最終日の夜のお話
グレッグさん達にこの沼地に連れて来られて七日目の夜、普段はグレッグさん達五人と俺達二人の中からそれぞれが見張りに出ていたのだが、今日が最終日という事で卒業試験の意味も込めてグレッグさん達は見張りに参加せず俺達だけで寝ずの番をする事となった。
沼地に来てからは常にグレッグさん達が側に居てあまり込み入った話は出来なかった為、互いの成果を報告しつつシャーロットの事も含め今後の事について椿と話をしようと考えていたのだが。
「おいシャーロット、いい加減機嫌直せよ」
「シャロちゃーん、そんな濡れた地面に座ってたら風引いちゃいますよ。こっちに来て焚き火に当たりましょう」
俺と椿がそう声をかけるも、シャーロットは前足で必死に角を擦り、涙目になりながらスンスンと鼻を鳴らしていた。
「グレッグさんも悪気があった訳じゃ無いんだし許してやってくれよ」
「クゥ!クゥゥゥ…!」
「椿、通訳」
「『嫌!絶対に許さない…!』だそうです」
現在、シャーロットが機嫌を損ねておりそのご機嫌取りの為に俺と椿は忙しく、話をするどころでは無かった。
何故シャーロットがこんなにも機嫌が悪いのかというとそれは今日の晩飯の時の事だ。
今日は最終日という事もあり倒した魔物の肉でバーベキューでもしようという話になった。
調理をするのは一日中体育座りしてただけで特に何もしてない男性陣、つまり俺達三人だった。
今後の為に勉強も兼ねて魔物の解体は俺が担当、解体した肉を一口サイズに切り分けるのはリーライさんが担当し、グレッグさんはただひたすらに肉を串に刺していた。
女性陣の食欲は凄まじく、食事を始めて一時間が経っても女性陣が肉を口に運ぶペースは変わらず、俺達は手を休める暇もなくずっと肉を解体し、切り分け、串にさし続けていた。
種類の違いや欠損などで解体の仕方が変わる俺や、その俺が解体した歪なブロック状の肉塊を綺麗に一口サイズに切り揃えて行くリーライさんは兎も角、切り揃えられた肉を串に刺し網の上に置くだけという単調な作業にグレッグさんの精神は早くも耐えられなくなっていた。
「串、肉、肉、肉、肉、串、肉、肉、肉、肉」
呪文のようにそう呟きながら手を動かし続けるグレッグさんの目は手元を見ているようで何も見てはいなかった。
その時、ふらっとシャーロットが俺達の元へとやってきて俺達の作業を物珍しそうに見ていたのだが、シャーロットがグレッグさんの脇を通り抜けようとした時、無心に動いていたグレッグさんの手がシャーロットの首根っこを引っ掴んで角に肉を刺し、そして
ジュゥゥゥゥ!!
「クォォォォォォォオオオン!?」
「クゥ…!クゥ、クゥゥゥ!!」
「『あの肉達磨ァ…!大事な角を串にした挙句、私を網の上に放るなんてぇぇ!!』」
「だからわざとじゃ無かったんだって、あの後すぐにグレッグさんも謝ってただろ?」
「シャロちゃん、いくら前足で擦ってもお肉の脂はそう簡単に落ちませんよ。濡れた布巾で拭いてあげますからこっちに来てください」
「クゥゥゥン…」
椿がそう誘うと渋々といった様子でシャーロットが焚き火の側までやって来て、椿はシャーロットを抱え上げると自身の膝の上に乗せる。
「はぁ…とりあえずグレッグさんの事は一旦置いておこう。それよりも俺はお前達に話さなきゃいけない事があるんだ」
俺はシャーロットが椿の膝の上で落ち着いた所を見計らって先日グレッグさん達から忠告された事を椿とシャーロットにも伝えた。
「そうですか、グレッグさん達がそんな事を」
「クゥゥン」
「まぁそういう事でこのままシャーロットを連れ歩くのはまずいと思うんだ。俺達の目的は魔王討伐ではなく元の世界に還る事何だが、どちらにせよこんな所でじっとしていても解決する問題でも無いし、魔王とは出会わなくてもそれ以外の魔物とは嫌でも戦う事になると思う」
俺は椿とシャーロットの様子を見ながらそう続けた。
二人はショックを受けるだろうかと見ていると、椿の上で大人しくしていたシャーロットが突然飛び上がり焚き火の側で後ろ足だけでピョンピョン跳ね、前足を左右に大きく開いて上下に激しくパタパタ振りこちらに何かアピールをしてくる。
「クゥゥン!クゥクゥ!!」
「えーと…椿頼む」
「『心配要らないわ!私を誰だと思ってるのよ!!』」
「アルミラージだと思ってるからこんな話になってるんだろ」
椿の通訳に合わせて胸を張るシャーロットに俺がそうツッコミを入れる。
「クゥ!クゥゥゥン!」
「『違う!私はただのアルミラージじゃないわ!』」
椿がそう通訳するとシャーロットは前足で器用に地面に何かを書き始める。
それは何か箱のような物から無数の細い手足が生え、その手足が他の箱を貫き、さらにその箱からまた手足が生えるという、何か寄生虫を思わせる絵だった。
「クゥン!」
「『これを見なさい!』」
シャーロットが地面に描かれた絵の一部分を前足でパンパンと叩く。
「クゥ!?」
「『どう!?』」
「いや、どうって言われても…何が?」
シャーロットが示した絵には箱の中にミミズのような線が描かれていたが、それが何なのか俺には見当が付かなかった。
理解出来ていない俺に必死に説明しようとシャーロットが前足で図形を叩き鳴き声を上げていると、椿が説明してくれた。
「明継さん、これはシャロちゃんのスキルツリーですよ」
「スキルツリー?魔物にもあるのか?」
「クゥゥン」
「『同然でしょ』ですって」
いやそんな事言われても魔物にそんなものがあるなんて初耳だし、この絵を見てそれを察しろというのは無理がある。
「しかしそうか、スキルか」
人間と同じように魔物にもスキルがあるというのならそのスキルの種類と使い方次第では格上にも勝てるかも知れない。
そう考えた俺はシャーロットにスキルツリーに何か目ぼしいスキルは無いか聞いてみる事にした。
「なぁ、このスキルツリーには攻撃スキルとか、防御スキルや補助スキルみたいなのはあるか?」
「クゥクゥ、クゥゥゥン」
「『そんな物ないわ、椿と同じで殆どがステータスアップのスキルばかりよ』」
「それじゃあ駄目じゃないか。攻撃スキルの一つもないとこの先には…いや、ちょっと待て、殆ど?」
俺がその事に気が付いた時、シャーロットが不敵に笑う。
「クゥーックックック、クゥクゥゥゥン!」
「なんだその鳴き声、もしかして笑ってんのか?」
「『クゥーックックック、気が付いたようね明継!』」
そこはそのままって事は本当に笑ってたのかよ。
本当に魔物かコイツ、実は呪いによって姿を変えられた人間とかじゃないよな。
「クゥゥゥン!クゥゥクゥ!」
「『何を隠そう私は選ばれたアルミラージなの!私にはなんと”進化”のスキルがあるのよ!』」
「進化?」
その言葉に俺は首を傾げる。
額面通りに受け取るならそのまま進化するスキルなのだろうが、具体的にどういった物なのかイマイチイメージが出来ない。
「進化っていうと、何か別の魔物になるって事か?」
「そうみたいですね、シャロちゃん自身分かるのは進化という言葉だけ具体的にどうなるかは分からないそうですが」
「おいおい…色々と大丈夫なのかそれ、そもそもアルミラージの進化とかまるで想像が出来ないんだが」
人型になってこうラビットマン的なそういう見た目になったりするのだろうか?。
正直そんなものを引き連れて旅をするのは目立つし見た目的にもアレなので御免蒙りたい。
「クゥクゥ!」
「進化する為にはレベルがまだ足りないみたいでもっと戦わせて欲しいって言ってますけど」
「そうは言ってもなぁ…シャーロットのレベルをこれ以上あげるとなるとかなり厳しいものがあるぞ」
俺はそう呟きながら頭を掻く。
グレッグさん達に教えて貰った知識の中には今の俺達がレベリングするとして相応しい場所に関する物も含まれていた。
だがそこは30レベル前後の魔物が出てくる場所であり、そこまで来るとアルミラージじゃ同レベルでも到底敵わず、レベルで上回っても気休め程度でしか無いと言う事だった。
「あの明継さん、一つ案があるんですけど明継さんのスキルを使えませんか?」
「俺のっていうと、勇猛か?」
「はい、それで高レベルの魔物を倒して一気にレベルアップっていうのはどうでしょう」
「そりゃ無理だ、ステータスの高さによって獲得経験値の量が変わるのは分かってるよな?。今のシャーロットのステータスが何百、何千倍になってみろ、レベル50や60じゃ到底足りない、もっと高レベルの魔物相手じゃないと経験値なんてロクに入りはしない。そしてそんな高レベルとなると雑魚じゃ存在しないし、居るとしたら魔王やドラゴンみたいなボスクラスだけだ」
「じゃあドラゴン倒しましょう!」
簡単にそんな事を言う椿に対し、俺は露骨にため息を吐く。
「あのなぁ、ドラゴンなんてポンポン居るもんじゃないし、そう簡単に見つからないんだよ。それにグレッグさんの話だとボスクラスになると多彩なスキルを持ってるから仮にステータスで勝っていても勝てるとは限らないって言ってたし、アクティブスキルの類が一つもないシャーロットじゃボスクラスは無理だ」
俺の勇猛のスキルレベルを上げ、倍率をさらに上げてステータスを高めてやればステータスによるゴリ押しも行けるかも知れないが、そこまで行くと経験値など雀の涙ほどしか貰えないだろう。
俺がそんな事を考えていると、今度は椿が不敵な笑みを浮かべる。
「ふっふっふ…明継さん、私達がこの数日ただ戦っていただけだとお思いですか?」
「なんだよ急に、実際そうじゃないのか?」
「甘いですよ明継さん、今の私に一日中戦えるだけの体力がある訳ないじゃ無いですか!」
そう言って椿が胸を張る。
何でコイツはこうも無駄に誇らしげ何だろうか。
「休憩の合間に皆さんとお話して私なりに情報収集をしていたのですよ。その中にはとても耳寄りな情報もありました」
「へー、耳よりな情報ってどんなだ?」
興味を惹かれ俺は椿にそう尋ねた。
「実はですね、ここから東の方角にある街に一生の内一度は食べてみたいスイーツランキング2位のスイーツが」
ゴンッ!
「ぎゃふんっ!?」
俺は無言で椿の頭部に拳を振り下ろした。
「お、おぉぉぉ…あ、頭が、頭が割れてしまいます…!」
「それのどこが耳寄りな情報なんだよ全く、ただガールズトークに花を咲かせてただけだろ」
「ち、違います、今のはちょっとした冗談でしっかり役に立ちそうな情報もありますよ」
「それはお前の空腹を満たすのに役に立ちそうな情報って事か?」
「明継さんってちょくちょく容赦無いですよね、もうちょっと優しくしてくれても良いじゃないですかぁ」
「こっちは真面目に話してるんだ、それなのに相手がふざけ出したら怒りもするだろ」
「明継さんの怒りん坊…」
「なんか言ったか?」
「いえ何でもないです!」
椿に見せつけるように拳を握って見せると椿は首を左右にブンブン振りながら否定する。
「さて、そろそろふざけてないで本題を言え。何か思いついたから笑ってたんだろ?」
「あ、はい、実はライザさんから聞いた話なんですが、補助スキルなどで一時的にステータスを強化した場合、確かに経験値は減少するんですが、一時的では無く実際にその強さに至っている人よりも経験値の減少は緩やかなんだそうです」
「という事は例えば素でステータスがALL1000の奴と補助スキルでステータスがALL1000になった奴、どちらも強さは全く同じだけど後者の方が経験値の入りは良いって事か?」
「はい、その通りです。経験値の算出方法で言うと前者の場合はステータスの値がそのまま経験値に影響します。後者の場合はまず補助による増加値分を除いた素のステータスで経験値が算出され、そこから増加値によって経験値が徐々に差し引かれるそうです」
なるほど、確かにそれは耳寄りな情報ではあるな。
「ですから、明継さんのスキルでシャロちゃんを強化して、それで高レベルの魔物を狩れば数多く倒せればボスクラスを相手にしなくても済むんじゃないでしょうか?」
「いや…それは無理だろうな。いくら補助スキルで上げた場合は経験値の減少が緩やかだといっても限度ってもんがあるだろ。倒した魔物よりもステータスが数十倍も上回ってたら結局経験値なんてまともに入らないと思うし、それにだ」
俺は心持ち語気を強めて話す。
「そんな高レベルの魔物がうろついてる危険地帯で俺は兎も角、椿とシャーロットが無事で居られるとは思えない。俺のスキルでステータスを強化してれば安心だと考えてるかもしれんが、俺のスキルだって常時かけっぱなしに出来る物じゃない。クールタイムがあるし、その間に一撃でも攻撃貰ったらアウトだ」
俺のスキル、勇猛の発動時間は正確に計った訳ではないがおよそ五分、再使用時間は効果が切れてからさらに五分後、つまり五分間は椿達は素のステータスに戻ってしまう訳だ。
俺が守るにしても限度があるし、防御スキルも何もない俺では正直守りきる自信もない。
そもそも高レベルの魔物を数多く倒せば良いなんて気軽に椿は言ったが、ゲームのように少し歩けば魔物と出会えるという訳ではない。
確かに魔物と遭遇した後にすぐ別の魔物と遭遇するという事もあるが、逆に次の魔物に出会うまで一時間以上掛かった事もある。
シャーロットが進化出来るレベルまで一体どれだけの時間を掛け、どれだけの戦闘を重ねれば良いのかも分からない以上、そんなリスクを冒してまでやる価値があるとは到底思えない。
そして何よりこれはシャーロットを死なせない為にはどうすれば良いのか、そういうテーマの元での話し合いなのだ。
そのためにシャーロットを危険に晒すという時点で論外であり、結局俺と椿の意見はシャーロットを置いていくというもので一致したのだった。




