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3話


 異文化で、千年以上も昔の時代。

 そんな土地の暮らしに慣れるのは結構大変だった。


 まーでも、家に戻らず路上で寝起きし、毎晩のように酒と煙草と喧嘩で体をボロボロにしていたあの暮らしに比べれば、よっぽど快適だ。

 どんだけ酷い暮らしをしてたんだよって話。


 ただ、あの頃の俺が自由の極みの様な暮らしをしていたすれば、今の俺には全く自由がない。


「あの……部屋から、出してくんない?」


「いいえ。太皇太后たいこうたいごう様より、殿下の御身を守るように仰せつかっております故、それは致しかねます」


「守る様にって、これじゃあ飼い殺しだで」


 部屋は決して狭くはない。むしろ広すぎるほどだ。

 ただ、庭や扉付近には、婆さんの息が掛かった宦官かんがんが多く配されている。


 砂糖菓子もあるし、布団もある。

 色々教えてくれる家庭教師みたいな役割の宦官も居る。


 至れり尽くせりの環境だけど、んー、これじゃあ軟禁だ。


 あんまり、良い気持ちではない。むしろ全く落ち着かないな。


 ストレスってこうやって溜まるんすね。


「じゃあさ、あの、勉強は飽きたから、武術とか、そういうの教えてくれる人呼んで欲しいんだけど」


「危のうございます。殿下は、その威徳でもって下々を治めて頂ければいいのです」


 これだから儒教じゅきょうってやつぁ……

 ゴロツキだった俺のどこに、徳があるってんだよ。


 しかもねぇ、人を従えるのに最も効率が良いのは「力」なの。


 それは、武力でも良いし、財力でも良い。


 皇帝の権威が失墜している今、なーにが徳だバーロー。


 あー、暇だ。

 パチンコ行きたい。





 まだ、あまり日も経たない時だ。

 史実道りに、時代は動いた。



 ── ケンせきの処刑。



 大将軍「何進かしん」の暗殺を企てたとして、計画が事前に露見。

 ケンせきはたちどころに身柄を拘束され、何進の手によって処刑されたのである。


 その処刑方法もまた、凄惨を極めた。


 両手両足それぞれに紐を括り付け、それを馬に轢かせて、文字通り八つ裂きとされたのだ。



 何進かしんといえば肉屋を元々営んでいたが、妹が皇后となったことで大将軍へ栄転した男である。


 その出自から三国志演義などではポンコツに描かれるが、その実績を見れば、何進かしんは大将軍としての落ち度は何一つない。


 中華全土を巻き込んだ大反乱「黄巾こうきんの乱」を抑える責任者として、きちんと成果を上げている。


 そしてこうやって、ケンせきの暗殺についても、迅速に対処。


 元々肉屋であったというのが疑わしくなるほど、優秀な男だと言って良い。



 俺はケンせきから直接、この計画について話を聞いた時、これは駄目だと思っていた。


 確かに、霊帝れいていとうの婆さん、そして俺に対する忠誠心は並々ならないものを感じたけど、暗殺の計画を行う事に関してはズブの素人だ。


 たぶん、その忠誠心ゆえに、他人の気持ちが理解できないタイプ。


 計画に加担している人間は、役割もバラバラだし、数も無駄に多い。

 宦官かんがん西園八校尉せいえんはちこういの者、自分の配下を疑いもせず、計画に加担させていた。


 何進かしんも同じようにこちらの手の内を探っているかもしれないって、何で考えないのか。


 バレるに決まってる。

 ただ、別に成功してほしくも無かった。

 だから黙っておいた。


 俺は、あの劉弁りゅうべんが別に嫌いじゃない。

 馬鹿みたいに人が良くて、そのせいで損をしてる様な、そういうヤツは。


 今まで散々な人生を歩んできたからな。親にすら見放されて、疎まれた、どうしようもない人生だ。


 だからだろう。俺を無条件に受け止めてくれる人を、どうこうしようとは思わない。



「あと一人。助けなきゃなんねー人がいる」


 ケンせきの処刑当日、やはり後宮も騒がしかった。


 董太皇太后とうたいこうたいごうも計画に加担していることは、容易に予想されるからだ。

 俺の監視をどうこう言っている場合じゃなかった。


 そんな騒がしさに紛れて俺は部屋から抜け出し、とにかく走った。


 すれ違う宦官かんがんらに道を聞く。


 俺一人だけだからか、それともこの権力闘争の節目に落ち着かないのか、宦官らは皆、あっさりと行く先を教えてくれた。


 ガキの外見って、警戒されないからホントにラク。


「これは殿下、お急ぎでどちらへ」


「兄上に、陛下に話がある。通せ」


「な、なりません! 例え殿下であろうと、事前に陛下の許可が無ければ通す訳にはいきません」


「あ? ぶっ殺すぞ?」


「で、殿下?」


 劉弁りゅうべんの部屋に繋がる通路を塞いでいるのは、数人の宦官かんがんであった。

 こちとら急いでるんだよ! くそが。


「ナメてんのか? 俺は陳留王ちんりゅうおうだ! 指一本触れてみろ、絶対に許さねぇからな」


「し、しかし、それでもお通しできません。それが我らの務めです。陛下に許可を頂いて来ますので、しばしお待ちを──」


「──その必要は無い。通せ」


「へ、陛下!」


 宦官かんがんらは皆、道を開けてひれ伏した。


 そこには、少しやつれた面持ちで微笑む劉弁りゅうべんが居た。


「協、よほど急いできたらしいな。奥で話そう」


「いえ、ここで良い。伝えたい事は、一つだけなんだ」


「……おばあ様の事か」


「あぁ」


 ケン碩の落ち度で、婆さんの尾を掴んだ何皇太后かこうたいごうが、何をするのか、それは火を見るより明らかだった。


 史実では、婆さんは遠くの地へと流され、監禁されながら、何皇太后かこうたいごうからの暗殺に怯え精神を壊し、衰弱で亡くなる。


 それは、あまりに悲惨な最期である。

 処刑されないだけ、そのやり口は極めて陰湿で悪質。


 性格が多少歪んでいたとしても、間違いなく俺に愛情を注いでくれたのだ。

 せめてその最期くらいは、穏やかなものであってほしかった。


「朕とて思いは同じだ。されど朕は、母上に逆らえぬ」


「流罪は、免れない。ケンせきの計画は、許されるものじゃない。

 ただ、婆さんはアレでも、俺を愛してくれた人なんだ。

 せめて流刑地では、穏やかで豊かな暮らしをさせて欲しい。

 時折、俺の手紙も届けて欲しい。勿論、中身は見てくれても良い。

 とにかく、穏やかな余生を送って欲しいだけなんだ」


「母上は、それを、許さない。そういう人だ。朕はあの目を見ると、何も出来なくなってしまう」


「では、何皇太后かこうたいごうじゃなく、何進かしん大将軍へ御心添えを。実質的な刑を取り仕切るのは彼なのでしょう? 少なくとも大将軍には、道理が通じましょう」


「ふむ……」


 膝を折り、弁に土下座をした。


 らしくないことは分かっていたけど、これしか出来ないんだ。

 受けた「愛情」には応えたい。


 唯一の、信念だ。

 劉協りゅうきょうとなるずっと前から、この信念があった。おかげでかろうじて、俺は人でいられた。


「頭を上げてくれ、協よ。朕からも伯父上に頼んでみよう」


「この『陳留王ちんりゅうおう』に貸しを一つ作れる。そう、お伝えください」


「分かった。だから、今日は静かにしていなさい。お前にまであらぬ罪が及ぶぞ」



 劉弁りゅうべんはまた、あの、人の良さそうな笑顔を浮かべていた。




儒教じゅきょう


 孔子の説いた教えであり、徳でもって人と接することを説く倫理観念。

 「秦」の過激な法治の反省を活かし、漢王朝は儒教でもって統治を行った。

 しかし汚職が蔓延することとなり、結果として漢王朝の衰退の遠因にもなった。



何進かしん


 何皇后の異母兄であり、少帝弁の叔父。

 元は屠殺業を営む肉屋であったが、妹が皇后になった為、大将軍へと栄転した。

 黄巾の乱を収める功績を挙げたが、十常侍の乱によって暗殺される。

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