表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/10

第9話 土砂降りの追及

直斗は奥歯が砕けそうなほど噛み締め、深く息を吸った。

怒りを腹の底へねじ込み、理性を呼び起こす。


その時、熱くなった頭を冷やすように、大粒の雨がぽつり、ぽつりと落ちてきた。

雨はたちまち強くなり、グラウンドに黒い染みを広げていく。この様子では、すぐにやみそうにない。


「これじゃあ外はダメだな。仕方ない、体育館に移動するぞ、みんな急げ!」


麻衣から離れた荒井が、空を見上げて言った。

生徒たちが急な雨に騒ぎながら、小走りに体育館へ向かう。


直斗はその流れに逆らって、麻衣に駆け寄った。


「麻衣、無事か?」


「う、うん」


「嫌な気分じゃない?」


「別に」


「よかった……。あのさ、ちょっと悪いけど、先行ってて」


「え?」


「いいから。後からすぐ行く」


半ば無理やり麻衣を先に行かせると、直斗はグラウンドに残り、用具を片づけ始めた荒井に近づいた。

できるだけ平静を装い、声をかける。


「あの、荒井先生。少し聞きたいことがあって」


「ん、なんだ?」


荒井は面倒くさそうに答えた。

額には玉のような汗が浮いている。雨粒ではない。

暑さのせいだけでもない、脂ぎった不快な汗だ。


「聞きたいこと? 授業に関する質問なら後にしてくれ。今はちょっと忙しい」


「北川先生のことです」


単刀直入に名を出すと、荒井の表情が凍りつき、視線がどこかへ泳いだ。

わかりやすい反応といえる。


「……北川先生が、どうしたって言うんだ。事件のことは気の毒だったが」


声のトーンが、ふいに落ちる。

さっきまでの、鼓膜を破らんばかりの大声とは違う。

低く、粘りつくような警戒を含んだ声だった。


雨脚は急速に強まり、二人の周囲を白いカーテンのように閉ざしていく。


「おい、ちょっとこっちに来い!」


荒井は直斗の腕を乱暴につかむと、雨を避けるように、グラウンドの隅の用具室の軒下へ引っ張っていった。

トタン屋根を叩く激しい雨音が他の音をすべて遮断し、二人だけの閉鎖的な空間を作り出す。


「先生、北川先生と親しかったんですよね。よく二人で話してるのを見たって生徒もいますし……何か、変わった様子とか、悩んでたこととか、聞いてませんか」


素朴な疑問を装いながら、荒井の表情の些細な変化も見逃すまいと、視線をまっすぐ固定する。


「一体何を言い出すかと思ったら……オレが北川先生と親しかった?  誰がそんなデタラメを言ってるんだ!!」


荒井は顔をしかめ、乱暴な口調で答える。


「ただの同僚だ。仕事の話はしても、それ以上の関係なんてあるわけがないだろう。……おい滝沢、そもそもお前、何でそんなことを聞く?  生徒の分際で、教師の関係を探ってどうするつもりなんだよ!」


「いや、最初に北川先生が倒れてるのを見つけたのは俺なんですよ。だったらいろいろ気になるのは当然じゃないですか?」


「なにが当然だ! いいか?  根拠のない憶測で同僚の死をおもちゃにする真似は許さん。北川先生は不幸な事件に巻き込まれたんだ。それ以上でも以下でもない。これは警察と学校の問題で、子供が首を突っ込む話じゃない。お前たちは何も考えずに授業を受けてればいいんだよ。わかったな!」


予想通りだった。

荒井は教師という立場を使い、直斗の問いを生徒の戯言扱いして、まともに相手をしようとしない。


だが、直斗は引かなかった。

雨の飛沫に打たれ、体操着が肌に張りつく不快感を無視して、一歩前に出る。


「別に犯人を探すとか、そういうことじゃありません。ただ、北川先生のことが気の毒で、本当のことが知りたいだけです。あの……荒井先生、もしかして北川先生のこと、好きだったんじゃないですか?」


雨音に負けないよう、腹の底から声を張った。

いきなり聞いていいのか迷ったが、ここは思いきって踏み込むべきだと感じたのだ。


正解だった。

途端に荒井の表情が変わり、教師の仮面がすっと外れた。


「おい、滝沢!」


胸倉をつかむような真似こそしなかったが、至近距離まで詰め寄り、体格差で見下ろしてくる。

直斗の視界は、広い胸板と威圧的な視線で埋め尽くされた。汗の臭いまで漂ってきた。


「お前、いい加減にしろよ。……教師に向かって何たる口の利き方だ!」


怒鳴るよりも恐ろしい、ドスの効いた低い響き。


「好きだとか嫌いだとか、そんな浮ついた話じゃないんだよ、大人の世界はな。お前ら子供にはわからない事情ってのがあんだよ。いいか滝沢? 適当な憶測を言いふらしてみろ。内申に響くとか、そういうレベルじゃ済まなくなるぞ」


「……事情って、何ですか」


荒井の威圧を振り払うように、直斗は睨み返した。


「やましいことがないなら、そんなに怒る必要ないじゃないですか。北川先生のために知ってることを話すのが、そんなに不都合なんですか」


「ちっ……うるせえな」


荒井は忌々しそうに舌打ちし、頭をガシガシと掻きむしった。


「……警察には、話したよ」


視線を逸らし、吐き捨てるように言う。


「あの日、俺がどこで何をしていたか、アリバイも北川先生との関係も、全部警察には話してある。刑事がしつこく何度も聞きやがって……いいか滝沢、俺は潔白だ。これ以上、噂を広めるなよ。そんなことしたら、いくら生徒とはいえ、ただじゃいられないぞ」


そう言うと、荒井はもう一言も話したくないという態度で、体育館へ歩き出した。

その背中は、教師の威厳を保とうとしていながら、どこか焦りに満ちていた。


(嘘だ……)


雨の中、遠ざかる背中を睨みつけながら、直斗の脳裏に、ふと麻衣の怯えた顔がよぎった。


荒井は、麻衣も目撃者だと知っている。

最悪の場合、口封じのために何か手を出すかもしれない。


それだけは、絶対に防がなければ――


「……逃がさない」


小さく呟き、泥を払って体育館へ向かう。

再び雨は激しさを増し、視界のすべてを灰色に染め上げている。


だが、直斗の目には、進むべき道が少し見えてきた気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ