15.普通の猫
「もっと安いのもあるが、そういうのは録音ミスが起きやすかったり、保存期間が少なかったりするから気をつけろよ」
安いのはそれなりということか。前世も今世も変わらない。
もし私が揉めたとしても、信者同士の横の繋がりは一切当てにならない。運良く近くにいた人が味方してくれるとも限らない。
自衛のために一つくらい持っておいた方がいいのかなぁ。
どんなアイテムか確認するため、視線を上げる。すると男性と目が合った。アイテムをよく見えるように掲げてくれる。
「遠くの奴らも見えるか?」
まるでロゼを気遣ってくれているかのよう。初心者講座の先生役を務めるくらいだ。子供好きなのかもしれない。
ペコっと頭を下げると、安心したように頬を緩めた。優しい人もいるものだ。
そこから一行は第2階層に続く階段を下りていった。私は変わらず採取を続ける。
「あった!」
しばらく探すと、油花が1つだけ見つかった。
まとまって咲くものだと思っていたが、あるのはこれだけ。誰かが採っていった後なのかもしれない。
慎重にスコップを差し込み、傷つけないように掘り起こす。
先に採ったキノコと木の実、草と合わせれば何かしら食べられる物が作れそうだ。まとめて布に包む。
神域に戻ったら、どれが食べられるのか聞いてみよう。
「にゃーん」
昨日より声が近い。肩をびくっと震わせる。
周りには誰もいない。初心者講座が複数組に分かれて行われていたこともあり、他の冒険者は早々に第2階層や横道に進んでしまっていた。
手に持っていた草をバッグに突っ込み、代わりに煮干し袋を取り出す。
すると背後に1匹の猫が見えた。日本でもよく見かけるようなキジ猫だ。
チラッと見えただけだが、可愛い。幽霊っぽさはない。『猫の亡霊』と呼ばれている子とは別の子なのだろうか。
ただひたすらにこちらをじっと見ており、黒目が大きくなっている。
獲物認識されていないか心配ではあるが、いかんせん前世から馴染み深い猫。気を抜くと「可愛い」の声が漏れそうになる。
なるべく猫の方を見ないように、袋の中から煮干しを取り出す。
その場でしゃがみ、足元に置いた。
「成仏できますように……」
両手を合わせてからスックと立ち上がる。そして心の中でブランに感謝を告げながら、全力ダッシュで神域に駆け込んだ。
――猫は追ってこなかった。
「ただいま、帰りました」
全力疾走のせいで切れた息を整える。ゼーハーと繰り返していると、奥からトトトと神様が出てきた。
「そんなに焦ってどうしたのだ。怖い者でもいたか?」
孫を心配するおばあちゃんみたいだ。見た目は無表情の幼児なのに、私の顔を左右から覗き込む様子からは心配がにじんでいる。
「猫が近くにいたもので。追ってこなかったけど、キジ猫ちゃんなのはもうバッチリ見ちゃいましたね……。可愛かった」
これ以上心配をかけぬよう、余分な感想を付け加える。
神様は私の周りを1周回る。腕や足、背中辺りに外傷がないかチェックしているようだ。
なかなか整わない息もとい、スタミナ不足以外何も問題ないことを確認すると、ふむと頷いた。
「魚の匂いに釣られてきたのかもしれんな」
「近くに水場はありませんでしたよ?」
水場は階段付近にある横道を進んだ先にある。私が採取を行っていたのは入り口からほど近い場所。水場まではかなり距離がある。
私が第1階層にいる間、メイン通りには釣り道具を持った人や魚を調理している人を見かけなかった。
一体どこから魚のにおいを嗅ぎつけたのか。
思い当たる節がまるでない。はてと首を傾げる。
「ローブに匂いがついておるだろう」
ローブをクイクイと引っ張られ、ハッとした。
腕に鼻をくっつけ、匂いを確認する。うっすらではあるが、確かに魚のにおいがする。
思えば、今着ているローブは一晩中バッグの中に入れっぱなしだった。必ず持っていくようにと念押しされた煮干し袋も同じ。
人間では気づけなくとも鼻がいい、それも煮干し1つで見逃してくれる猫相手では、見つけてくれと言っているようなものだ。自分の不注意な行動に頭を抱える。
「ローブに匂いが付いてるってことは、バッグにも匂いが移っちゃってますよね……。風魔法で匂い飛ばせるかな。でもこれからも煮干し袋携帯するなら、今付いているのをどうにかするだけじゃ足りないし、かといって煮干し袋を置いていくと生命の危機が……。神様、匂い遮断袋とか持ってません?」
「匂い遮断袋はないが、匂いを遮断できるアイテムならガチャに入っているぞ」
「そのアイテムがなんだか気になりますけど、ひとまずコインを貯めろってことですね……」
食神のガチャは他の神のガチャとは違い、少し変わったアイテムが出てくる。
周回してもどこで使うのか分からない素材もいくつかあったが、匂いを遮断するアイテムに心当たりはない。
私が引いたことがなかっただけかもしれないが、ゲームと現実とではガチャの中身が違う可能性もある。こればかりは実際に引いてみるしかない。
それよりも今は魚の匂い問題だ。
「他の冒険者も魚は持ち歩いてるっぽいし、私が一気に持ち運びすぎなのかな~」
頭をポリポリと掻く。ひとまずコートとバッグは椅子に引っかけておくことにした。あとで風魔法をかけておこう。
それより戦利品の披露と昼食が先である。
神様の顔を見たら安心したのか、一気にお腹が減ってきた。
「そうそう、ダンジョンでスライムの核以外もいろいろゲットしてきたんですよ。食べれるかどうか見てもらっていいですか」
バッグから採取物を取り出し、机の上に布ごと広げる。
「じゃっじゃーん」
両手を広げ、本日の戦利品をアピールする。
神様は軽く見て、アイテムを右と左に分け始めた。
「これとこれ、あとこれは食えん」
「え、ほとんどダメなんですか!?」
左が食べられないと判断されたもの。半分以上がここに分類される。まさかキノコも木の実も全滅だとは思わなかった。少しショックだ。
右に置かれているのは、スライムの核、油花、そして子ネギによく似た草である。
ゲームで大活躍した薬草を探していたところ、この草の付近に採取した痕跡があった。どれも生えている部分5cmを残し、手でちぎられていた。
それを見てひとまず採取してきたわけだが、おかげでなんとかおかずが作れそうだ。
心の中で見知らぬ冒険者に感謝する。
「まずこれらの木の実は、ダンジョンでよく見かける毒の一種だな。うっすらと筋が入っているのが見えるか? これが特徴だ。死にはしないが、しばらく腹痛で悩まされるぞ。間違って食わぬよう、穴に埋めておくといい」
「いっぱい採ってきたのに……。後で埋めときます。こっちのも毒ですか?」
「いや、ふわふわダケとニテン草はキズグスリの材料だな。ポーションとは違い、塗って使うものだから、やはり食えないな」
「ふわふわダケにニテン草?」
どちらも聞き覚えのある材料だ。ゲームではなく、最近読んだ教本の中にあったはず。ただ短期間で大量に読んだため、頭の中に似たような単語がいくつか出てきてしまう。
うーんうーんと唸りながら、どれだったかと絞り込んでいく。
「この2つでもキズグスリはできるが、濃い色が付いてしまうからな。打ち消すためのりんりん草のエキスや魔魚の鱗を一緒に煮込む必要がある」
「それだ!」
「ん? 何がだ?」
「髪染めの材料候補だったんですよ! いやぁ教本で見ただけだったので、名前を聞いてもサッと出てこなくて。この2つがあればとりあえず髪染め第一号はできそうです」
キズグスリということは、塗る時に頭皮に付着しても安心安全。
2回目の探索で引き当てるなんて、なんてツイてるんだろう。
落ち込んでいた心が一気に浮上し、天まで上りそうだ。
問題は色味だが、ぱっと見で真っ黒でさえなければいい。
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