#1~丸木戸紗土香の奇妙な提案
他者への加害性・攻撃性が溢れる社会は一向に平和を叶えられずにいた。
そんな中で行われた世界政府会議で、丸木戸財閥の令嬢、
丸木戸紗土香が語った恐ろしい計画。
それは全人類をドMに堕とし、骨抜きにする事で世界平和を叶えようというものだった。
「本日の暴力事件件数は前年比23%増加です。
政府は多大な懸念を示しておりますが、
具体的な対策が打てていない状況です。
それでは、次のニュースに参ります。」
━━世界は、攻撃性に溢れている。
ニュースを見れば、誹謗中傷・イジめ・傷害事件、
果てには国家間の戦争に至るまで、
人間は他者に対して加害的な性質を持っている。
いつまでも訪れない世界平和。
むしろこのままでは破滅に向かっているのでは無いか。
そうした懸念から各国政府の首脳達は会議を開き、ある計画を打ち立てた。
それが『全人類ドM化計画』。
およそ50000ページにも及ぶこの壮大な計画は、
そのほとんどがAIによって書かれたものであるのだが、
その骨子とイデオロギーはシンプルだ。
全ての人間がドM化して他者への加害性を失えば、
必然的に世界は平和になり破滅を免れる、というものだ。
その方法論として、様々なものが挙げられた。
「食品添加物により、攻撃性ホルモンを抑制しよう。」
「法律の刑罰を厳罰化して、犯罪を抑制しよう。」
「欲望を疑似的に発散出来るゲームを開発しよう。」
様々な方法論が述べられ、それらは比較されて淘汰されるわけではなく、
全てが有効な手法として取り上げられる事になった。
その裏には、日本の政治・財界を裏から操る巨大な組織である
丸木戸財閥の会長が死去した事が関係していた。
会長の死去に伴い、遺言に従う形で直系の孫である
丸木戸 紗土香に全権限が委譲された。
「お爺様、あまりに遅過ぎましたわ。
もっと早くに私に全ての権力を委ねて頂ければ、
すぐにでもこの世界を丸ごと楽園にして差し上げたのに。」
彼女は若干20歳にして極度のドSであり、
世界は自分の為に回っていると何の疑いも無く考えている。
各国の政府首脳達が集った会議の場で発足された世界政府。
その世界政府が、逆らう事さえ出来ないのが丸木戸 紗土香だった。
何故、彼女にそれほどの力があるのかについては後程述べるとする。
人・金・モノ。あらゆるリソースを使い、
全人類ドM化計画に向けて紗土香は準備を始めた。
「一刻も早く、お猿さん達を管理してあげないとですわ。」
一方で、こうした流れにいち早く気が付き、
ドMになどならないと意地を張る者達も現れた。
「オレは絶対にドMになんてならない。
誰かに支配されるなんてごめんだ。」
「人は元来自由であるべきだ。
それを支配により固定化するなど、あってはならない。」
「全人類ドM化計画?
冗談だろ、オレはドSだって人から言われるよ。
オレがMになるなんて、あり得ないから。計画倒れだな(笑)」
しかし彼らは統率を持たず、各地でレジスタンス勢力として
小規模で活動していた為、その影響力は微小であった。
ある地下施設で、AIが静かにシミュレート結果を吐き出す。
『人類がドM化する確率は99.9999%です。
彼らは本質的にドMな為、管理を受け入れます。
むしろそれこそが彼らの喜びとなるのです。』
これはそんな、世界規模での人類ドM化に関する取り組みの
壮大なシミュレーションであると共に単なるフェチ話でもあり、
しかしそう遠くない未来、本当に訪れるかも知れない世界の
予言の書でもある。
果たして人類は、大いなる計画に飲み込まれてドMに成り下がるのか、
それとも最後の意地で抵抗して、ドMに成らずに済むのか。
その結末をしかと見届けて頂きたい。
Let’s Masochistic!!
まずは、全人類ドM化計画が策定される場で起こった、
ある象徴的なエピソードについてお伝えしたい。
とある国の地下にある大きなシェルター内で、その会議は行われていた。
世界各国の首脳達が集まり、人類の攻撃性を抑える方法についてを
真剣に議論していた時、一人の人物が中心へと躍り出た。
丸木戸財閥の令嬢、丸木戸紗土香である。
この会議は首脳以外にも、テックリーダーや哲学者に科学者、
あらゆる分野の専門家達も参加していたのだが、
彼女は日本を超えて世界を裏から支える丸木戸財閥の代表として、
この場に同席していた。
開口一番、彼女は迷いなくハッキリと言った。
「人類は自由を持ちすぎた猿ですわ。」
彼女の言葉には一片の曇りも無かった。会場はざわついた。
「いや、それを言ったら私達も猿だと言う事になってしまう。
さすがに管理側にいる私達は猿では無いだろう。」
「そもそも、猿の方が自由じゃないか。
仕事も無い、税金も納めない。人類の方が制約だらけだ。」
様々な異論が飛び交ったが、彼女はそれを一言で制した。
「黙れ、猿ども。
お前達、20万年前から脳容量は増えたのかしら?」
この言葉に、誰も反論出来ないままに場は静まった。
現在彼女が頂点に君臨する丸木戸財閥は、
古くから様々な知識や技術を各国に提供する事で
巨万の富を築いて来た。
その裏には何か得体の知れないものがあると噂する者もいる。
しかし、そうした家系の中で彼女は、更に特別な立ち位置に居た。
彼女は、人間では無いと噂されている。
見た目はどう見ても人間だ。
しかし、そのあまりにも高いディベート能力、身体能力、
あまりに尊大な態度と抗えない謎の圧倒感。
そうしたものから導き出された噂だが、十分に信ぴょう性がある。
「最も、私の脳容量はあなた達とさほど変わりません。
ただ、外部デバイスとの通信が圧倒的に早く、
即座にあらゆる知識を得られる上に演算能力も高い、
ただそれだけの事ですわ。」
実際にはそれ以上の事があるのだが、面倒で端折った説明でも、
この場にいる全ての人間を黙らせるに十分だった。
「さて、それでは私が新たな時代の新ルールを策定致しますわ。」
参加者全員の喉がゴクリと鳴った。
一体、どれほど恐ろしい計画が告げられるのか。
そしてそれは彼女の口から発せられた瞬間、抗いようの無い
『世界憲法』となってしまうのだ。
「全人類をドM化します。
精神的に去勢し、攻撃性の根本から枯らす。
本来なら他の星系ではこうした野蛮な手段は用いません。
文明の発展と共に精神性も向上する為、
もっと段階的に平和を築いて行くのですが・・・
お猿さん達には、これくらいしないとわかりませんわ。」
会場はシーンと静まり返った。
少しヒソヒソ声は聞こえたが、それらも細心の注意を払い行われた。
やがて、議長国が採択を採った。
「異議のある国はありますか?」
そこへ恐る恐る、中東のある国が手を挙げた。
「そんなやり方は、明らかに間違っている。
そもそも、全人類をドM化するなんて、
どうやって・・・。」
そこで彼女は大画面仮想ディスプレイ技術を用い、
空間上にプレゼン資料を提示した。
「コレはあくまでお前達の頭でも理解し易くまとめた
幼児用の資料なのだけど、わかるかしら?」
幼児用資料と言われたそれは多くの専門用語が並び、
しかし詳細に人類をドM化していくプロセスが書かれていた。
ある国家首相が言った。
「そんな、こんな事を全人類に向けて行うとは、恐ろしい・・・。」
しかし、彼女が反論する。
「今まであなた達が地球や自然、そして同胞達に行って来た事の方が、
よほど恐ろしくありませんこと?」
国家首相は黙ってしまった。
この態度こそが、この首相の国民達をドMへと堕とす最初の一歩だった。
「それでは皆様、特に異論は無いようですので、
こちらの計画を速やかに進めて頂けますかしら。
様々な宗教的お立場はあるでしょうけど、アダムとイヴの頃から人類は、
管理された箱庭で暮らしているじゃありませんか。
もう一度原点に立ち返り、管理される愉悦を知りなさい。」
冷たい目で彼女はその場を後にした。
残された各国の首脳や各種専門家達はただ粛々と、
この計画の具体的実施案を固めるに至る事となった。
しかし一方で、確実にこの動きに対して反発するレジスタンス組織、
その圧倒的なカリスマも同時に生まれつつあった。
彼らこそがドM化する人類の最後の希望である。
人類はドM化の渦から抜け出し、自らの力で再び主権を取り戻せるのか。
そして世界はやがて、ドM化の渦の中へと巻き込まれて行くのであった。
僕が数年前に友人に冗談で語った、理想的な社会。
それを思考実験で、小説の中で現実にしてみる事にしました。
果たしてこのシミュレーションの世界はどのような結末を迎えるのでしょうか。




