11.神様デバフ
だが父によって、一気に思考が引き戻される。
「いや、そのくらいならすぐ用意する。だから家で裁縫して過ごすつもりはないか? 編み物や刺繍は令嬢達の趣味として一般的と聞く。話題の材料にもなると思うぞ」
「その話をする相手がいませんから」
「ゔっ……それは……」
一瞬、社交界に突っ込まれるかと警戒したが、そんなことはなかったようだ。
いきなり自己主張をするようになった訳あり娘との距離を測りかねているのだろう。髪を切った衝撃が尾を引いているのかもしれない。
といっても普通の令嬢向けの会話カードは私には適応されない。話を続けても父が墓穴を掘るだけ。そう判断して話を切り上げることにした。
「じゃあ行ってきますね」
「待て。馬車を用意させる」
「歩いていけますよ」
「お前の足では時間がかかるだろう。迎えも馬車を行かせるから必ず馬車で帰ってきなさい」
「御者に悪いですし、馬車が目立っては家の迷惑になりますから。遠慮します」
半分は本音。
ダンジョン外での自由行動が減るのは避けたいという気持ちもある。人を待たせているなら常に時間を気にしなければならない。
悲しいが日本で長年暮らした記憶が『常に5分前行動』を訴える。
だが私は時計を所持しておらず、ダンジョン内では昼夜の判別がつかない。何時頃帰ると明言しなかったのはこのためだった。
「あのダンジョンは、シュバルツ家が王家より管理を任されている。当家の使用人が頻繁に足を運んでいても不思議ではない。見回りの強化にもなる。ダンジョン近くに商人が待機するための小屋と馬車を止めるスペースだってある。何の問題もない」
「でも」
「今後移動に馬車を使う約束ができないなら、ダンジョンに潜る許可は出せない」
「……分かりました」
裁縫の話とは違い、こちらは一歩も引く気はないようだ。送り迎えに必要な状況が複数揃ってしまっているというのもある。
「長い針が5を指す前に神域から出てくるんだ。いいな?」
父は腰から下げていた懐中時計を取り外すと、5の数字を指差す。馬車で帰ってくる時間も含めると、門限は17時30分から18時といったところか。
小中学生が遊んで帰ってくる日の門限と考えると妥当だ。
こくこくと頷くと、そのまま私の手に時計を握らせた。
馬車の準備を待つ間、父は私の前から離れなかった。目を離したらどこかに行くとでも思っているのだろう。
居心地の悪さを感じていると、使用人がネイルセットを持ってきてくれた。普段、私の爪の手入れに使っているものらしい。好きに使っていいようだ。遠慮なく受け取る。神域に置いておこう。
それからしばらくすると、他の使用人が呼びに来た。
馬車の準備ができたらしい。御者は昨日同行してくれた使用人よりも年上で、髪の毛も髭も見事なほどの真っ白だった。馬車に乗る前、父は視線を彷徨わせ、あーだのんーだの言葉を探す。
「何か?」
「何かあったら使うといい。あまり多くはないから、無駄使いはしないように」
そう言いながら、胸元から小さな革袋を取り出した。普段、出かける際に使っているのだろう。使い込まれた皮独特の艶がある。
袋を受け取り、紐を緩める。中には金貨が数枚入っていた。ゲームでは単位が違うだけで、日本円と似たような表記だった。そのため、金貨1枚を日本円に置き換えるといくらになるのかまるで検討が付かない。
だが子供にお小遣いとして渡すには多すぎるというのは、なんとなく分かった。しばらく考えて紐をしばる。
「使わないと思うので、ひとまずお返しします」
「なっ!」
拍子抜けした様子だったが、すぐに持ち直す。
「外に出た機会がないから知らぬと思うが、何を買うにもお金が必要なのだ」
「でも物の価値も知らないうちに使って、カモ認定されても怖いですし。使わなくても落としたり、スリに遭うリスクもあります。自分で稼げるようになるまで持ち歩かない方が安全かなと」
「うっ……」
ただでさえ高そうな時計を渡されているのだ。
門限を守るために受け取りはしたものの、普通の子供なら早々持ち歩けるような品ではないことくらい、容易に想像がついた。
そこに大金の入った革袋なんて持っていたら、カモにしてくださいと言っているようなものだ。ある程度着古した古着をメインで揃えてくれた兄の心遣いも台無しになる。
「必要な物は一通りもらいましたし、お金が必要になったら帰ってくればいいだけなので」
兄からもらったバッグをポンポンと叩く。
父はしばらく考えて、こくりと頷く。
「確かに初めは無理をしないのが大切だな。この金はしばらく預かっておくことにする。必要な時に言いなさい」
今のところ、彼にお金をねだるつもりはない。大金を使う予定もないが、未来で何があるかまでは分からない。あまり突っぱねても悪いと素直に頷いたのだった。
ようやく馬車に乗りこみ、ダンジョンに向かう。
「もう一度誰かを乗せることになるとは思いませんでした。坊ちゃんが初めてダンジョンに行った際も私がお送りしたんですよ」
黒髪への嫌悪感が少ないのか、はたまたフードの効果なのか。馬を走らせながら、御者は心底楽しそうにそう語った。
馬車も昨日よりも揺れが少なく、彼が熟練の御者であることが容易に想像できた。
「私はこの管理小屋で待機しております。長い針が5を指す前に帰ってきてくださいね。それからこちらを。簡単なものですが、よろしければお昼ご飯に召し上がってください」
彼がバスケットから取り出したのは、サンドイッチケースとコップ付きの水筒だった。どうやらあの短時間でサンドイッチまで用意してくれたらしい。今日はスライムゼリーで我慢するつもりだったからありがたい。
ぺこっと頭を下げて、受け取った物をバッグの一番上に置く。
そして隠密ローブを被り直し、早速神域に向かった。
小屋に入り、ローブを脱ぎながら声をかける。
「こんにちは〜」
「本当に来たのか」
「もちろん! それで今日のデイリークエストはなんですか?」
「今送る」
ピコンッと音がした直後、目の前にウィンドウが表示される。
【魔法でスライムを5体倒そう】
【固さの違うスライムゼリーを2種類供えよう】
どちらも上に【デイリークエスト】の文字が添えられている。
「今日の目的は、特定の行動を繰り返すことでスキルのレベルが上がるということを実感してもらうことだ。今後も神域に入ると、お主に合ったデイリークエストが発生する。未達成が続くようなら調整するが、不得意なこともちゃんとトライするのだぞ」
「了解です」
わざとらしく額に手を添え、敬礼のポーズを取る。
目の前の少年の表情はほとんど変わらない。分かりづらいが、彼はかなり親切で面倒見がいい神様である。
活動している信者が極めて少ないのもあるのだろうが、与えられるクエストの向き不向きは重要だ。得意不得意だけならまだしも、方向性の不一致による伸び悩みという者が存在する。
例えば畑作業をメインで行う者が、効率的な水撒きをするために水魔法のスキルを伸ばそうとしていたとする。
その人に物理攻撃で魔物を倒せというクエストばかり与えられていると、伸びるのは物理攻撃のスキルレベルばかり。水魔法のスキルは伸びない。使っていないのだから当然である。
数回くらいなら方向性の不一致クエストを潔くスルーするのも手だが、無視し続ければ信者レベルが落ち、加護による恩恵が減ってしまう。
厄介なのはクエストを無視し、それに反した行動をたびたび繰り返すと恩恵がマイナス方面に働くこと。
通称 神様デバフ。
魔物からかけられたものとは違い、一定期間を過ぎるか信者レベルを上げるまで、ステータスが戻ることはない。厄介な話だ。
食神様のスタンスが変わらない限り、神様デバフが避けられるのはありがたい。
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