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04 愛に溺れない公爵令嬢

 王太子のジェフリー様と男爵令嬢のフローラが心中した。


 その話を私が聞いたのは昨夜のそれも深夜だった。だと言うのに、今朝早く、私は王妃様から呼び出しをくらった。

 そのために、王宮に向かわなければならない。


 このタイミングでの召喚、もしやあのことがばれたのかと戦慄が走る。


 二人が心中?


 そんなことは絶対にあり得ない。私はその話を聞いて一番最初にそう思った。


 フローラがジェフリー様を狙っていたのは上昇志向が強かっただけだ。彼女が愛を貫くために死を選ぶなんてあるわけがない。

 二人がここまで追い込まれたことは驚いたけど、あの王妃様ならやりかねないだろう。私はそう確信している。


 私は狂った者たちから逃げるために、フローラを使って婚約破棄を勝ち取ったというのに。万が一それが王妃様の知るところとなればどうなるかわからない。


 王宮には行きたくない。だけど、王妃様直々の呼び出しを断れるわけがなかった。


 ジェフリー様にフローラを会わせたのは何を隠そうこの私だ。

 男をたぶらかすフローラの噂を耳にして調べたところ、彼女は狙った獲物は八割の勝率で落としていた。


 これは使える。

 そう思ってフローラに何げなく声をかけ、私のお気に入りとして仲間に迎え入れる。


 私は王妃教育のために王族しか入れない区域まで行くことが可能だった。だからその特権を使って、ある日、フローラを友達としてその場所へ連れ込み、まんまとジェフリー様と遭遇させることに成功する。


「あとは、彼女の手腕に頼るしかないんだけど」


 心配はしたものの、フローラが貪欲に動いてくれたおかげで、ジェフリー様との婚約は計画通り破棄された。


 ではなぜ私が婚約破棄を望んだのか?


「そんなの、王族に加わるのが怖すぎるからに決まっているわ」


 義理の息子を憎み、自分の手は汚さず亡き者にしようと企てている王妃。

 これが一番の元凶だ。


 王妃教育の際、効能不明な怪しい薬を何度手渡されたことか。それは私を試していただけなのか、本気だったのかはわからない。

 だけど、王妃様の口車に乗ったら最後、私がジェフリー様に薬を盛ったことになり、断罪され処刑コースが待っている。そんなことわかりきっていた。


 王妃様が直接手を下すと、その原因になった陛下を貶めることになる。だから、絶対に直接手出しはしない。

 私が犯人だったら、今回みたいにジェフリー様との痴情のもつれとして片づけられるからだろう。


 渡された薬のことを誰かに訴えるとしても、王妃様からもらったということを証明しなければならない。それができなければ、王妃様を陥れようとしたと言われるだろうし、何より王妃様を敵に回すことになってしまう。一番厄介な相手だからこそ、そう簡単にはできなかった。


 王妃様がジェフリー様を恨む気持ちはわかる。

 最愛の婚約者を奪われ、彼はその二人の間にできた愛の結晶なのだから。

 だけど、王妃様の執念はあまりにもすごすぎた。あれはもう復讐という魔物に取りつかれているとさえ思えるほどだ。


 アン前王妃を呪い殺した話を父に聞いてからは、私は逆鱗に触れないようにするだけでも心身の疲労がすごい。

 それなのに、こちらがいくら気をつけていても、陛下が気まぐれで様子を見に来たりするから冷や汗が止まらなかった。


 私に声を掛けないでください。

 私に微笑まないでください。

 何気なく私にかまうのはやめてください。

 私は王妃様に呪われたくありません。


 将来、義理の娘になるからといっても、親しげにされるのは本当に迷惑なんです。


 それさえも言うことが許されない状況だからつらすぎる。


 今のところ王妃様が使用している呪い返しは私には関係ないから、アン前王妃のようにはならないけど、油断は禁物だ。


 実は王妃様が言う『魅了の瞳』は珍しいものではない。

 アン前王妃やフローラのように、相手が言いなりになるほどの力がある者は極めてまれだけど、多かれ少なかれ人間には備わっているのだ。

 いわゆる秋波がそれに該当するらしい。


「離ればなれにして、少しの間放っておけば元に戻ったのに」


 何百年か前、北にある王国で、王妃様が使用した呪い返しという術を編み出した何者かがいたらしい。


「魅了で被害を被った、王妃様みたいな執念と執着の狂人か、善意で魅了の被害者のために頑張りすぎた人のどっちかだと思うのよね」


 魅了の力とは聖精霊が気に入った人間に自ら手を貸すことで発動するそうだ。だから代償はない。

 同じ原理だけど、呪い返しは人間から悪精霊にお願いするものだから代償が必要らしい。どちらも立証するすべがないので憶測にすぎないんだけど。


 それで、その時代の北の王国の中で、王族も含む上流貴族の子息令嬢に原因がわからない奇病にかかる者が出はじめた。


 それは、体調をくずしたり、亡くなった者の身体が赤く爛れていて、調査した結果、呪い返しとその代償だということがわかったそうだ。


 そんなものが国中に広がったり、他国で悪用されたらとんでもないことになる。そう判断した王族と重鎮たちが、魅了と呪い返しに関する書類をすべてを焼き捨てたり封印することにした。


 貴族にも禁忌として、それのことを口に出しただけでも厳罰を科していたそうだから、知る人が徐々に少なくなっていったらしい。


 王妃様が最初に使った呪い返しの状況を知った父が、そのことに気がついたそうだ。


 うちは公爵家だからか、どこからか手に入れた、それらに関する記録の写しが保管されている。


「王妃様も言ってたけど、禁書だとか封印なんて甘いことを言ってないで全部燃やしちゃえばよかったのよ」


 王族は、万が一のことを考え、次代に伝えていかなければいけない事案として、その書物を閉架書庫に残しておいたんだと思う。


 王妃様もうちと主導権を争っている公爵家の出身だから、どこかから見つけ出すことが出来たんだろう。


「我が家と同じように書類か何か残っていたのかもしれないわね」


 とにかく、王妃様は恐ろしい。

 第三者でいるだけでも怖くて仕方ないのに、睨まれたりしたら、また新たな呪いを開発して発動しそうで、夜も眠れなくなりそうだ。


 ただでさえ、王妃様だけでも厄介だというのに、その王妃様の憎悪を一身に受けているジェフリー様が、なぜかその王妃様を慕っているから頭が痛い。


 私と会っている時には、王妃教育で会う王妃様のことばかり聞いてくるし『ナタリーは王妃様のようになれるよ』なんて言ってくるから『あんな恐ろしい人間に誰がなるか!』そんな言葉を何度頭の中で叫んだことか。


 王妃様は、同じような状況で婚約破棄された私と自分を重ねて、同類のようにみているようだし、ジェフリー様も私を王妃様の代わりにしようとしているのがひしひしと伝わってくる。


 ふたりには、ナタリーという人格はまったく必要がないのだ。怖い、怖すぎる。


 そんな中で暮らすことになったら、私は絶対に心労で早死にする自信がある。幸せになんてなれるわけがない。


 そう思って父に相談しても『こちらからは断れない。それだけ周りが見えているなら、おまえが手玉にとればいい』と言われるばかりで話にならなかった。

『王太子から断られたのなら仕方ないが』とも言われたので、私は無い知恵を絞って考えた。


 本当に不眠症になるほど悩んだあげく、最終的にフローラという都合のいい人物を手に入れたのだ。


 私がフローラをジェフリー様に近づけなければ二人は亡くならなかったかもしれない。

 でもそれは、今さら言ってもしかたないことだ。


 それに、王妃様も。

 今日会った感じでは、本人も言っていた通り、呪い返しの代償でそう長くはもたないだろう。


 本当にフローラはいい仕事をしてくれた。

 私には感謝しかない。


 これで私も未来に希望が持てる。


「それにしても、あのどす黒い葡萄酒を勧められた時は寿命が縮んだわ」


 手をつけなくても文句は言われなかったからよかったけど。


「王妃様に、魅了を受ける方も、相手に少なからず好意がないと掛からないことを教えてあげていれば、未来は変わったのかしら」


 だからフローラの勝率が八割で百発百中ではなかったんだし。


「それと、魅了を掛け続けなければいけない場合は、他に強く想う相手がいるってことだから、王妃様は陛下に最初からずっと愛され続けていたんだと思うのよね」


 やり方を間違わなければ案外幸せになれたかもしれないのに。でも、ここまできてしまった以上、それも今さらだ。


 王妃様は思い込みが激しかったし、あんな術まで復活させてしまうほど狂っていたから、たぶん、私が言ったところで、そんなことは聞き入れなかった可能性の方が高いだろう。


「それよりも」


 さて、今度はこれをどうしたらいいものか。

 王妃様から渡された、呪い返しの術が書かれている古書を親指と人差し指でつまむ。


「こんなもの託されても怖すぎるわ」


 記録があるとはいっても、我が家には呪い返しのやり方までは伝わっていない。


 古書の処分に悩んで、いっそのこと王妃様に送り返そうかと思っているうちに、訃報が届いた。


 あれから一週間もたっていない。私が最後に話をしたあの日、王妃様はなぜ無理をしてまで私にすべてを話をしたのだろうか。



 その理由は数ヶ月後に判明する。


 私が陛下と挙式することになったからだ。跡継ぎのいない王家のために、王妃教育を施された私が次の王妃として抜擢されてしまった。

 しかもそれが亡き王妃様の望みでもあったらしい。


 王妃様は『魅了の瞳』の呪縛に取りつかれていたから、陛下に四番目、王妃様流に言うならアン前王妃の生まれ変わりを近づけないため、私に呪い返しの術を残して逝ったのだろう。


 あと、王妃様は『わたくしとナタリーは似ているわ』なぜかそう思い込んでいたから、陛下が私に王妃様の面影を重ねると思っていたのかもしれない。

 それは、ずっと陛下に忘れられたくないという女心だとは思う。私を自分の分身とするために、自身の罪の記憶をも私に残していったんだから。


 もしかしたら今回の発端が私にあることもわかっていたとか? 王妃様と同じく罪の意識に苛まれると思っていた?


 しかし、残念なことに、私の性格は王妃様とは正反対だ。

 愛に溺れることはないし、王妃様のように私のせいで誰かが犠牲になっても悔やんだり悲しんだりはしない。

 涙なんて零すわけもない。


 だから、陛下が私と王妃様を重ねて見るなんてことはないだろう。

 もちろん『魅了の瞳』の四番目が現れたとしても、私の脅威にならない限りは放っておく。


「それでも、年の離れた陛下に嫁ぐことになったのは、意図したわけではないけど、三人もの命を奪った私への代償なんだと思うわ」


 王妃様が健在ならこんなことにはならなかったのだから自分自身でまいた種ではある。


 まあ、誰も愛することができない私にとっては、ジェフリー様がルイス陛下にかわっただけのこと。


「相手が狂人よりは幸せになれそうですよ。王妃様」


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