71 それは、たぶん嵐の前触れで。
結局、私たちは二曲踊り終えてしまった。
この世界では、同じ相手と、二曲続けて踊ることは、相手が唯一だと、周りに知らしめる意味を持つ。
「……良いんですか? 無駄に、注目されてしまいましたよ」
「余計な虫が、寄って来なくなるだろう」
確かに、S級冒険者を辞退してしまったものの、アレス殿下は、実力も、身分も、そして見た目まで完璧な王子様だ。
私が、王太子妃になると決定したって、側妃に、王妾にと願う令嬢や家門は多いに違いない。
「誰にも渡さない」
「まさか、私の話ですか? 全くモテないのに」
「…………そういうことに、しておこうか」
なんですか、その間は。
だって、悪役令嬢ルルーシアの頃から、男の人が私に言い寄ったことなど、一度だってないのに。
首を傾げる私。
その時、ざわりと背中に鳥肌が立つのを感じた。
たぶん、近づいてきてはいけない人が、すぐ近くまで来ている。
人々が次々と深い礼をとっていく。
アレス殿下も、胸に手を当てて軽く頭を下げ、敬意を示した。
……そんな相手、一人、あるいは一組しかいない。
私も、自然に頭を深く下げようとする。
「ルルーシア、頭を下げるな。手を胸に当てるだけで、十分だ」
「……王太子殿下の、仰せのままに」
婚約者としてではなく、未来の王太子妃としての態度を取れという意味合いのアレス殿下の言葉。
私は、胸に手を当てて、軽く頭を下げるにとどめる。
「ルルーシア……。ようやく、フリーディル伯爵代行との約束を果たせるな。顔を上げてくれ、我が娘よ」
「もったいないお言葉です。我が国ロレンディアの太陽、国王陛下」
「ルルーシア、あなたが選んでくれることを、待ち望んでいました。我が友、リリーベルも喜んでいることでしょう」
王妃様と母が、友人?
「リリーベルとは、学友でね」
伯爵令嬢として、母も王立学園に通っていたという。その時、王妃殿下と国王陛下も、同じ学年だったとは、聞いていたけれど。
アレス殿下は、正妃の子ではない。
それでも、よく物語にあるような、第二王妃の子を憎むような関係に見えない。
「子ども同士を結婚させて、家族になろうなんて、盛り上がったものだわ。そういえば、リリーベルは、『夢で見たから、きっと現実になるわ』なんて」
そのまま、前に歩み出た王妃様は、私の手を握りしめた。
私が、過去を夢見るように、母は過去や未来を夢に見たという。
「ルドルフ・フリーディル伯爵」
名を呼ばれた、父が私の斜め前に歩み出た。
「S級冒険者引退は、惜しいが、今まで王国のために尽力してくれたこと、感謝する。受け取ってくれ」
…………あれ? その紙、任命書に見えます。
「生きているうちに、その勲章を得るのは、お前が初めてだな? フリーディル王立騎士団名誉顧問」
国王陛下自らの手で、父の胸に付けられたのは、勲章。その中に金の翼が描かれている。
王国最高の勲章、光の精霊を表す。金翼章。
過去に、王国に身を捧げた英雄達に授けられたという……。
やられた。これでは、王国騎士団の名誉顧問を受ける以外の選択肢が、父にはない。
「ロレンディア王国のため、身命を賭します」
「ああ、期待している」
戸惑う様子もないまま父は、当然のようにそれを受け取った。
私は、ようやく察する。もう、既に決まっていたのだと。
羨望と、嫉妬と、憎悪。
ああ、本当にこの場所は、戦いの場なんかよりもよっぽど、複雑な感情に満たされている。
そして、明確な殺意。
私は、顔を上げて見てしまった。
あの人は、前の人生で、確かに会ったことがある。
過去では、リベラ殿下の上司にあたる、魔術師ギルドの次期最高責任者、レイチェル様の兄、ディルク・シュルツ侯爵令息。
前の人生で、私が闇の魔力を暴発させた直後、なぜかすぐに現れたリベラ殿下の後ろに控えていた。
変わってしまった世界では、既に魔術師ギルドの最高位には、リベラ殿下が就任した。
違和感の正体が、明らかになっていく。
だって、アレス殿下の弟、第二王子リベラ・ロレンディア殿下が、以前の人生であそこまでの敵意を、ルルーシアに向けるなんて、おかしい。
だって、リベラ殿下は、母の言葉を借りれば、いい人だ。
公平なその性格。アレス殿下と同じ、努力と天賦の才能。
でも、なぜそんなにも強い殺意を、こちらに向けているの?
私の中の、竜の魔力が、ザワザワと騒ぎ出す。
幸せな夜は過ぎて、災厄の日に、今日もまた1日近づいていた。
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