王国の災厄(アルフヘルム戦-1)
【イクステリア王国王都 王宮ウィルティアナ】
「アニス、居ますか?」
執務室で書類の山に埋もれていた女王セレスティーナが、ふと頭を上げて呼び掛けた。
「はい、陛下」
何処からともなく、女王の目の前に現れる侍女アニスファス ラグナローズ。まだ十代の少女に見える容姿であり、着ている服はメイド服なのだが身のこなしが只者ではない。
何よりも、出身の全てが秘匿とされておりアニスファスの素性を知る者は王家とハイデマン公爵家のみである。
「シルヴィアナは今どの辺りまで戻りましたか?」
セレスティーナが娘の帰還を尋ねた。
「先程確認しましたところ、既にエルフ領アルムヘルム近郊までお戻りとの報告を受けております」
「....随分、速いですね?..またあの娘は無茶をしたようですね」
試作機の飛行挺をシルヴィアナが強引に持ち出したのは聞いていたが、それにしても速すぎる帰還だった。
そこから導きだされる答えは見ずとも分かると言うもの。
「タリスが付いておりますので、その様な事は..ないかと」
アニスはシルヴィアナを擁護しようと、侍女タリスの名を出すが、彼女が存外にシルヴィアナにはかなり甘い事を思いだし、言葉が途切れた。
「フフ、仕方ありませんね。今回ばかりはあの娘の気持ちも分かります。それに...」
途中までは和やかに会話していたセレスティーナが突然顔を曇らせた。
「何でしょうか?」
アニスが心配そうに女王に伺う。
「....いえ、気のせいかもしれませんが、何か胸騒ぎがしてなりません。多種族議会が終わるまでは、全騎士団に担当区域の警戒を厳にするよう至急伝えなさい」
女の勘か、女王固有の能力かは定かではないが、不安を払拭する為にアニスに指示をするセレスティーナ。
「承知しました、陛下」
アニスは従順に従い、恭しくお辞儀をして退室した。
(この胸騒ぎは...あの時と同じ...?)
心で呟き、セレスティーナは机に立ててある1枚の写真を見つめて、今はいない人物に語り掛ける。
(いつ帰って来るのですか?....マモル...)
【エルフ領アルフヘルム】〈深緑の里〉
「それで、どうしようかしらね?これ」
ルシアが途方にくれながら、エレナに問う。
「どうしましょうか...これ」
エレナも呆然とそれを見ながら問い返す。
「.....ごめんなさい」
響は首を項垂れ肩をすぼめて、恐縮そうに謝罪した。
彼女達が見ているものは、響が先程ほぼ粉砕させ倒してしまった樹齢数百年の巨木である。
精霊こそ宿ってはいなかったが、エルフ族族長カシム レスティークのお気に入りの巨木であった。
今は根元が残ってはいるのみで、それ以外は粉砕され辺りに散乱していた。
ちなみに、エルフ族族長カシムは響達との会食後、近日予定されている多種族議会の事前打ち合わせの為、議事堂に向かった。明日には帰宅予定である。
「いえ、響様は何も悪くありません!悪いのはエレナですから!」
響の謝罪にルシアが首を横にふり、エレナに全責任を押し付けた。
さすが無慈悲な姉である。
「そうです、そうですって、私だけ!?」
エレナは響に責任はない事に同意したが、後半の言葉に驚愕してルシアを見た。
「貴女の軽率な言動のせいでしょう!響様を覚醒させるにしてもやり過ぎです!族長には自分で説明しなさい!」
エレナの大雑把な計画を責め、説明責任をとるように言うルシア。
「えー、それは絶っ対ムリです!お願いします姉上、一緒に...」
断固拒否の姿勢を崩さず、姉を捲き込む気満々のエレナだが、
「嫌です!」
顔を背け、即答のルシア。
「あの、私が付き添いましょうか?私がしでかした事ですし...」
響が、おずおずと申し出たが、
「「駄目です!!」」
ルシアとエレナに即拒否された。
「ええーー」
途方にくれる響。
「とにかく明日朝一番、エレナは族長に....」
ルシアがそこまで言いかけた時、屋敷から誰か慌てた様子で走って来た。
「響!!」
「「「はい?」」」
響、エレナ、ルシアの3人は同時に疑問系の返答をした。今現在エルフ族長邸、いやイクステリア王国にて響を呼び捨てで呼ぶ人物はいないからだ。
その人物は響の側に来ると、いきなり真正面から響を抱きしめた。
「え!?」
いきなり将に呼び捨てで呼ばれ抱きしめられた状況が把握できない響。
「良かった、無事で...」
心底安心した様子で、響を強く抱きしめる将。
「!?えっ....あ、あの、あの、し、しょ、しょ...どっ...」
(訳:え、将どうしたんですか?私は大丈夫です。落ち着いて下さい)
響は先程とは違う意味で再びパニック状態で、言葉が出ない。顔を真っ赤にして焦っている。しかし将から離れる素振りは皆無である。
((あらあらあら~~、これはまた...将様ったら、大胆♥️))
英玲奈とルシアはニンマリと笑い、2人の様子を観察中。
「大丈夫?怪我とかはない?」
少し腕を緩めて響の顔を見ながら問う将。
「......はい」
ボーっと、顔を赤らめ返答する響。
「無理してないよね?」
響の肩を両手で掴み、まだ心配そうに尋ねる将。
「...大丈夫..です」
答えながら将の袖を掴む響だが、このままだと更に甘い雰囲気になりそうなので、たまらずルシアが声をかける。
「あの~、お取り込み中誠にすみませんが...将様?そろそろ響様を解放して差し上げては?」
「!!あ、いえ、その、ごめん姉さん、つい...」
「...いえ、心配してくれて、ありがとう将」
はにかみながら、将に礼を言う響。
「うん、ホントごめん」
今さらながら我に返り、かなり気まずそうに謝る将。
「...私は別に....嬉しかったですが..」
響は上目遣いで呟く。
((これは、完全に落ちましたね響様))
ルシアと英玲奈は同時に確信した。
【翌日早朝 エルフ領アルフヘルム近郊公道】
重厚な鎧を身につけた騎士が8人、馬に騎乗し馬車を1台率いて急いでいた。
「間も無く、エルフ領に入る。各自気を引き締めろ!」
指揮官とおぼしき一際重厚で目立つ鎧を纏った騎士が叫ぶ。
「了解!!」
他の騎士達が声を揃えて応える。
しかしその時、前方の道に魔法陣の光が広がった。
「ん?何だあれは?エルフ達の出迎えか?」
先方にいた騎士が呟く。
「いや待て、あれはまさか...転移魔法陣?」
魔法に精通している騎士が答え、
「何だと!?全員、一旦止まれ!」
指揮官が指示を出し、全員が魔法陣手前で止まった。
「何故このような場所に...?」
指揮官が呟き、魔法陣に近づこうとしたその時、
魔法陣からフードを被り、マントを羽織った者が出てきた。
「あら?近衛騎士団がお出迎えなんて予想外ね。ごきげんよう。イクステリア王家、近衛騎士団の皆様方」
フードを外し微笑みながら恭しく挨拶する女性。
指揮官が膨大な魔力のダークエルフを見て叫ぶ。
「なっ!?貴様は、まさか〈艶獄の魔女〉ナディアか!!」
ナディアは世界の戦場を傭兵として渡り歩き、その実力を見せつけてきた。その実力と妖艶な容姿で名を轟かせた。そしてついた二つ名が、艶獄の魔女。
字を呼ばれ妖艶に笑いながら、ダークエルフのナディアが応える。
「フフ、さぁ、素晴らしい贈り物を差し上げましょう」
ナディアの背後で更に複数の転移魔法陣が展開した。




