第1章:1.2 狭い路地の狩り
派出所のロビーの空気は骨身に凍みるほど冷たく、乾ききらない雨の匂いと濃厚な血の匂いが入り混じっていた。
頭上の非常用照明が微弱で不安定な青白い光を放ち、電流のジリジリというノイズとともに点滅を繰り返しながら、斑に剥げた壁に映る五人の影をひき延ばし、どこか歪んだ形をつくり出していた。
「恆遠、」
「ここ……」
「争った形跡があるみたい。」
伊凝雪は受付カウンターの端に片手を添え、もう片方の手でカメラのストラップをぎゅっと握りしめながら、冷ややかな瞳を奥の執務スペースへと向けた。
彼女の高いポニーテールは先ほどの疾走ですっかり乱れ、濡れそぼった数本の髪がすっきりとした頬に張り付いていたが、それがかえって彼女の芯の強さと冷静さを際立たせていた。
闕恆遠は、冷え切った悦清禾の手の甲を優しく撫でて安心させると、足元に散らばるガラスの破片や散乱した公文の書類を踏みしめながら、静かに歩みを進めた。
受付カウンターの裏側の木製床には、真鍮の薬莢がいくつも転がり、壁にはまるで何者かの鋭い爪で引き裂かれたかのような深い溝が刻まれ、内部のコンクリートむき出しの構造が覗いていた。
「ここに詰めていた警察官たちは、さっきの災害が起きたとき、」
「応戦しようとしたみたいだけど、」
「到底長くは持たなかったようだな。」
闕恆遠は身をかがめて一発の薬莢を拾い上げ、その重厚な金属の質感が、彼の胸中をさらに重く沈ませた。
政府軍や指揮系統の機能停止は、彼の想像をはるかに超えて徹底的であり、市中心部の末端警察力すら迅速な支援や事前の警告を受けられていなかった。
「じゃあ、私たちはどこに隠れればいいの?」
「ロビーのガラスドアじゃ、あの怪物たちを到底防ぎきれない……」
千慕羽は玥映嵐の胸にすっぽりと体を縮こまらせ、普段は輝いている大きな瞳には恐怖の色が満ちあふれ、魅力的な大波ウェーブのロングヘアは無造作に肩に散らばり、恐怖でその肩が小刻みに震えていた。
ヒールをへし折ったワンピース姿はどこか滑稽に見えたが、この生死の瀬戸際において、外見を気にする者など誰もいなかった。
「慕羽、」
「大丈夫よ、」
「まずは奥の執務室に入りましょう、」
「あそこなら大きなガラス窓もないし、」
「あの怪物たちに姿を見られずにすむから。」
玥映嵐は千慕羽の背中を優しく叩きながら、そっとそう宥めた。
彼女自身も血の気のないほど顔面蒼白だったが、自らを必死に落ち着かせ、心の防衛線が決して崩れないように踏みとどまっていた。
悦清禾は闕恆遠のそばに立ち、白く細い、だがどうしても止まらない震えを帯びた手をそっと持ち上げた。
「恆遠、」
「外で車の音がする気がする……」
「もしかして、軍隊が来てくれたの?」
悦清禾の声には、ほとんど絶望に近いすがりつくような期待が混じっており、その整った顔立ちの瞳が出入り口をじっと見据えていた。
ゴロゴロと、
重苦しいエンジン音がすぐ近くの中華路の方向から響いてき、それに伴って耳障りな急ブレーキの音と人間の恐怖に満ちた叫び声が聞こえてきた。
だが、五人の胸に微かな希望が芽生えるよりも早く、布を引き裂くような甲高い音が上空で炸裂した。
それは宇宙人たちの使用するエネルギー兵器であり、一本の幽青色のプラズマ光束が遠くの空を正確に貫き、交差点で防衛線を築こうとしていた一台の軍用装甲車を、一瞬にして眩い火球へと蒸発させた。
狂暴な衝撃波が通りをなでるように吹き抜け、派出所ロビーに残されていたわずかな防弾ガラス窓は、この瞬間になって耐えきれなくなり、パチンと音を立てて無数の粉塵のような粒へと砕け散った。
「危ない!」
闕恆遠は怒号を上げ、素早く身を翻して両腕を大きく広げ、悦清禾と伊凝雪をその広い背中の下へと必死にかばい込んだ。
無数のガラスの破片が暴風雨のように彼の衣類に叩きつけられ、カサカサと乾いた音を立てた。
この恐ろしい次元の違う攻撃の前に、人類が最も誇らしげにしていた鉄の洪水は、子供のおもちゃのようにもろく崩れ去った。
「軍の指揮系統は本当に完全に途絶えたのね……」
伊凝雪は闕恆遠の体勢の下から顔を上げ、ロビーの隅で変形して転がっている無線機から漏れるノイズに耳を澄ませながら、その瞳に決然とした光を宿した。
「来るわ。」
玥映嵐は思わず息を呑み込み、澄んだ瞳で派出所の外の通りをじっと見据えた。
霧雨が煙る西門町のストリートで、流線型の漆黒の影が、物理法則を無視したような異様なスピードで両側の建物の外壁を狂ったように這い上がっていた。
それらの生化兵器は目を持たない頭部をもたげ、口から垂れ流す強酸性の粘液をアスファルトに滴らせて、鼻をつく白い煙を上げている。
奴らは先ほどの装甲車の爆発音と人間の悲鳴に引き寄せられ、一歩一歩と確実に派出所の方向へと迫りつつあった。
「行くぞ。」
「お前たちは全員、奥へ進め。」
闕恆遠は分かっていた。
これらの怪物どもにロビーを塞がれてしまえば、自分たち五人は一瞬のうちに引き裂かれ、ズタズタにされてしまう。
彼は手を伸ばし、左右それぞれの腕で悦清禾と伊凝雪をしっかりと掴むと、玥映嵐に千慕羽を連れていくようアイコンタクトで促した。
五人は一丸となり、警察署の執務スペースの奥深くにそびえ立つ重厚な鉄の扉めがけて、一目散に駆け込んだ。




