85 脇役令嬢と願い事 1
「約束する。ルルを泣かせないって」
ぎゅうっと、その腕に縋り付くと、アレス殿下がポツリとそんなことを言う。
「……それって、無傷で勝利するってことですか?」
「そうだよ。自分のことより、いつも国のこととか、ルルのこととか、優先してきた自覚はある。でも、ルルが泣くなら、自分のこともちゃんと守る。だから、そんな顔しないで」
あれ? そんな顔、していますか? それってどんな顔……。
「いつも、その顔をした後、ルルは泣くから」
泣きそうな顔をしていたらしい私。
でも、私だって、リベラ殿下とレイチェル様を助けたい。
「S級冒険者は、緊急討伐に強制参加だから、断っただけ」
「え……。それってどういう」
「こういう時に、戦えるように、余力を残したいから、ならなかっただけだ。だから、そんな深刻に考えなくていい。ちゃんと、自分の限界は分かっている」
…………ああ、もうっ! 全ての言葉が、フラグに聞こえてしまう。
「俺のこと、信じて?」
「信じてっ、良いんですか」
「本当の意味で、ルルには幸せになって欲しいから」
一瞬浮かんだ情景。それは、白昼夢にしては、妙に現実味を帯びていた。
そこでは、アレス殿下と私が微笑みあっている。
そして、周りにたくさんの人たちがいて、みんな幸せそうに笑っている。
「……その未来に行けるって、信じて良いんですか?」
「ルル?」
「行きましょう。今すぐに」
私が辿り着きたい未来では、リベラ殿下も、レイチェル様も一緒に笑っているのだから。
アレス殿下が、微笑んだ。
それは、私が大好きな、春の陽光みたいに暖かい笑顔。
「その顔だ。俺の好きなルルは、諦めたりしない。だから……俺もルルを信じるよ」
腕輪が輝くと、セラフがしなやかに、アレス殿下に歩み寄る。そして置いて行かれてなるものかとばかりに、フェイとその背中に乗ったクロが、私に擦り寄る。
そして、今回も浮遊感と落下する感覚。
「ひっ! 何度経験してもこれは……」
嫌いだ、絶叫系なんて。
「そう? 俺は結構、こういうの好きだな」
「アレス殿下とは、遊園地に行きませんっ! ぎゃああーっ」
色気のない、叫び声が、何もない虚空に消えていく。握りしめられた手に力が篭る。
「俺と行きたくない場所があるの? 仕方ないな。じゃあ、一緒にまた、転移魔法でどこかに行こうね?」
アレス殿下が、なんとなく言葉に軽い怒りを滲ませていたけれど、浮遊感に必死に耐える私は、そのことに気が付かなかった。
✳︎ ✳︎ ✳︎
トンッと、軽く地面に着地する感覚と共に、浮遊感が収まる。
無事に到着したことに、ホッとしたけれど、それと同時に、目の前にいつか見た光景が広がっていて、腕が粟立つ。
「うぅ……。あれ? 転移場所、間違ってないですよね」
「ああ、これは予想を遥かに超えていたな」
というよりも、私はこの光景を知っている。
何もないのだ。シュルツ侯爵家のあったはずの場所は、廃墟になっている。
まるで、悪役令嬢ルルーシアが、闇の魔力を暴走させてしまった時のように、瓦礫ばかりの光景が広がっている。
「これじゃ、レイチェル様とリベラ殿下は」
「いや、そんなはずない。リベラは、何があっても、シュルツ侯爵令嬢を、傷つけるようなことはしない」
その時、廃墟になった建物の影から、ズルズルと何かを引きずるような音が近づいてきた。
「っ……レイチェル様!」
血だらけの右足を引きずりながら、それでも、自分より体格の良いリベラ殿下の脇の下に手を入れて、懸命に引っ張るレイチェル様の姿。
レイチェル様の、いつも完璧なほどに整えられた髪は乱れ、ドレスは血が染み付いて、裾もボロボロになっている。
おそらく、リベラ殿下を連れて逃げるために、ヒールの高い靴は、脱ぎ捨ててしまったのだろう。素足はひどく傷ついていた。
「ルルーシア様っ、アレス殿下っ! お願い、リベラ殿下を助けて!」
冷たい微笑で、いつもであれば、完璧な淑女を演じているレイチェル様は、ボロボロ涙を流している。
不謹慎なことに、私はなぜかその姿を、とても美しいと思ってしまったのだった。
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