16 令嬢の鑑と言われましても。
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そうこうしているうちに、授業が開始される。初めは礼儀作法についての授業だった。
私の目の前に立ったのは、マダムローゼ、年齢不詳の美女。小説の中でも美しいという設定だったけれど、その8年前……。ものすごく美しいんですが。なんで、こんな美女が脇役なんですか?
小説の世界にも出てきた、ヒロインを誰もが振り向く淑女に変貌させる立役者だ。
「さ、まずは全員のお辞儀を見せていただきます」
お辞儀……かぁ。確かに接客の基本だよね。どんなお辞儀が良いのかな?
先生だけれど、第一王子の婚約者として……まあ、円満解消するまではそういう立場なのだから。
そうね……こんな感じかしら。
私のお母様は、幼い頃に亡くなってしまったけれど、礼儀作法にはとてもうるさかった。
儚い印象の母が、礼儀作法を教える時だけは怖かったことが、昨日のことのように蘇る。
最近、小さかった時のことを良く思い出す。
父が言っていたのは、本当だったみたいだ。
私の忘れてしまっていた、ルルーシアとしての記憶は徐々に蘇り、だんだんと私の一部になっていく。
それは不思議な感覚だった。
まるで、母が隣にいて、上手にお辞儀ができた私に笑いかけてくれたような。
それに、何度も何度も、当たり前のようにこんな風にお辞儀をしたことがあるような気がした。そう、あの人の隣に立ちたくて。
なにこれ、子どもの頃の、記憶じゃない?
気がつくと私は、クラス中から注目を集めていた。
「――――さすがだね。僕のルルは」
そんなことを言う七歳児いますか? 相変わらず殿下の台詞は子どもっぽくない。でも、なぜか嫌みのようにも感じずに、ただ正直な賞賛のように受け取ることができた。
「たしかに、ルルーシア様。さすがですわね」
「――――え?」
普通にお辞儀をしただけだ。母が教えてくれたことに忠実に。謎の記憶のことは、不自然なくらいに波間に沈んで忘れてしまう。
「まるで、あなたの母上を見ているようでした」
――――お母様? マダムローゼはお母様と知り合いなのだろうか。たしかに、母が社交界の妖精とか、聖女とか言われていたという話は聞いたことがあった。
でも私は自由に生きてきていたし、特別に家庭教師をつけてもらっていたわけではない。ただ、いつも母が教えてくれていただけで。
「さ、令嬢の鑑のようなお辞儀ができるように、皆さんも頑張りましょうね」
マダムローゼが私から視線を外して、クラスメートたちに声をかける。
「すごいですわ。剣や魔法だけでなく、令嬢としても一流ですのね!」
興奮した様子のレイチェルが話しかけてくる。私の周りには、小説に出てくる悪役令嬢の取り巻き令嬢たちがわらわらと集まってきていた。
確かに小説の中で、ルルーシアは完璧な令嬢として描かれていた。
傲慢で、全てが自分の思い通りになると思っているようなところはあったけれど、他はすべて第一王子の婚約者にふさわしくあろうとしていた。
あれ……? 私、冒険者になるんですけど?
令嬢の鑑なんか、断罪に近づくだけだと首を激しく振る。
私は冒険者になるんだから。そう心に再度誓い、再び授業に集中することにした。
次の授業は、王国の歴史についてだった。
これは……小説の外伝で詳しく語られていたやつですよねっ!
本当に好きな物語だったから、完全に覚えているんですよ。
入学試験も満点でしたからね! だから、授業受けなくてもいいんじゃないかな?
そう思っていたのに、教科書を開けてみると一番初めに神話が載っていて、その話だけは覚えのないものだった。
ううん、神話については確かに物語の各所に重要な伏線として差し込まれていたはず。それなのに……。
神話の中では、美しい光の精霊と、普段は出会うはずのない違う世界に住む闇の精霊が恋に落ちていた。光の精霊と闇の精霊は決して交わることがないはずの存在。
それは、建国の物語。そして、叶わないはずの恋を叶えた結果、力を失い、いつか訪れる再会を夢見ながら、最後には離れ離れになる二人の精霊の物語。
二人がともにあることを願った時、光の精霊と闇の精霊は大きな力を失った。それでも共にいることを願う二人には、竜との戦いや冥王との取引など幾多の試練が訪れる。
その間に失った力の代わりのように、二人からは多彩な属性の魔力を持った英雄たちが誕生する。
その中の一人が、光と闇以外すべての属性を持つ初代英雄王だった。
「――――私、どうしてこの部分だけ記憶から抜け落ちていたんだろう」
少し遠いのが最近では不自然に思えてしまう殿下の方を盗み見る。
殿下はこちらに気がつくと、微笑みを返してくれたけれど、どこかその表情は硬いような気がするのだった。
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