第22話 アルセスト対ギリエルモ(2)
魔剣と盾がぶつかり合い火花が爆ぜる。
ギリエルモは返す刃で電光石火の連撃を繰り出す。右に左に、時には敵の喉笛を狙った突きを十合、二十合と繰り出すが、その攻撃は一つ残らずすんでの所でアルセストの盾に弾かれる。
ギリギリの攻防……あと一息でアルセストの息の根は止められてしまうのではないか――そう思えたが、実はそれは逆だった。
アルセストは全ての剣戟を見切り、最小限の動きで紙一重でかわしていたのだ。
認めざるを得ない、こいつの盾さばきには目を見張る物がある。そう思ったギリエルモではあったが――
「だが手も足も出ないのか!? 防戦一方では勝てはせんぞ!」
こいつの剣は恐れるにたらない、そうギリエルモが過信したとき――
アルセストは威圧するように剣を大上段に構えると、力の限り打ち下ろした。ギリエルモは避けることも、受け流すこともできたはずだが、その太刀を真正面で受け止める。
力と力のぶつかり合いでも負けることはない、力で上回り格の違いを思い知らせ、それで雌雄を決するのだ――そのギリエルモの慢心が仇となった。
アルセストの全体重を乗せた一撃が、両手で剣を構えるギリエルモの腕ごと引きちぎらんばかりに叩き伏せる。火傷のような熱い衝撃が両腕を伝い、その圧力にたまらずギリエルモは片膝をつく。
そういえば、イザドラはアルセストが剣をふるうのを初めて見た。馬鹿力だとは思っていたけど、ひと太刀でこの威力ならもしかして勝てるんじゃ……!?
だが、剣士としての長年積み上げてきた鍛錬の差が勝敗を分けた。
ギリエルモは片膝をついたままで低い鬨の声を張り上げると、逆袈裟斬りで下段から剣を振り上げて、アルセストの持つ太刀を真っ二つに叩き斬ったのである。
砕かれた刃の切っ先が宙に飛び上がると、回転しながら地面に突き刺さった。
瞬時に飛びすさり間を取る二人。
だがすでに勝負は決していた。片や魔剣を手にする剣の騎士、片やただの折れた剣しか持たない妄想戦士。
「勝負はついたようだな。しょせん逆さ剣の反英雄、お前のような敗者には折れた剣がお似合いなのだ!」
ギリエルモは己を鼓舞するように、勝利宣言を声高に叫ぶ。だがアルセストの眼はまだ勝負を捨ててはいなかった。その瞳の奥に強い灯火が燃えていたのだ。
「例え剣が折れようと、俺の中には一本のでっけー剣がそそり立ってるんだよ。信念という名の剣がな。
それに俺はこの盾を持っている限り、二度と逃げることはない」
「そんなこと言ったって無理だよ、絶体絶命のピンチってやつじゃないか。そんな折れた剣と盾ひとつで何ができるってんだよ!?」
追いつめられ泣き言を吐くイザドラに、アルセストは静かに尋ねる。
「一度逃げれば、それを死ぬほど後悔する。あの時なぜ助けられなかったのか……と。
だが、もう一度逃げればもっと後悔すると思うか?」
イザドラが答えられずにいると、アルセストは乙女の描かれた盾を見つめながら、自分に言い聞かせるように続けた。
「いいや違うね。二度逃げれば、三度目もいいやと、心がどんどんナマクラに錆びついちまう。やがて逃げるのが普通になっちまうのさ……。
そして最後にはポッキリ折れちまう。俺はそんな弱い、ちっぽけな人間だってよくわかってるんだ。
剣を抜き人を倒すのは簡単だ。だが本当に難しいのは守り抜くことさ」
そういえば森の中でマナレスが言っていた。「アルセストも自分の弱さを見られたくないんだよ」と。その時はこの鍛え上げた戦士のどこが弱いんだよと、イザドラは不思議に思ったのだ。
でも今にして思う。この人はやっぱり強いんだと。自分の弱さを知っているぶんだけ、ギリエルモなんかよりもずっと強いんだと。
イザドラは尋ねていた。
「大切なのは愛する人を守るってこと?」
「違う、自分の信念を守るってことさ」
アルセストのその言葉を聞くと、それまで黙っていたギリエルモが激しい怒りの眼差しを彼らに向ける。連撃で上がっていた息も、今ではすっかり落ち着いたようだ。
「くだらん演説は終わったか? アルセスト、今度は貴様の信念ごと叩き折ってくれるわ!」
そう叫ぶと、ギリエルモは竜のレリーフが描かれた魔剣を構える。白の陣羽織をひるがえし一気にアルセストに飛びよろうとした、まさにそのとき――
「ロック!」
その声が広場に響く。
それは騎士たちでも、アルセストでも、ましてやイザドラのものでもなかった。脆弱に横たわったままのマナレスがニヤリと笑いながら、あのすべてをロックできる魔法の短剣「大泥棒」を握りしめていたのだ。
ギリエルモは気づいていなかった。マナレスが騎士団長から魔剣をスリ取ろうとして返り討ちにされたとき、その倒れ込む一瞬で彼の足にワイヤーロープを結び付けていたことに。
今まさにアルセストに飛びかかろうとしたギリエルモは、ワイヤーロープがロックされたことにより脚を取られよろめく。その一瞬の隙をアルセストは見逃さなかった。
折れた剣を下段から振り上げると、ギリエルモの手に叩きつけ、そのままからめとるように魔剣を跳ね上げる。空高く舞い上がった剣はクルクルと回転しながら、騎士団長の後方の地面にズサリと突き刺さった。
まさかの大逆転に、イザドラが両の拳を振り上げて喜ぶ。
「マジかよ、やった! でも……あんなカッコつけた台詞吐いたくせに、なんかセコイ戦法で勝ってね?」
「うるさいな、勝てばよかろうなんだよ、勝てば!」
「そうそう、二人の友情パワーで勝ったんだよ!」
アルセストとマナレスがこれ以上ないほどの見苦しい言い訳をする。やっぱヒーローらしくない、反英雄の名は伊達じゃないな……と思うイザドラだった。
ギリエルモは利き手に傷を負い、魔剣を失い、さらに足をマナレスの魔法の短剣によってロックされていた。
けれどもギリエルモもまた、諦めたわけではない。
「竜との戦いで、この手の中で燃えカスのように死んでいった仲間たち、そういった犠牲の上に今の竜殺騎士団は生き残っているのだ。こんなところで負けるわけにはいかないんだよ!」
怪我した右手を押さえながらギリエルモはそう叫ぶと、後方に飛ばされた魔剣に向かい一目散に駆けだす。
「まずいよ!」と慌てるイザドラに対し、アルセストたちはいたって冷静だった。
ギリエルモの足にからみつくロープが地面とロックされていて、魔剣までは届くはずがなかったからだ。おまけに万一再び魔剣を手にすることができたとしても、あの手傷ではまともに剣を振るうこともできないだろう。
だがワイヤーロープが足の肉に食い込み血が噴き出るのもかまわず、ギリエルモは力ずくでロープを引き千切る。足から流れ出る血を地面にまき散らしながら、倒れ込むように魔剣を手に取る。
ここまで追い込まれ劣勢に立たされたのは、全てアルセストの聖乙女の盾のせいだ。あの盾さえなければ俺が負けることはないのだ。
ギリエルモは忌々しげに歯ぎしりすると、アルセストを睨みつける。
その眼に憎悪を宿し、魔剣『龍舞』を握りしめると広場に轟く怒号を放つ。
「イザドラ、その妄想野郎の盾を奪え!」
いったいこの男は何を叫んでいるんだ……?
そうアルセストとマナレスが唖然としていると、イザドラは盾の戦士に歩み寄る。するとその腕からあっという間に乙女のレリーフが描かれた魔法の盾をもぎ取ると、アルセストたちの遥か後方に向かって投げ飛ばしてしまったのだ。
丸い盾は円盤のように回転しながら飛んでいき、高台に伸びあがる斜面に突き刺さってしまう。
「なにしてるんだ!?」
驚くアルセストに対して苦悶の表情を向けるイザドラ。
「違う、違うの――」
アルセストはその疑念を今の今まですっかり忘れていた。
つい先ほどまで微塵もそんな素振りはなかったというのに、やはりイザドラは裏切り者だったのか――?
イザドラはアルセストを見つめながらも徐々に後ずさっていく。すると足を引きずりながら近寄ってきたギリエルモが、イザドラをその腕の中に抱きよせる。
震えるイザドラの銀髪の頂には、竜をかたどった銀の髪飾りがかすかに揺れているのだった。




