いとま探偵事務所 6-4
「話し合いをましょう!」
匁流君に誘われるがままお馴染みの公園で物語が動き出す。いとま探偵事務所のこと、絃間杏さんのこと、三刀匁流君のこと、暇仁さんのこと、そして――火芽纏のことを。
「なにから説明すれば良いか……あっ、とりあえず疑問符である絃間杏さんの話からっすかね」
「……」
「昨日話した通り、彼女がいとま探偵事務所の"本当"の所長っす!」
「……」
本当の所長――では、彼は一体なんだったのか?数日前まで当然のように所長面をしていた彼の正体とは。
「元は大手探偵事務所に属していたらしいんすけど数年経って独立を果たした結果、我らがいとま探偵事務所が設立されたっす!とは言っても、当時の従業員と二人三脚状態で活動してたみたいなので、実態としては個人事業主に近い働き方だったみたいっす!当初は一般的な探偵業者として依頼内容も平凡だったらしいんすけど、件数をこなす内に様々な人と出会い縁が出来て依頼内容にも少しずつ変化が起きたみたいっす!」
「……どんな変化?」
「ズバリ!仁さんがこなしていたような少し尖ったサイエンス系の学者や研究者からの依頼が増えたっす!」
「少し尖った……」
私が知っている事件を思い返しても……少し尖ったで済ませて良いものなんてあったっけ?
「『被験者になって欲しい』とか『ポートフォリオ・論文の制作補助』や『研究結果の証人』、『アイデア出しとしての相談相手』などなど……本来の探偵業では有り得ない依頼がどんどん増えていったみたいっす!」
「はぁ……」
どういう経緯を経たらそうなるのか……
「まぁ謎っすよねー!でも今更なんで謎は謎のままでって、ウケる」
「……」
「そんなニッチな依頼が増えてきた矢先、立ち上げ時から一緒だった唯一の従業員が辞めちゃったみたいっすね……理由は教えてくれなかったんすけど。それが影響したのか流石の杏さんも日が経つにつれ手が回らなくなってきたこともあり、追加で従業員を雇うことにしたっす!」
「その従業員は……?」
「それが俺っす!」
「そ、そうなんだ……」
話の流れから言って……まぁ、そうだよね。
「俺がいとま探偵事務所にお世話になったのは数年前からなので……いやー月日が経つのは早いっすねー」
「確かに……?」
このタイミングで言われても。
「俺は探偵である杏さんの助手として、依頼人との一次対応、世間に出回る前の事件や依頼の収集、後は事務作業を任されたっす!それは今も変わらないんすけど、一般職で言い換えると営業とかそんな感じなんすかね……まぁなんでも良いんすけど」
「そうなんだ……」
勤労経験すらない私に対して言い換えられてもなにも変わらない。どっちにしたって知る由もない。
「なんだかんだ二人体制でやってきたんすけど……杏さんが急に"とある人物"を事務所に連れてきたんすよ」
「……とある人物?」
その言葉に胸がざわつく。
「そうっす!」
「……」
「最初は知人か依頼人ぐらいにしか思ってなかったんすけど、ちょっと様子が変で。髪ボサボサの服ボロボロ……とても真っ当な生活を送っているとは思えない風貌……完全にヤベェ奴って感じっす!」
それは確かにヤベェ……
「その人が開口一番になにを言ったと思います?」
「……なんて言ったの?」
「『今日から僕が所長代理だ……』って!訳分かんないっすよね、ウケる!」
「……」
「杏さんに理由を聞いても『私が頼んだ、こいつと少しの間だけ仲良くやってくれ』の一点張り……これ以上問答を続けても面倒だったんでそのまま受け入れたっす!」
「……その人の名前は?」
分かっていてもどこかで否定したいのか、無意味な問いを投げ掛ける。ただの悪足掻きだ。
「それは、もちろん!暇仁さんっすよ!」
「……だよね」
悪足掻きは悪足掻きでしかなかった。現実は結局どこまでも現実だ。
「それからは仁さんと俺の二人体制に切り替わって活動してたっす!仁さんも仁さんで自分のことは語らないし杏さんとの関係もはぐらかすしで……なかなか要領を得なかったんすけど途中からなんか楽しくなってきたんで全て受け入れたっすねー!」
「……そんな感じなんだ」
社会人の皆さんって、そういうものなの……?職場の上司が急に代わってもすぐ受け入れられる感じ?しかも浮浪者みたいな素性も知れない謎の人物が「今日から私が君の上司だ」って言って素直に認められるの……?
「いやー、一般社会ならまず有り得ない人事っすね!まず、そんな怪しい人物なんて雇用しないっすもん!ウチが変なだけっすよ」
「そ、そっか……」
怪訝な表情の私を見て察したのか、脳内で考えていたことに対しての返答があった。だから地の文と会話しないで……
「でもまぁ、仁さんも過去に探偵業を少しカジっていたみたいなんで業務としては問題なく機能してたっすね!愛想も悪くないし対応も上出来、フォーマルな場の時だけでも身嗜みを整えてあげれば問題なかったすよ?……なかなか依頼を請けないことを除けば、概ね」
一番重要じゃない、ソレ!?
「彼は彼なりの美学と軸があるみたいだし、杏さんが裏で色々と動いていたようなんで資金面で困ることはなかったから別に良かったんすけどね」
「そういうことか……」
時々気になっていたお金の問題――依頼をなかなか請けないのに一向に減る様子のない残高の理由。知らず知らずの内に無解決させた事件の謝礼や依頼料かなと思っていたけど……それも少なからずあるのだろうが、それだけではなかった。裏で支えがあったのだ。
「そんな適当な活動をだいたい2年ぐらいっすかね……?俺は俺で好きに活動してお金も貰えたんで文句もなかったっす!仕事して仁さんとダラダラして、たまに子供と遊んで……まぁそれなりに楽しかったっすね!」
……うん?えっと、なにか気になること言いました?
「そんな時っす!ヒメちゃんが転がり込んできたのは!」
「……私、か」
「仁さんは少し驚きつつなにか分かったような表情でヒメちゃんを見ていたのが印象深かったっすね!」
「そっか……匁流君はどう思ったの?」
「そりゃ多少は驚いたっすけど、先に仁さんの件があったんで『またか』ぐらいにしか思わなかったっすよ!」
「そう……」
匁流君のキャパに愕然とするよ……なんでも受け入れてるもん……普通ならもっと不安感や拒否感とか抱かない?
「結果的に三人での生活は楽しかったんでオールオッケーっす!」
「そのポジティブさ……異常だよ?」
そのポジティブ心が私にもあれば……
「本音と建前が逆転してる顔っすねー、ウケる」
「……うっさい!」
「そんなこんなの半年が過ぎて……満を持してっ!杏さんが表舞台に復活した訳なんすよ!」
「……そっか」
「裏に潜んだ理由はまだ教えてもらえてないっすけどねー!」
「……」
何事も謎のままではいられない。
環境も事実も真実も人もなにもかも――いつかは明るみに出て捲られる。嘘も真も現も虚も綺も汚も全ては何者かの手によって隠された手品の中。タネも仕掛けも存在する。
「これが、いとま探偵事務所の真実っす!なんとなく分かりましたかね?ままならないっすよねー、現実は」
「ままならない……」
「そうっす!本人のやる気の有無は……まぁ、この際置くとして、暇仁はただの影武者であり代理人――絃間杏の不在の期間のみ登板を許された中継者。棘のある言い方をすれば代替の効く数合わせとも取れる」
「そ、そこまで言わなくても……」
「いや、でもっすよ?ヒメちゃんも知る通り、彼はなかなか依頼を請けなかった……それは別に構わないんすよ。ただね、逆に彼が無解決の為に動いた事件を思い返して下さいっす!」
「無解決に動いた事件……」
私が知り得る限りの事件を片っ端から脳内にぶち撒ける。すると、一つの共通点が浮かんでくる。
「……変なサイエンス系の事件ばかり」
「その通りっす!彼が動くのは探偵業らしからぬ事件のみ――その殆どが絃間杏さんからの指示や助言が少なからずあったであろうって話っすよ」
掌の上……もとい操り人形の指示待ち人間。
「……」
「仁さんも知識幅は広いし探偵としての能力もあるんで指示がなくてもそれなりに対処は出来ると思うんすけど……俺の知る限り、事前に助言があった上で自分なりの美学やこだわりに沿って行動していたに過ぎないんす」
「でも……!それは仕方ないんじゃない?だって一時的な雇われ所長を担っていた訳だから、仁さんに限らずそんな時じゃ誰かのサポートは必要じゃないかな……?」
「そうっす!別に間違いじゃないんすよ。彼は所詮代役なので……自分だけの解釈で勝手な行動をされるよりマシっす」
「……」
過去がガシャガシャと音をなして崩れていく。
「仁さんが代役を担ってからも俺は引き続き助手の立場で色々と動いたんすけど、それはそれとして"暇仁の監視"という役割もあったっす!」
「監視?」
「そう、監視――暇仁の業務進捗や生活態度、事務所内での言動に至るまでの全てを杏さんへ報告してたっす!」
「そんなこと……」
「ヒメちゃんは気付いてないと思うっすけど、あの事務所って実は……俺とヒメちゃんの部屋以外は全て監視カメラを仕込んであるっす!ただ、流石に浴室とトイレはカメラあるとキツイんで除外にしてるっす!」
「マジ……?」
「マジっす!」
「……」
言葉が出ない。全身が震え上がるのを感じる……そんなことが裏で行われていたなんて……
「再度確認するけど……マジ?」
「何度聞かれても、答えはマジっす!」
ゾワゾワゾワっと身体中を見えないなにかが駆け巡る。
「監視担当として、彼の行動パターンはある程度把握してるっす!だからこそ、暇仁は絃間杏がいないと"暇仁"として成立しないんすよ」
「……う、うん」
恐怖なのか失望なのか幻滅なのか……冷や汗が舐め回すように体を伝う。その現実から目を逸らしたいから曖昧な言葉が咄嗟に口から溢れた。
「でも、ヒメちゃん!勘違いしないで欲しいんすけど、俺は決して仁さんを嫌っている訳じゃないんすよ。先に触れた件含めて全て暇仁として認めてるっす!」
「……認めてる?」
「はい!仕事しないのも杏さんの指示ありきで動くこともどこの馬の骨か分からないのも含めてっす!」
匁流君の表情はなにも変わらずニコニコと笑顔が満開だった。
「そっか……そうなんだね」
「これが、暇仁の真実っす!ヒメちゃんの知っている仁さんとは違った面が多かったかもしれないんすけど、この事実は決して覆らないっす。何卒ご理解と了承下さいって、ウケる」
ウケないよ、全く。
「じゃあ……匁流君も仁さんが代打を務めた理由とか仁さんの生い立ち的なものは知らないんだね」
「そうっす!俺もまだまだっすねー」
「そっか……」
暴かれた嘘から這い出る真実――これでは仁さんのあの戯言に一定の説得力が生まれてしまう。
"謎は謎のままが美しい"
無解決の意味すら変容してしまう目の前の現実の姿に私は全く追い付ける気がしない。昨日までの欺瞞が露わになり今まで視界に入らなかった陰影さが際立っていく。
「人は見たいものしか見ないって誰かの言葉があるんすけど、暇仁も火芽纏も三刀匁流も……もしかしたら絃間杏も、それぞれの望んだ景色の中で生きているってことなんすかねー?その中でも、ヒメちゃんだけは本当になにも知らなかったと思うので同情出来なくはないっす!」
「別に同情して欲しい訳じゃないけど……うん、そうだね……正直言葉にならない」
「仕方ないっすよ!誰だって急に知ったら驚きますもん!」
匁流君のこれまでの話が、どこまで本当でどこまで着色していてどこまで嘘かなんて疑い始めたらキリがないけど、私には全て本音のように感じた。疑いようのない現実が目の前にある。
「匁流君の話はちゃんと聞いていたけど正直殆どの部分は受け止めきれていないと思う。まだ心のどこかでドッキリとか騙して遊んでるって考えちゃう……」
「そうっすよね……現実は小説より奇なりって言葉もあるぐらいっすから、なかなかどうして生々しいもんっす」
匁流君は笑顔は崩さず優しい表情のまま私を見つめる。
「じゃあ……これからいとま探偵事務所は……?」
「暇仁は正式にお役御免となり絃間杏さんが現場復帰して活動していくっす!」
「匁流君は……?」
「俺は変わらず所長助手っす!」
「そっか……」
じゃあ、私は?――この問いを投げることが出来なかった。
「なので、これから依頼の件数もバンバン増えていくと思うんで大変になるっすよー!」
「そ、そうだね……」
「そんな岐路だからこそ、無情な現実に流されないようにヒメちゃんとちゃんと話したかったんす!流石の俺もヒメちゃんに対して非情なことは出来るだけしたくないんで、さっきも言った通り……俺なりの誠意っす!」
「ありがとう……伝わってるよ」
優しさが優しい訳じゃない。甘やかすだけが優しさじゃない。痛くて苦しくて辛くて重いことだって優しさに含まれる――目の前の誰かの為を思って時には重苦しいことも言わなければならない。例え受け止められなくても知っておかなければならない。理解出来なくても分かるように努力しなければならない。妥協なき現実を見ようとしなければならない。ぬるま湯に浸かるのも悪くないけど結局は程度問題なのだ――いつかは掴んだ手を離さなければならない。
「俺はね、ヒメちゃん。仁さんのこともそうなんすけど……ヒメちゃんのこともちゃんと認めているんすよ」
「……と、言うと?」
「だからね……もう"下手な言葉遣い"は止めてヒメちゃんとも向き合おうと思います」
「そっか……」
先程の説明で、いとま探偵事務所のこと、絃間杏さんのこと、暇仁さんのこと、三刀匁流君のこと……多少の深掘りは出来てもまだまだ要領を得ないことが多いのは確かだ。それでも先へ進まなければならないと突き付けるように、匁流君は今まで使っていた下手な後輩言葉を止めて私の目を見る。現状維持はゆるやかな停滞とも言う……前を向く必要があるようだ、物語は待ってくれない。
「ヒメちゃん――いや、火芽纏さん。あなたの目論見は外れ現実は次のステップへ進もうとしています。それを止める術はありませんし止められても困ります」
「うん……うん……」
「仁さんのことも纏さんのことも好きなので、これからも個人的には仲良くありたいと思っています……ただ、俺はあくまで杏さんの部下なので深入りは出来ませんし二人の肩を持つことも出来ません」
「うん、そうだね」
「ですので……命令通り、纏さんの目的も暴かせてもらいます」
「お願いします」
匁流君の真剣な眼差しに私はある種の安心感を覚え、先程まであった全身をゾワゾワと責め立てる焦燥感は消え去る。
今度は私が誠意を見せる順番なのかもしれない――心からそう思い匁流君に対して穏やかに返答する。意識的に望み無意識的に拒んだ扉がゆっくりと開く。
次話は3日7:00に投稿予定です。




