第21話 アルセスト対ギリエルモ(1)
アルセストは闇夜のなか炎の森を抜け、人捨て山へとがむしゃらに馬を飛ばす。
大丈夫、マナレスはきっと騎士団長から魔剣を奪い取っているはず――そう信じていたものの、胸の中に広がるこらえがたい焦燥に駆り立てられていた。
獣道を超え、あぜ道を通り過ぎ、人捨て山の麓に迫るとあの奈落の穴が見え始める。
村の家屋と騎士たちの駐屯地の天幕が広がるその先に、高台に囲まれたすり鉢状の広場があった。
その敵陣の中央に倒れた人影を見つけると、アルセストは臆することなくそのまま飛び込んでいく。
そこにはボロボロの姿で倒れ込んでいるマナレスと、涙でくしゃくしゃに顔を歪ませたイザドラがたたずんでいた。
「マナレスが私を守って、こんなに……」
アルセストは馬から飛び降りマナレスに近寄る。マナレスの服や髪は泥土にまみれズタボロになっており、露出している肌の部分はアザと傷だらけだ。おまけに背中には深々と矢が突き刺さっていた。
無残なその姿を見ただけで、マナレスがいかに彼女を守ろうとしたか、そして騎士たちが寄ってたかってなぶり殺しにしようとしたかが分かった。
怒りで肩を震わすアルセストに向かって、頭上から声が降り注いだ。
「貴様が反英雄のアルセストか。まるでエサ欲しさに自らトラバサミの罠にかかるイノシシだな。そんなクズどもにエサとしての価値などないというのに。見ろ、そのゴミために這いずる豚のような姿を」
広場を見下ろす高台から、騎士団長ギリエルモの嘲笑が響く。金髪碧眼、眉目秀麗、顔の左半分の火傷の痕さえなければ、彼はまさしく絵に描いたような英雄の姿だ。
かがり火に照らされた白の陣羽織は汚れひとつなくひらめき、腰には英雄の証たる魔剣が燦然と輝いている。
対して、森の炎に巻かれたアルセストは全身すす汚れて傷だらけだった。彼だけではない、マナレスもイザドラも満身創痍ボロボロの姿だ。
「確かに俺たちはボロ雑巾みたいな恰好さ。だがそれは挑み続けた証だ。自ら手を下さず、高みの見物を決め込んでいたお前に笑う資格はない」
アルセストは騎士団長に向かって言い放つ。そしてイザドラたちの前に一歩進み出ると、聖乙女の盾を構える。
「マナレス、お前の覚悟はしかと受け取った。お前の死は無駄にしない――」
「勝手に殺すなよ、まだ死んでないっつーの!」
マナレスが弱々しい声でつっこんだ。
「いやいや、いま完全に死んでるパターンだったよね?」
「ドラゴンが簡単にヤラれるわけないでしょ」
マナレスがニヤリと笑うと、アルセストは驚きつつもこの相棒が無事だったことを喜び、笑みで返すのだった。
とはいえ状況は最悪だ。多勢に無勢、完全に囲まれており逃げ場もない。しかしそれでも臆することなく立ち向かおうとするアルセストに、ギリエルモが見下すように嘲った。
「アルセスト、貴様のような竜から逃げ出した腰抜け野郎がこの俺に刃向かうとは笑止千万! わざわざ手を下すまでもない、ハチの巣になって死ぬがいい!」
騎士団長が右手を高々と掲げると、高台の上で弓を構える騎士たちが一斉に矢を放った。張りつめた弓弦から飛び出した50本の矢が、アルセスト目がけ一直線に襲いかかる。
だがアルセストは盾を勢いよく振るうと、その迫りくる嵐のような矢の一本一本を、盾の上を滑らすようにして跳ね返したのだ。
盾から飛び出すように弾き返された矢は、ひとつ残らず騎士たちに襲いかかりその手に突き刺さる。騎士たちは「うぎゃぁ」とうめき声をあげて弓を取り落とした。
50人の騎士たちが一瞬で手負いの兵と化したのだ。その巧みな盾さばきは、神業というよりほかになかった――
「す、すげぇ」
思わずイザドラが感嘆の声を漏らす。この男なら、魔剣を持つ英雄にも敵うのではないか……。
アルセストは剣を抜き放つと、その切っ先を高台に立つ騎士団長ギリエルモに向かって突きつける。
「一気に形勢逆転だな。お前の魔剣は飾りじゃないんだろう? 抜けよ。本物のドラゴンスレイヤーの力を見せてやる」
「なるほどな。確かにイキがるだけの技量は持っているようだな。だが、しょせんは一度も竜を殺せず逃げ出した程度の男……貴様の剣は敗者の剣だ。
よかろう、見せてやろう――三本剣の『剣の騎士』の格の違いを」
そう言うとギリエルモは高台から一気に跳躍する。彼は鎧を着こんでいたし、しかもアルセストとの距離は10メートルほどもあったはずなのに――まるで翼でも生えているかの如くひと駆けで近づいてしまう。
それはとても人間の跳躍力と呼べるものではなかった――
ギリエルモは人間離れした飛翔をすると、着地寸前にアルセストに向かって剣を抜き放つ。抜刀一閃、聖乙女の盾に一撃を見舞うと、アルセストは盾を抱えたまま地面を転がるように吹っ飛ばされる。
かがり火に照らされた白銀の刃を輝かせながら、ギリエルモが哄笑する。
「おやおや、また一気に形勢逆転じゃないか。威勢がいいのは口先だけか?」
たったの一歩、たったの一振りで、騎士団長ギリエルモは格の違いを見せつけたのだ。
二人の戦いを見守るイザドラの眼に、焦りの色が浮かぶ。
「嘘だろ、こんなに強いなんて聞いてないよ」
こんなに力の差があったのか……。
魔剣使いの力は一騎当千どころか、単騎で一万の兵士を打ち払うことができるという話だった。でもそれはただの噂話、眉唾ものだと思っていたのに……まさしく噂にたがわぬ力じゃないか。
こんなヤツと戦ったら、アルセストがいくら魔法の盾を持っているからといって、数合打ち合うだけでヤラれてしまうんじゃないだろうか。
もはや謝って許してもらえるような状況ではない。だけれどどうにかしてアルセストたちだけでも助かる方法はないのかよ……。
イザドラの表情はみるみる青ざめていく。こんな時に絶対助けてくれないのはわかっているのに、彼女は神に祈っていた。追い詰められて逃げ場のない人間がいつでもそうするように――
その震えるイザドラの肩に、立ち上がってきたアルセストがなだめるように手を置いた。
「心配かけちまってすまん。ちょっと足が滑っただけさ。こう見えても俺は、プリウェンちゃんの盾に守られてから、今まで2回しか攻撃受けたことないんだから」
「2回って、そんなことあるわけないだろ!? それにもう無理だよ……」
「あきらめるのはまだ早いさ、まぁ見てなって。心配なら神に祈ったっていい、だが神がたとえ願いを叶えてくれなくても、俺たち反英雄が守ってみせる」
再び盾を構えて進み出てきたアルセストを見ると、ギリエルモは吐き捨てた。
「神だってそんな人間崩れの豚どもを救うつもりはないさ。むしろ神はその小娘のことを嫌っているんだよ。お前は見たことがないのか、その小娘の呪われた身体を。鱗で覆われた醜い姿をな」
そう罵られたイザドラが悲痛な面持ちでギリエルモを見つめる。必死でこらえていたが、目には今にもこぼれ落ちそうな大粒の涙が浮かんでおり、手はギュッと握りしめられ震えていた。
「それ以上この少女を罵倒するな!」
アルセストが怒号を放つが、ギリエルモは聞く耳を持たずさらに続ける。
「そいつは人間じゃない、化け物の血を引く人間崩れよ! そしてその小娘も村人もおんなじだ。そいつらは自分らが守ってもらうことしか考えない、自分たちでは何もできないくせに、自由だ平和だとブヒブヒ文句ばかり喚きやがる。しょせん飼いならされた家畜の思想しか持たない豚なんだよ。自由も平和も我々がくれてやったものだろうが!
ここは剣の国! 剣の強さが全て! 剣の騎士であるこの俺こそ、支配者にふさわしいのだッ!」
ギリエルモはそう叫ぶと、アルセストに向かって飛び荒び剣を振り下ろす。いかずちのような斬撃が聖乙女の盾に防がれると、金属音とともに火花を散らす。
二人の戦いの火蓋が切られたのだ。




