19.猫の亡霊の正体
「神域ってペットの連れ込み可だったんですか?」
午前中にダンジョンで見かけた猫の亡霊と似ている気がするが、気のせいだろう。私以外の食神信者が連れ込んだに違いない。
他の信者が来ているなら挨拶をしたい。小屋の中をぐるりと見まわしたが、飼い主さんの姿は見当たらない。
「普通のペットは無理だ。もっとも、その猫は普通の猫ではないようだが……。テイムしたのか?」
「いえ、私はテイム系のスキルを持っていませんから。他の信者が連れて来たんじゃないんですか?」
「ここ数年、おぬし以外の出入りはない」
「じゃあこの猫ちゃんはどこの子なんですか?」
「だからおぬしが連れてきたのだろう? 一緒に入ってきたではないか」
「全く身に覚えがないんですが……。もしかして私、他の冒険者の魔物を連れてきちゃったってことですか!? え、猫ちゃん大丈夫? 今頃、飼い主さんが心配してるんじゃ……」
他人の魔物を連れて来たとなれば大問題だ。
いかつい冒険者達は誰一人魔物を連れていなかったが、他の冒険者のことまでは覚えていない。
早足で通過した際、この子だけ第1階層に残ったことに気づけなかった可能性もある。
なにせ猫だ。気ままな生き物な上、家の中でさえ本気で隠れられると飼い主でさえ見つけるのも困難だと聞く。ダンジョン内となればなおのこと。
今頃、慌てて猫を探しているかもしれない。
猫泥棒と勘違いされる前に飼い主の元に連れて行かねば……。
前世で猫愛を熱く語っていた同僚を思い出し、心臓がバクバクと動き出す。
「落ち着け。テイム契約を結んだ魔物が出入りできるのは、契約者が出入りできる神域のみ。その猫に契約者はいない」
「よかった……」
ほっと胸を撫で下ろす。
ひとまず学園入学前に『悪役』にされることだけは避けられたようだ。
場合によっては悪役令嬢より猫泥棒の方が罪が重くなりかねない。
「もっとも、おぬしが契約していないとなれば、なぜこの猫が我が神域に入ってこられたかは謎だが……。本当に契約していないのか?」
「にゃー」
「いや、同時に入ったとしても通過できないはずだ」
「にゃにゃっ」
「そうだろう? ならなぜ今回に限って」
「にゃー?」
「ふむ……」
2人は平然と会話を続けているが、私の耳には猫が鳴いているようにしか聞こえない。
「神様って猫の言葉が分かるんですか?」
「神だからな」
なんてことなく言いきった。さすがは神だ。カッコいい。
だが一人だけ置いてけぼりにされても困る。私だって何があったのか知りたい。
「その猫ちゃんはなんて言っているんですか?」
「美味い魚をもっともらうためにおぬしの後を追いかけ、ここまで来たようだ。本来、信者と一緒に通ったところで、ダンジョンに住まう者が神域に立ち入ることはできぬ。猫自身もドアを通過できたのは今回が初めてだと言っておる」
まるで何度か試したことがあるような言い方だ。
それにもっともらうと言われても、私が魚を与えた猫は午前中に遭遇した猫の亡霊だけ。
「もしかしてその子が『猫の亡霊』なんですか?」
「にゃっ!」
「さっき供えられた魚は大変美味だったようだ。ゴブリンから助けた礼に魚を寄越せと言っておる」
「助けた? あ、あの風って猫ちゃんの力だったの?」
「にゃっ!」
まさか風魔法の使い手だったとは……。
木の上にいても感じられたほどだ。地上ではゴブリンが簡単に吹き飛ぶほどの魔法が放たれていたのだろう。
この猫、可愛いだけではないようだ。可愛い顔をじっと見る。
そして大切なことに気が付いた。
「ごめん、ドロップ品勝手に持ってきちゃった。返すからちょっと待ってね」
バッグからゴブリンの布を2枚取り出す。
そして猫ちゃんに差し出すと、私の手にもふもふな手がちょこんと載せられた。
「にゃーん」
「それはやるから魚をくれと言っている」
「分かった。ちょっと待ってね」
煮干し袋の中から魚を取り出し、猫の前に1つ置く。
猫はペコッと頭を下げてから、魚を食べ始めた。礼儀正しい猫だ。
しゃがんで食事中の猫を眺める。ダンジョン内だったら絶対にできないが、ここは神域。神様によって安全が保障されている。
「可愛いなぁ~」
可愛い動物が食事する光景を見ていると心が和む。
同時に、鳴いていたのはやはりお腹が空いていただけじゃないかと思い始める。
午前も午後も襲える隙はいくらでもあった。
戦闘が目的なら、私の身体はとっくにダンジョンに吸収されている。他の冒険者だって煮干しで簡単に見逃してもらえるはずもない。
「神様。この子、神域で飼えませんか? ドアを通れたのも何かの縁かもしれませんし、ご飯の用意は私がするので」
「我は構わぬが、おぬしはどうなのだ」
神様はその場にしゃがみ、猫の目をまっすぐ見る。
猫の方も自分に質問されるとは思わなかったようで、きょとんとしている。
「にゃ~にゃ?」
「そう、おぬしの考えが一番大事であろう。我が信者になるか、このままダンジョンに戻るか。一度神域から出たら次も入ってこられる保証はないが、他の神域にも入れる可能性は残る。今回無理に選ばずとも、もう一度我が神域に足を踏み入れられれば、再び選択の機会を与えてやろう」
猫ちゃんが神域に入れるのはイレギュラーである、という前提はあるものの、神様が提示しているのは人が信仰対象を選ぶ時と同じだ。
強制はせず、あくまでも相手の意志で選ばせる。
そこまで考えて、少し引っかかった。
「ん? 信者?」
あくまでも私は猫を飼う提案をしたつもりだ。
そもそも動物も信者になれるのか。いや、人間と契約を結ばずに立ち入れる特殊個体であれば、人と同等の扱いであっても不思議ではない?
私が状況を理解するよりも前に、猫ちゃんが元気よく「にゃっ!」と返事した。
「ならば試験を行おう。着いてこい」
「ちょっと待ってください」
「なんだ、おぬしが言い出したことだろう」
「そうですけど、猫ちゃんに料理は無理ですよ!」
信者に迎え入れる、ましてや入信試験を行うなんて思ってもいなかったのだ。
人間からすればスライムゼリーは簡単なお題だが、もふもふハンドの猫ちゃんにはハードルが高すぎる。刃物は使わずとも、鍋を火にかける時点でアウトだ。毛にでも引火したら危険だ。
魔法を使える猫を普通の猫扱いするのもどうかと思うが、見た目は普通の猫なのだから仕方ない。
「安心しろ。こやつに課す試験は戦闘力を測るものだけだ。試験内容が減る分、戦闘の難易度は少し上げさせてもらうが、まぁ問題なかろう」
神様は奥に続くドアを開け、猫を先に進ませる。
試験を行うのは、昨日私がスライムを倒したのと同じ部屋だ。
邪魔にならないように、けれど何かあった時にはすぐ駆け付けられるように部屋の端で2人の様子を見守る。
神様が出現させたのは、スライムとゴブリンが2体ずつ。計4体の魔物である。
私はスライム1体だったことを考えると、かなりハードルが上がっている。私だったら速攻で音を上げるレベルだ。
「準備はいいな? それではかかれ」
神様の合図で魔物達が一斉に猫に襲い掛かる。
それに対し、猫ちゃんは焦る様子もない。右手を振りあげると、シャッと軽く下ろした。
「うわぁ」
なんということか、一瞬にして魔物達が吹き飛んだ。早い、早すぎる。
アイテムが1つもドロップしなかったことにも驚いた。
オレンジの木の下に落ちていた布は、猫ちゃんの魔法によって倒されたゴブリンが落としたものではなかったのか。
「布がどうと言っていたが、やはり単体ではアイテムドロップはしないのか」
「にゃにゃにゃ~にゃん」
「それも信者になれば解消するだろう。おぬしよ、こやつの登録を手伝ってやれ」
気になることはあるが、私の疑問はそのうち解消されるはず。
それより今は登録だ。
「猫ちゃん、水晶の前まで行ったらちょっと抱き上げさせてね。すぐ終わるから」
「にゃっ!」
無事了承も得られた。3人で水晶の前まで移動し、猫を抱き上げる。
猫を抱っこするのは初めてだったが、位置は本人が微調整してくれた。ありがたい。
「水晶に手を載せて~」
賢い猫ちゃんは、水晶の上に「にゃんっ」と手を置く。可愛い。
水晶がぴかっと光った。だが続く音声は私が登録した時とは違った。
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