異世界へ(9)エルフ領〈7〉師弟対決(中)
響と英玲奈の手合わせの少し前、響が稽古着に着替えをしている間に、エレナはルシアにある頼み事をしていた。
「ルシア、今からの響様との手合わせは、何があっても止めないで下さい」
エレナが着替えを終えてルシアと中庭にいた。
「何をするつもり?エレナ」
怪訝そうに尋ねるルシア。
「響様の本当の実力を引き出します」
「え?本当の実力?どういう事?」
「最近の響様は徐々にですが、心身ともに弱くなって来ています。2年前の魔力暴走後、ご自身で鍛え上げたつもりでしょうが、私と再会した時から....」
そこまで聞いて、ルシアは驚く。
響にとって『英玲奈』は、それ程までに大きな存在なのかと。
「英玲奈に甘えているというの?」
「私だけではなく、将様にもですが...」
それを聞き、ルシアは思い出していた。
「まさか、エレナがやたら響様を焚き付けてた理由って...」
「はい、そうです。ご自分の現状に気付かせたかったというのが理由。そして今一度、ご自身の心と向き合ってもらうため」
「向き合うって何に対して?」
「全てです。ご自身のこれからの事を全て。そして覚悟をして異世界の御家族と再会して頂きたいと願っています」
「エレナの気持ちは分かるけど、まだ響様には無理じゃないの?問題が大きすぎるわよ。実の母親が異世界の国の女王陛下とか、自身の異能力とか言われても...」
ルシアには、人族である響の年齢で背負うには重すぎる運命、宿命に感じた。
「それは分かっています。ですが響様が覚悟を示してくれさえすれば、私が全身全霊を持って支えます。私は響様の家族であり、姉でもありますから...」
エレナはそう言って微笑んだ。
「ハァ...全く、いきなり総括団長を辞めた時といい、異世界に行った時といい、ホント勝手なんだから、エレナは...」
ため息をつき、エレナの突拍子のない行動を責める。
「すみません、ルシアにはいつも迷惑をかけてばかりで....」
心底、申し訳なさそうに頭を下げるエレナ。
「良いわよ、別に。私も姉ですから?...貴女のね」
エレナを指差して、茶目っ気に微笑み答えるルシア。
「ありがとうございます、姉上」
感謝をして再び頭を下げるエレナ。
「でも、エレナも覚悟を決めなさい。響様の真の実力を引き出すのなら手加減はしない事。出来るの?」
「はい、お任せを。姉上」
自信に満ちた笑顔で答えるエレナ。
そして今、響を冷たい眼差しで見下ろしている英玲奈の姿があった。
昔、イクステリア王国のみならず、三大国家に名を轟かせ、恐れられた〈雷姫〉に戻り響に問う。
「なんだ?いつからそんなに弱くなった?西蓮寺響」
「くっ、まだ私は...」
「無駄だ、今のお前では私にかすり傷一つも負わせれない。あまりにも情けない姿だな?それがお前の覚悟か!決意の現れか!!」
ようやく立ち上がった響に言葉の刃を突き付けるエレナ。
「もう良い。お前は日本に帰れ。そして一生真実を知ることなく、日本で生涯をすごせ」
「そんな事、あなたに言われる筋合いは...」
「あるさ。既に真様、凛様、そしてセレスティーナ女王陛下から許可は頂いている」
「なっ!?」
驚きのあまり、言葉が出ない響。
「私が、お前の覚悟、実力を見極め、今後の運命に耐えれないと判断した時は、日本に帰らせるとな」
事実だった。
今回、響達が異世界イクステリア王国への来訪が決まった時、女王セレスティーナが日本の両親に依頼を出し、真達がその任を英玲奈に指示をした。
これは、例え今回は再会出来なくても、元気に生きていてくれれば、何時か必ず会えると信じている母としての思いに他ならない。
「どうして、そんな...」
「せっかく助かった命だ、無駄に早死にする事はあるまい?ここはそんな甘ったれた状態で生き残れる様な世界ではないぞ!」
エレナの言う通りここは異世界であり、響達の常識など全く通用しない。
「じゃあ、将と茜は...」
日本に帰国するにせよ、将と茜を置いてはいけない。
「茜様は暫くエルフ領に滞在して頂き、女王陛下に拝謁後、帰国していただく。将様の事は気にするな」
「な、何故ですか!?」
将だけ残すなど、響には論外だ。
「あの方は、更に強くなる。その為にはお前は邪魔だ。我々が修業にご協力する」
「将の意思を無視してですか!」
「お前と一緒にするな!あの方は必ず1人でも残って修業を続けられる。その意思なくして家宝の刀を持って来る訳がない!」
「白蓮 闇切丸を?...まさか、将が腰に下げていた刀は....」
将が父から一振の刀を授けられたのは知っていたが、まさか、家宝の名刀とは思いもしなかった。
「拵え一式は実戦用に替えてある。将様ならいずれ使いこなせるだろう。分かったなら、お前は明日早朝帰国しろ」
「でも、迎えの近衛騎士団の方々が...」
「お前には、もう関係ない世界だ。こちらで対処する」
「そんな...」
「あぁ、それと将様は希望されれば予定より長い滞在になる。後で別れの挨拶も済ませておけ。以上だ」
「長い滞在って、何故です!」
将を1人残すのも既に論外なのに、この上英玲奈は何を言い出すのか、響にはまったく理解不能だった。
「フッ、野暮な事を聞くな。あらゆる修業をする為に決まっている。武術のみならず、異世界の女の扱い方も含めて、な」
英玲奈は不敵に笑い、予想外の事を言った。
響は驚きのあまり、一瞬頭の中が真っ白になったが直ぐ様復活して抗議する。
「なっ!?将はまだ子供です!ふざけないで下さい!!」
「異世界では、既に成人の年齢だ。問題ない。勿論、本人が望めばの話だが...。それに、将様は容姿も良く、性格も少し純情だが、そこが良いしな....」
「まさか、英玲奈さん、あなたは、本気で、将を...」
怒りの余り言葉が切れ、続かない。そして英玲奈の更に続けた言葉を途中まで聞いた途端、響は無意識に木刀を振り上げていた。膨大な魔力を全身と木刀に纏わせて....。
響は覚醒した。
「心配するな。じっくり、優しく教えて差し上げる。女の全てを、わた...」
「エレナ!避けなさい!!」
魔力感知がエレナより優れているルシアが、響の膨大な魔力を察知して直ぐ様エレナに叫んだ。
ズバッ!!!
響は英玲奈目掛けて、間合いの外側から木刀を振り下ろし、魔力を纏わせた剣圧を飛ばした。
「なっ!?」
ルシアの叫びを聞き、咄嗟に左側に避けるエレナ。
直後、エレナの背後にあった樹齢数百年の巨木が剣圧で裂けそこから砕け倒れた。
ドドドッ!!!!!
「そう、分かりました....お前は殺すぞ!!!エレナ レスティーク!!!!!」
響の怒声が中庭に響き渡る。そして全身から魔力を放出させ、エレナに向かって来る姿を見て眼を見開いた。
(...これが、この姿が、真の響様...美しい....)
響の漆黒の艶やかな髪の色が銀色に変わり、瞳の色も黒から深緑に変化していた。その全身に具現化した魔力の渦を纏わせて。
英玲奈は恐怖ではなく、歓喜に全身を震わせ叫んだ。
「やってみろ!!西蓮寺 響!!!」




