そして私は再び幽霊を見る
目覚めた私は、サキがまたあの女性を抱きしめているのを見た。
首の中ほどにかかる襟足。
彼女は女性にしては短い髪をしていた。
そして私は二人の相違点を探すためにサキを見る。
彼女の髪はセミロングだった。
それ以外には特にこれといって違いはない。
見ればみるほどに頭が混乱してくる。
謎は深まるばかりだった。
穏やかな寝息。
私の思いなど知るよしもない二人は夢の世界で震えている。
サキに抱きしめられるその女性を揺り起こしたいという衝動に駆られる。
けれど私にそのようなことはできそうになかった。
できるのは考えることだけ。
恐らく彼女が現れたのは私が眠りに落ちた後ということになる。
そしてサキは彼女を知らない。
サキのその言葉が真実であるならば、その女性は私が眠りに落ちた後に彼女に抱きしめられる。
そしてサキが目覚めるより早くどこかへ消えるということになる。
果たしてこの仮説は妥当といえるのだろうか。
私が彼女の部屋を後にした時、リビングルームの明かりがつけっぱなしになっている事に気づいた。そして、明かりを消そうとして入ったその部屋には未希子さんがいた。
あら、こんばんは、おはようだったかしら
私はできる限り愛想よくそして飾り気なく会釈をする。
おかえりなさい
ただいま
私はおかえりなさいと言って、自らのその言葉に首を傾げた。
けれど、未希子さんはただ、ただいまと言った。
今日のサキはどうだった?
いつも通り、だったかな?
今日はどんな話だったの?
羊飼いの少年が、星を浮かべるために砂漠の国へ行った自分の母親に会いに行くという話です
なんだか楽しそうね、それで二人は再会できたの?
ラストはまだ考えてないんです
そう、残念
未希子さんはそう言って、首をこっくりと僅かに上下させてから暖かく微笑む。
その仕草はサキがするそれと、とてもよく似ていた。
ところで、今何時ですか?
ええっと
と言って未希子さんが壁時計に目をやる。
三時ね、今から帰るところ?
はい
ごめんなさいね、大学生に子守なんて、迷惑じゃなければいいのだけれど
そんな事無いです。この街に友達いないんで、遊んでもらって、ほんと嬉しいくらいなんです
ありがとう
私は無言で頷く。愛想よく、そして飾り気なく。
有君、今週末の夜空いてない?
空いてます
食事でもどう?
もちろんです、よろこんで
別れの挨拶を済ませると私は自分の家路についた。
そして、それから毎週末、未希子さんは私のために夕食を作ってくれるようになった。
意外な形で食費が浮くことに私は喜び、そのたびに持っていくケーキの代金に泣いた。
もちろん冗談だ。
私は自分の為にチーズケーキを、サキにはチョコレートケーキを。未希子さんがモンブランを好むと聞いてからは、それを買うようになった。
週末の夕方、筒長家の玄関にはサキの笑顔があった。
それなのに、三人で囲む食卓は少々険悪な雰囲気に包まれていた。
とは言っても機嫌が悪いのはサキばかりだった。
私が思っていた以上に、彼女は母親のことを好ましく思っていないらしい。
未希子さんとする会話の中で時折サキに話を振ったのだけど、彼女はぷいっとそっぽを向くことに終始する。
そんな彼女に注意しようかと何度か考えてはみたのだけれど、未希子さんがいる手前、出来なかった。恐らく未希子さんにもっともな言い分があるように、サキにも言い分があるのだろう。
それについてあくまでも部外者である私に口出しできることはなさそうだった。
サキは夕食を済ませると、早々に部屋へと退散した。
意外なことに、ふたりきりになった私と未希子さんの間には、話したいことがたくさんあった。
質問するのは大抵未希子さんで、答えるのが私の役割だった。
未希子さんにサキと出会ったいきさつを聞かれ、ベンチとパイナップル入りのヨーグルト、それにナポリタンスパゲッティーの話をした。
すると、その日以降、筒長家のリビングテーブルには、ラップに包まれた私のための夕食が置かれるようになった。
作ってくれるのはもちろん未希子さんだ。
サキの子守はまかない付きのアルバイトの様相を呈するようになっていったのだ。
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