02 闇の精霊ってかわいいんですね?
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目を覚ます直前。夢の中で黒い犬が私の前を横切る。そしてクルリと向きを変えるとこちらを向いて座った。
「これだけ、魂ががんじがらめに縛られているのも珍しい。なんだ、その鎖。まあ、さっきのもなかなか楽しかった。契約してやってもいい」
その犬は、真っ黒で大きくてつやつやの毛並みをしている。先ほどから私の視線は、フリフリする、尻尾に視線は釘付けだ。
「――――契約って、飼ってほしいってこと? でも私は」
「おい。この俺を飼うってどういう神経だ。俺は」
まあ、しゃべる犬だ。特別に違いないと私は納得する。それに、たぶんこの犬はあれだ。闇の精霊だ。
「さっきの黒い剣、あなただったの?」
「そうだ……で? どうするんだ」
「いいわ。私が断罪されても助けてくれる?」
「――――ダンザイ? なんだ、新手のモンスターか」
黒い犬が首をかしげてこちらを見つめる。
可愛い。
「ううん。私の運命……かな? まあ、その結末は全力で避けるけどね」
「ふーん。ま、いい。ほら契約だ」
「――――?」
「はあ……? 知らずに俺を呼んだのか。な・ま・え。名前を付けろ」
そう、名前を付けることで精霊とは契約するのね。私は脳裏に浮かんだ言葉を自然と口にする。
「フェイ……私の運命に一緒に抗って」
「ああ……わかった」
「それから、毎日たくさんモフモフさせて」
「は……?」
私は、フェイに抱き着いた。想像していた以上になめらかでふんわりした極上の肌触りだった。
「至高のモフモフ!」
「ちょ!」
拒否に近い言葉を紡いでいるくせに、尻尾がゆらゆら揺れている。たぶんまんざらではないと見た。
そうして、夢から覚めていく。
起きたら、ベッドの横にやっぱりフェイがちょこんと座っていた。
「あー。お父様に飼っていいか聞かないと」
「その心配はないぞ?」
ワンワン! と大きな鳴き声を出すフェイ。私の焦りをよそに、部屋の隅に控えていた侍女がすごい勢いで駆け寄ってくる。
「お嬢様が気がついたのを教えてくれたのね。フェイはやっぱり賢いわ!」
そう言って、侍女は「旦那様を呼んでくるわ!」と走り去っていく。
「……どういうこと?」
「闇の精霊が願えば、これくらいは簡単に決まっている」
私は、そういうものかと無理に納得することにした。
しばらくして、随分とやつれてしまった父が部屋に入ってきた。
「ルルちゃん! そばについていられなくて済まなかった! ちょっと、処理しなくてはいけないことが多くて。 ……ところで、そこにいる犬は? いや……うちの娘とどういったご関係でしょうか尊きお方」
こんな冷たい目をした父を初めて見た私は思わず固まる。剣に手をかけるのを初めて見た。カチャリと剣が鞘から抜ける音がする。
だって、私の前の父はいつも子煩悩で、穏やかで少し頼りない。
「ふーん。お前、冥府の犬だといったら分かるか。こいつと契約したから」
「っ……冥府の犬? あの時の? ルルと契約ですか?」
父の顔色がますます悪くなる。そんなに大変なことをしてしまったのだろうか。
「ルルちゃん……。どうしてこんなことに」
「しかし、よく見破ったな? お前……」
「――――ルルーシアを守っていただけるのでしょうか」
「まあ、楽しめる間は……な?」
余談だが、周りの侍女たちは父がワンワン吠える犬に真剣に話しかけているように見えていたらしい。その日から、「侍女たちの気遣いが辛いんだけど?!」と父はよく嘆くようになった。
こうして私は、モフモフもとい、精霊との契約を果たしたのだった。
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