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無解決探偵って需要ありますか?  作者: わゆ
【6章】いとま探偵事務所
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いとま探偵事務所 6-2

 目の前に広がる普通と異常。90%昨日と同じで10%新しい明日の境目にいるようだ。ワインの入った樽に泥を一滴混ぜるとそれはワインではなく泥になるとは聞いたことがあるけれど――まさに、それに近い。


「あっ、えぇっと……」

 言葉が出ない。


「口半開きにして立ち止まってどうしたんすか?」

 匁流君がいつものように私へ軽口を吐く。


「あ、あ、えっと……」

 返す言葉が出てこない。


「今日は珍しく朝から全員揃ってんすからヒメちゃんの美味しい朝食お願いするっすよ!」

「う、うん……」

 匁流君の元気オーラに背中を押されてようやく一歩を踏み出すことが出来た。ただ……今、なにか引っ掛かる発言が……?


「今日の朝のメニューはなにかな?」

 その声にビクっと体が無意識に反応する。だって、そのニュアンスは……声にならない声を胸にグッと溜め込み恐る恐るキッチンへと移動する。


 なにからなにまで不思議がいっぱいで既にお腹いっぱいではあるが、それは私だけのようだ……匁流君ともう一人の彼女はニコニコと楽しげに朝食を待っていた。だから、その席に座るのは……


 混乱した頭でこれ以上悩んでも埒があかない、そんなことは分かっていても脳は勝手に稼働し続ける。ブレーキの壊れた車の如くアクセル全開で走り続けてしまう。


「ど、どうぞ……召し上がれ」

 どうにか支度を済ませ人数分の料理をそれぞれの前に並べていく。


「おー、今日も今日とて美味そうっすねー!」

「あぁ、料理を作ってくれる人がいるというのは幸せなことだ」

 いつものような大袈裟な喜びを露わにした二人とどうにも体が動かない私。


「どうしたんだい、ヒメちゃん?君も早くこちらに来て一緒に食べようじゃないか」

 だ、だから、それは……!


「早くするっすー!」

 二人に急かされ重い体に鞭を打つかのように根性でその場から移動する。


「「いただきまーす!」」

「い、いただきます……」

 三人はそれぞれのペースで目の前の料理に手を付けていく。脳がパンクしてまともな思考が出来ていない私ではあったがそんな時でも腹は減る。精神的に満腹であっても、いざ目の前に料理を並べられると肉体的な空腹の主張は止められない。震える手を誤魔化しながらゆっくりと口へと運ぶしか出来ることはなかった。


「「ご馳走様でした!」」

「お、お粗末様でした……」

 いつもの三人での食事、騒がしくも活気のある食卓、そこに潜む違和感、歪なのは私なのか誰なのか――室内に漂う空気はきっと昨日と変わらない。変わったのは、なに?


 どんな変化があったとしても日々の習慣は進んでいく。匁流君が食べ終えた三人分の食器などを片付け、もう一人の彼女はテーブルを布巾でさらりと拭いていく、私は私で人数分のコーヒーを用意する。ルーティンに変化なし、人数に変化なし、お日様の機嫌も変化なし、どこにでもある平々凡々な朝の儀式、違うのは私だけ?


「コウさーん、今日はなんの依頼入ってるんすか?」

「うん?今日は家出少女の捜索だったかな。匁流君にも付き合ってもらうから宜しくね」

「うーっす!」

「ヒメちゃんの今日のご予定は?」

「えっ!あぁ、えっと……」

 食事による糖分摂取は済んだはずなのに未だに脳が適切な処理を拒んでいるようで言葉が上手く浮かんでこない。


「ヒメちゃんは自宅警備っていう大事な仕事があるっすよね?」

「そっ、それは……ただ、のニートじゃん……」

 いつもの匁流君の軽口、いつもの匁流君の笑顔、いつものやり取り、三刀匁流と火芽纏のやり取り、なにも変わらないはずの出来事、それが機能不全に陥っている。


「事務所内の掃除に食事の用意、私たちが怠っている部分を補ってくれているんだ、ヒメちゃんには感謝しないとね」

「っ……あ、はい……」

 私に投げ掛けないで。


「それはそうっすね!ヒメちゃんはこの事務所の座敷童子っす!」

「……」

「うん、それは言い得て妙かもしれない。ヒメちゃんが居候を始めてから随分と事務所内も活気に満ちているからね。ところで匁流君、座敷童子とはどんな存在だい?」

「そうっすねー、なんか家に憑く幽霊的なヤツっすよ!その家は繁栄して離れると没落していく的な感じっす!」

「そうだね。元々は東北地方の民間伝承だ、旧家や奥座敷、蔵などに棲み付く神霊だったり妖怪だったり幽霊だったりと姿形を変えながら現代まで語り継がれている」


「……」

 私の耳にはなにも入ってこない。


「伝承に多いのは……おかっぱ頭の幼女で悪戯好きということかな。夜中に走り回る音、遊び声、枕返しをして起こしたりと、ちょっとした悪戯をするそうだよ」

「それだけ聞くと、良い存在にはあまり聞こえないっすねー」

「そうだね。ただ、基本的には家の守り神として大切に扱われていることが殆どだ。匁流君の言った通り、座敷童子がいる家は栄えて富をもたらすと信じられている。その逆に離れてしまうと没落の一途を辿るってね」

「善悪の判断がムズい存在っすねー」

「座敷童子の起源を考えると……さもありなんでもある」

「そうなんすか?」

「まぁそれも諸説の一つに過ぎないんだけどね。東北地方の厳しい気候や貧しさがある中で、とある地域では最大多数の最大幸福の為に命の選別が行われていた……要は口減らしだ。対象となるのは幼児などの子供だった。それは何故か――幼児を間引くことを"神へ返す"と定義して、家の土間や台所に埋葬する風習がその地域ではあったそうだ。人柱とも言えなくもない子供の魂がそのまま家に留まって座敷童子になったという話。しかし、この説を前提に考えると、ちょっとした悪戯レベルなんて可愛いものだろう?」

「確かにそうっすねー!」

「それに、純粋無垢な幼児に善悪なんて存在しないものだよ」


「……」

 私の耳にはなにも入ってこない。


「格好良いっすねー!1ポイント!」

「やったね!……それで、そのポイントは貯まったらなにかあるのかな?」

「うーん……まぁ、その内なんかあるっす!」

「そうかい。それはそうと……もうこんな時間だ。そろそろ準備して行こうか」

「あっ、完全に頭から抜けてたっす!」

「ヒメちゃん!ごめんよ、私たちのカップも一緒に洗っておいてくれないかい?」

「…………あっ、はい」

「ありがとう!じゃあ匁流君、行こうじゃないか」

「うっす!」

「……」


「「いってきまーす!」」

「……」

 ドタバタと急ぎ足で事務所を後にする二人。それをただ黙って見ている私。


 絶対に違って完璧に異なり完全に別な明確に食い違っている世界を別次元から眺めている気持ちになっている……だって、そうでしょ?昨日までと殆ど変わらないはずなのに絶対的におかしな点がある。だけど、それを違和感として抱いているのは私だけなんだから。世界から切り離されたようであり無理矢理付け加えられたようでもある。破けた衣類に不恰好な当て布を縫い付けたような感じ?なにがどうなってるの?昨日までの世界はどこ行っちゃったの?もくしは私はどこの世界へ飛ばされちゃったの?あれ、もしかして……これが夢?目覚めていると思い込んでいるだけで実はまだ夢の中だったりする……?


 そんな訳ない――分かっている。これは現実であり事実だ。今まで通りの昨日を経て今まで通りの今日を過ごしているだけなんだ。どれだけ目を背けて逃避してもなにも変わらない。目の前に見えている世界が私の世界であり昨日までの日々の連なりの結果なのだろう。私は過去に夢見ているだけ、後ろに振り向いて逆走したいだけ、誰でもない誰かと当たり前の日々を続けたいだけ。大体ではなく正確に、代替ではない得難い偽りに酔いしれたい。酩酊状態の世界が悪であるなら甘んじて受け入れる。恍惚とした世界が邪なら喜んで抱きしめる。私は、ただ、今でもハッキリと目に浮かぶあの光景を望んでいる。セピア色に染まるにはまだ早い……風化なんてさせるものか、プラスチックが自然分解されるまで数百年以上掛かると聞いたことがあるけどそれ以上に泥臭くしがみついてやる。私のウザさを舐めないで欲しい。

 

 暇仁、三刀匁流、火芽纏――この三人でなければならない。それ以外は認めない。誰がなんと言おうと。仮に私が消えたとしてもそれ以外は不変なのだ。その中でも暇仁は特別で特殊で特異な存在であり唯一無二、彼がいないと始まらない。だって私は、彼に――


「「ただいまー!」」

 勢い良く扉が開かれ朝と殆ど変わらない元気を保ったままの声が交差して室内に反響する。


「……えっ、あっ、おかえりなさい」

 時計の針は私を置き去りにして散歩を済ませたらしい、体内時計なんて存在しないかのような想定外の時刻を指していた。


 ぼんやり窓に目を向けると、ほのかに香る暖かい風が空をほんのり焦がしたような表情で世界を包んでいた。私は自問自答という名の迷路をずっと彷徨っていたのだろう、数時間もじっとしたまま動かず一人で座り込んでいることにようやく気が付いた。


「ぼけーっと座り込んでどうしたんすか、ヒメちゃん?」

「気分でも悪いのかい?」

 二人が心配そうな声を私へ向ける。


「あ、あぁ……!ご無沙汰しております」

「朝会ってるんすけどね」

「それはそれは……久方振りでございます」

「大して意味は変わっていないよ」

「御心のままに」


「会話になってないっすよ、ヒメちゃん?」

「御心のままに」


「今晩のご飯のメニューは?」

「御心のままに」


「御心のままにbotに入れ替わってる!?」

「御心のままに」


「あー、ヒメちゃん変なスイッチ入れちゃったんすね……ご愁傷様です」

「相変わらず面白い子だ」

「主よ、神饌をご用意致します」


「「……」」

 私の返答に違和感でもあったのか二人はだんだんと静かになっていく。


「……ヒメちゃん、大丈夫っすか?」

「えっ、なにが?」

「いつも変は変なんすけど今日はより変すよ?」

 些か気になる内容が含まれていたが気にしない。


「そう……?私はいつも私だよ?」

「それはそうでしょうけど、なんか違うような……?」

 こちらの台詞だ。


「きっと悪夢でも見て引っ張られちゃってたのかな……?知らんけど」

「……」

「まぁまぁ、二人とも。ヒメちゃんのことも心配だけどこの場で話してても仕方ないよ」

「……そうっすね」

「……わかりました」

 お互いに靄が掛かった会話を終えて、匁流君と私はそれぞれの部屋に戻っていく。それを彼女は静かに見送る。

 

「…………って、なるかぁぁあああ!!!」

 

「「!?」」

 気付けば二人へ向けて大声を上げていた。


「匁流君!おい、匁流君よ!」

「な、なんすか……」

「なんすか……じゃないよ!この異常事態の説明は!?なにが起きてるのよ!?」

「異常事態っすか……?」

「なんで頭上にハテナマーク浮かんでそうな難しい顔してんの!」

「そう言われてもっすね……ヒメちゃんの情緒の方が心配なんすけど……?」

 思案顔の匁流君は私を窺うような仕草を見せる。


「そんな優男ムーブは今はいらん!」

「今は……なんすね」

「普段はどんどん優しく扱え!赤子をあやすように慈愛と庇護を込めて丁寧に丹念に!」

「……」

 思案顔が能面顔に入れ替わった、この一瞬で。


「……それで、ヒメちゃんの中でなにが着火したんすか?」

「そう!それよ、それ!」

「この刹那の間に忘れたんすか?」

「ち、ち違うもん!」

 誤魔化す意図はなく匁流君から視線を逸らす、誤魔化す意図はない、決して。そのまま対象を捉える。


「ねぇ、匁流君?」

「なんすか?」


「……この人は、どなた様!?」

 目に映るのは、今朝から当たり前のように事務所内を闊歩して、当然のように私たちと触れ合い、論を俟たないが如く"彼"のように振る舞う謎の女性。


 私からしたら初対面のはずで、挨拶を交わした記憶もなければどこかで見知った間柄でもないはずだ。だからこその違和感であり異質で異様な異常事態である。


 ただ、気掛かりなのは――匁流君に変化がないことだ。いつも通りの笑顔にいつも通りの軽口……私に対しても彼女に対しても。それは昨日までの三刀匁流と同一であり同様の振る舞いなのだ……それが気になって仕方がない。依頼人や同業相手でも態度を変えるようなタイプでは元々ないのだが……それにしても自然過ぎる。そう、自然過ぎて私の心を掻き乱す。その自然さは"彼"に対してのモノではなかったのか?匁流君が自然であればあるだけこの気持ちが間違いに思える。この認識自体に誤りがあるのか?情けないことに匁流君の答えに縋る他ないのだ。


「それとっ!仁さ――」

 私が"彼"の所在を聞こうとした矢先、食い気味に匁流君は答えを示す。


「彼女の名は絃間(いとま) (こう)さんで、いとま探偵事務所の所長っす!」


 誤認の世界が崩れる音がした。

次話は30日7:00に投稿予定です。

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