいか。
それに姉が全ての原因というわけではない、だから姉に似ている先輩はあまり関係ない。
それどころか自分から動くことなく勝手に来てくれる好都合な存在が現れて助かっているぐらいだ。
「えっと、き、嫌いじゃないんだよね?」
「嫌いになれるほど先輩のことを知りません」
自己紹介もしていないから名字すらも知ることができていないのに嫌えるわけがない。
「あっ、そういえばまだ自己紹介もしていなかったよね。私は横田りつ、君は?」
「平間せいです」
平らな人生で十分だ。
なので先輩が俺にいい意味でも悪い意味でも影響を与えてこないことを願う。
「それならこうなっているのは君のせい、なんちゃってー」
「戻りますね」
「ああっ、だからすぐに戻るのはやめてってば!」
まだ朝でこれから本格的に始まるのだからそれも仕方がないだろう。
普通に対応しているだけで感謝してもらいたかった。
時間が経過して克服できていなければ話す事さえできずに走り去っていたところだぞ。
それぐらいには外で出会った女子のせいでやられていたのだ。
でも、まさかここだけの話にしてほしいと頼んだことを全部吐くとはな。
あれを見たときはあんな姉でもかなりマシだったと分かったぐらいだ。
姉に悪いから言っておくと結局は心配されすぎてやりづらかったというだけだった。
「放課後が楽しみだなーお母さんはどんな反応をするんだろう?」
「そうですね、多分すぐに俺に対して『本当だったんだね』と言うと思います」
「あ、あれ、疑われちゃったりしているの?」
「結構ありますね」
特に友達関連のことではそうなる。
他にはたまに一人で食事にいくことがあって食べてきたことを話すと「嘘でしょ」と言われることもあった。
「じゃあ私がいく意味はあるね、大きいね」
「でも、先輩ばかりに動いてもらうのは嫌です」
「大丈夫、私はどんどんと君に要求していくからさ」
それなら一方的な関係にはならないか。
もうこうして変えたからには仲良くできた方がいいので俺でもできることならなんでも言ってほしかった。




