第16話『お前は一人じゃない/俺は、ケイルの末裔だ』
良明サイド
朝、机の上のカイトのメモを読んだ。
『今日、美紀子が藤銀次に別室に連れ込まれた。引き離したが、記憶が曖昧になっていた。かなり影響を受けている。そして——藤銀次が本性を少し見せた。明らかに、普通の人間ではない。こっちはもう限界が近い。頼む、良明。早く終わらせてくれ。それと——お前のことを信頼している。最初は画面の向こうの他人だったのに、今はそう思っている。カイト』
(カイト……)
胸の奥が熱くなった。
(お前が信頼してくれるなら、俺も応えないといけない)
俺は急いでメモ帳を手に取った。
『カイトへ。
メモを読んだ。美紀子のこと、ありがとう。
お前に伝えなければならないことがある。
レイズから聞いた、ケイル一族の真実だ。
お前の先祖は、カオスを封印した功績で王座についた。
しかし、お前たちの力を恐れた者たちの謀略によって、王座を追われた。
その時、一族は散り散りになり、多くの者が力のことを忘れた。
お前の両親も——力のことを知らずに亡くなった。
だから、お前は一族の歴史を知らなかった。
お前のせいじゃない。誰のせいでもない。
そしてレイズが言っていた。
ケイル一族の封印の力は、一族の歴史と誇りを理解した時に、初めて完全に開花する、と。
お前はゲームのキャラじゃない。
何度もカオスを封印してきた、偉大な一族の末裔だ。
その力は、お前の中にある。
俺はもうすぐ魔王城に向かう。
カイト——お前の力を、信じてくれ。
良明』
書き終えて、俺は立ち上がった。
「行くぞ、みんな」
食堂でレオ、マリア、イズが待っていた。
「準備はいいか?」
「当然だ!」
レオが拳を握った。
「文句を言う気力もないくらい、準備はできてるわ」
マリアが腕を組んだ。
「皆さんのそばにいます」
イズが微笑んだ。
(こいつらと一緒なら——)
「行こう。魔王城へ」
四人は塔を出て、北へ向かった。
魔王城への道は、想像以上に険しかった。
荒れた大地。枯れ果てた木々。空は厚い雲に覆われ、陽の光が届かない。
(カオスの影響が、この辺りまで広がってるのか)
道を進むと、前方に巨大な影が現れた。
四本腕の魔族の戦士。体長は三メートルを超えている。
全身が漆黒の鎧で覆われ、両手に巨大な剣を持っている。
(デーモンナイト系か……! ゲームでも最難関の雑魚敵だ)
「カイト、あれは……」
レオが息を飲んだ。
「知ってる。強い。でも、倒せる」
(攻略サイトには載ってなかったけど、弱点は光属性のはずだ。デーモン系は共通して光が弱点だから)
「イズ、光魔法を全力で頼む。マリアは炎で牽制。レオは俺と一緒に前衛だ」
「分かった!」
「任せて」
「はい!」
デーモンナイトが四本の腕を振り上げた。
二本の剣が、同時にこちらに向かってくる。
「散れ!」
俺とレオが左右に跳んで避けた。
地面に剣が叩きつけられ、衝撃で土煙が舞い上がった。
(でかい……! 剣の一撃で地面が割れた!)
「イズ、今だ!」
イズの光魔法がデーモンナイトを包んだ。
デーモンナイトが怯んで動きを止める。
「レオ、右の腕!」
「任せろ!」
レオが槍でデーモンナイトの右腕を狙う。
俺は左側から剣を振り上げて、鎧の隙間に刃を入れた。
デーモンナイトが低く唸った。
「マリア、追撃!」
「はいよ!」
マリアの炎が炸裂した。
デーモンナイトがよろめいた。
「もう一度、イズ!」
再び光魔法。
デーモンナイトの動きが完全に止まった。
俺は全力で剣を振り下ろした。
どうっと倒れた。
「……やった」
俺は荒い息をつきながら、膝をついた。
「カイト!」
イズが駆け寄ってくる。
「大丈夫。ちょっと疲れただけ」
レオが豪快に笑った。
「さすがだ! あんな化け物を倒すとは!」
「まだ先がある。休憩したら進もう」
マリアが珍しく、俺の肩を叩いた。
「……お前、本当に頼りになるようになったわね」
「そうか?」
「素直に褒めてるんだから、受け取りなさいよ」
(マリアに褒められた。カイトに報告したら喜ぶかもな)
俺は苦笑いしながら立ち上がった。
遠くに、黒い城のシルエットが見え始めていた。
(カイト、もう少しだ)
***
カイトサイド
朝、机の上に良明のメモが置いてあった。
二枚。
一枚目を読み始めた瞬間——手が止まった。
『お前の両親も——力のことを知らずに亡くなった』
(……両親)
カイトはしばらく、動けなかった。
両親のことは、ほとんど記憶にない。
幼い頃に亡くなったから。
なぜ亡くなったのかも、誰も教えてくれなかった。
(知らなかったんじゃなくて……知らされなかったのか)
続きを読んだ。
『だから、お前は一族の歴史を知らなかった。お前のせいじゃない。誰のせいでもない』
(良明……)
胸の奥で、何かが揺れた。
『お前はゲームのキャラじゃない。何度もカオスを封印してきた、偉大な一族の末裔だ。その力は、お前の中にある』
カイトは目を閉じた。
(偉大な一族の……末裔)
先祖がカオスを封印した。
その功績で王座についた。
しかし謀略によって追われ、一族は散り散りになった。
両親は、何も知らずに亡くなった。
(俺は……何も知らなかった)
しばらく、カイトは動けなかった。
やがて、深く息を吐いた。
(でも——良明が言ってくれた。お前のせいじゃない、と)
もう一枚のメモを読んだ。
『俺はもうすぐ魔王城に向かう。カイト——お前の力を、信じてくれ。良明』
(良明……)
カイトは小さく笑った。
(お前は本当に、変なやつだな。ゲームオタクのくせに、こういう時だけやたらと真っ直ぐだ)
カイトは立ち上がった。
窓の外を見る。
空はまだ、紫がかった不自然な色だった。
しかし——カイトの中で、何かが変わっていた。
(俺は、ケイルの末裔だ)
その言葉を、声に出さずに繰り返した。
(先祖が何度も封印してきた。両親が知らずに逝っても、力は俺の中にある。それが——ケイルの血だ)
学校に向かう途中、カイトは自分の手を見た。
何も変わっていない。
普通の手だ。
しかし——指先が、かすかに白く光った気がした。
(……)
カイトは目を細めた。
(開きかけている。力が)
学校に着くと、恭介が待っていた。
「おはよ、良明。なんか今日、顔つき違うな」
「そうか?」
「うん。なんか……かっこいい」
(また、かっこいい、か)
「恭介、今日も藤先生には近づくな」
「分かってる分かってる」
恭介が苦笑した。
「なんかさ、最近頭の重い感じが少し取れてきた気がする。昨日より楽」
(良明がこっちで動いているからか。繋がっているんだな)
「そうか。良かった」
「岬さん!」
隼人が駆け寄ってきた。
「今日、美紀子さんが……なんか、昨日より顔色良くなってました!」
(美紀子も回復してきている)
「そうか」
カイトは静かに頷いた。
(良明が動いている。向こうで、確実に前に進んでいる)
その確信が、胸の中で静かに燃えていた。
放課後、カイトはメモ帳に向かった。
『良明へ。
メモを読んだ。
両親のこと——知らなかった、と思っていたが、知らされなかったんだな。
それを知って、最初は……正直、揺れた。
でも、お前が言ってくれた言葉で、立てた。
ありがとう、良明。
こちらは、恭介と美紀子の回復の兆しが見えてきた。
お前が向こうで動いているからだと思う。
俺も——力が、少し開きかけている気がする。
指先が光った。気のせいかもしれないが、今まで感じたことのない感覚だった。
お前が魔王城に向かっているなら——俺もここで、できることをやる。
絶対に、終わらせよう。
カイト』
折りたたんで、机の上に置いた。
窓の外を見ると——空の色が、少しだけ薄くなっていた。
まだ紫がかってはいるが、昨日よりは明るい。
(変わってきている)
カイトは静かに拳を握った。
(良明、俺たちで——終わらせよう)




