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50話


 胡軫の軍を吸収し、今や董卓旗下の将軍らの中では、牛輔に次ぐ実権を持つ将になっていた。

 だというのに、どういうことだろうか。


 呂布が命じられるのは、董卓の身辺の警護ばかりだ。

 戦場に出たいと何度懇願しても、笑ってごまかされ、側にいてほしいと頼まれるばかりだ。

 これを寵愛と見るか、戦功をこれ以上、稼がないようにしていると見るべきか。


 思えば、あっという間に董卓軍を代表する将軍にまで上り詰めてしまった。

 古参の諸将からすれば当然、面白くない。胡軫はその代表例ともいえる。


 呂布は戦場に出られれば、それだけで良かった。戦功も報酬もいらなかった。

 しかし、董卓軍の仕来り上、そうはいかないのだ。


 だからこその、現状なのだろう。

 牛輔が戦場を駆け、自分は長安で待ちぼうけ。



「最近、呂布様はよく会いに来て下さいますね」


「迷惑だったか?」


「いえ、嬉しいのです。女は、殿方の帰りを待つばかりで、いつ会えなくなるとも分かりませんので」


 仙華は瞼を閉じたまま、にこりと微笑む。

 透き通るような、白い肌だった。あまり長くない黒髪が、ふわふわと揺れる。


 彼女は目が見えない。だからだろうか、呂布の事を衛兵や、部隊長の一人程度にしか思っていないようである。

 呂布も、それで良かった。あえて本当の事を教えて、委縮させることもない。


「今日は、どうなされましたか? ずいぶんと、もやもやとしたものを、心に抱えていらっしゃいます」


「そう見えるか?」


「はい。目が見えずとも、何を抱えているかは分かります。全ては、天の加護故に」


 不思議な力を持っていた。これが巫女というものか、と、呂布はいつも首を傾げる。


 神の言葉を聞くことが出来るという。

 その言葉は他愛のないものから、未来に関する事まで。


 呂布は別に、それを信じているわけではない。

 神の言葉ではなく、仙華の言葉の方が好きであった。


 優しく、暖かで、繊細な、少女の言葉だ。


「何を悩んでいるかまでは分かるまい」


「それは、呂布様から聞かねば、どうにもなりません」


「ははっ。初めからそう言えばいいのだ。俺は、神ではなく、お前と話したい」


「不思議なお方です。私は、巫女です。それなのに、巫女ではない私と話がしたいと、いつも困らせます」


「その困った顔が見たいのだ」


 呂布は笑い、仙華も笑う。

 乳飲み子の頃より、戦場で生きてきた。

 これからもきっとそうだろうと思っている。


 ただ、戦場以外の、こんな時間も悪くはない。

 ほんの束の間の夢うつつ。短い短い夢。


 これが終わればまた、全身は戦場を渇望するだろう。


「お前も知っているだろうが、俺は戦場に出ることでしか生きることが出来ない男だ。その男が今、戦場を取り上げられている。董卓様は俺をどうしたいのだろうかと、不安になる事がある」


「死を、恐れないのですね」


「まるで兄弟の様に、常に隣にあった。当たり前にそれがあると、なんとなく理解しているだけだ」


「董卓様の事を、私如きが評してよいものか、恐れ多いことですが、敢えて申さば董卓様も、呂布様と同じです。いや、むしろ、どこか死を望んでいる、とも思います」


「まさか」


「それがなぜなのか、までは見えません。それに、決して董卓様は語らないでしょう。ただ、死を望む、寂しく、悲しい御方だと、私は思うのです」


 今や中華で最も精強な軍閥を持ち、連合を退けて大きな敵も無く、皇帝まで擁した董卓が。

 堅牢な城まで築き、誰よりも死を恐れていると、呂布の目にはそう見えた。

 手にしたものを無くさない様に。そう考えるのは、人の性でもある。


「呂布様と、董卓様は、どこか心の形が似ておられます。それはまるで、親子の様に。一つ違うとすれば、呂布様の心には、寂しさがありません」


「俺には赤兎が居る。高順という友も居て、張遼という部下が居る。そして、お前もだ」


「有難きお言葉です。されど、董卓様は、一人だと、私には思えてなりません」


 董旻という弟が居て、牛輔という娘婿が居るだろう。

 そう考えたが、果たして彼らと、自分の友らを比べてみれば、なるほど違う。そんな気がする。


 言葉では表せない。血の通わない、冷たさだ。


 その冷たさゆえに、董卓は今の地位まで上り詰めた。

 しかし自分には、無理だろう。


「なぁ、仙華」


「はい」


 お前は、俺をどう思っているのだ。

 そう言おうとしたが、なぜか言葉が出てこない。


 突然黙ってしまった呂布に、仙華はコテンと、首を傾げて見せる。


 どうして言葉が出てこないのだろう。

 百万の敵兵を前にしても恐れない自分の手のひらが、何故かじとりと濡れている。


「いや、何でもない」


「そうですか。なら、良いのですが」


 細く、小さな、白い手。

 思わず呂布は、その手に触れた。


 仙華は微笑みながら拒もうとはせず、むしろ受け入れている。

 何となく、呂布はそう思う事にした。


 あまりに小さな手だ。握ってしまえばすぐに砕けてしまいそうな。


 このまま攫ってしまおうかと、そんな考えまで沸いてくる。

 しかし、彼女は董卓の所有物だ。それは出来ない。


「仙華、今度の戦で俺は功を挙げ、お前を貰いに来ようと思う。付いて来てくれるか?」


「ふふっ、良いのですか? 盲目の、巫女ですよ?」


「言うな。お前に側にいてほしいのだ。巫女ではなく仙華として、俺の……その、友として」


「はい、お待ちしております」


 手を放す。

 そして、呂布は腰を上げた。


「ではまた近い内に、会いに来る」


「はい」


 顔に喜色が浮かぶ。仙華に見られなくてよかったと、心底思った。



 この一部始終を、傍で聞く侍女が一人。

 呂布が去ると、駆け足で消えていった。



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