ラムダのスキル
「うー…ん…」
簡素な木造りのベッドの上で僕はゆっくりと目を覚ました。周りを見渡せば当然いつもと違う風景、違う匂い、朝はまだ薄暗くとても静かだった。
「あ、そうか、家じゃないんだよな……………」
僕は改めて異世界に転移してきたことを実感した。しかし同時に大事な事を思い出した。
「や、やば!イヤホンは大丈夫か?…………ラ、ラムダ?」
元いた世界でも動画を見てて、イヤホンしたまま寝ちゃったことが何度もあるが、朝には必ずと言っていいほど外れてしまっていた。
『…………』
あ、あれ無反応?
もしかして付いてないのか?いや、感覚はある。さすがに外れていれば気がつくはずだ。
「もしもーし、ラムダさーん?もしかしてラムダさんも寝るんですかー?」
下手に触ってまた警告でも出されてはたまらないので、僕はこうしてむなしく声をかけ続けるしかない。
『…………』
え?え?まさか、充電切れた!?
嘘でしょ?あ、あれ、充電切れたらどうなるんだっけ?確か僕の生命力を消費するとか何とか………
…ヴゥーーーーーン
僕がパニックになりかけた時、耳元で小さく起動音のようなものが聞こえてきた。
『おはようございます、カナト。昨日は良く眠れましたか?』
「ちょ、ちょっとラムダ!びっくりさせないでよ!呼んでも返事がないから充電が切れたかと思ったじゃないか!」
『それは失礼しました。ワタクシスリーブモードに入っていたのですが、昨晩カナトが突然寝てしまったため説明出来ませんでした』
スリーブモード?
そんな事出来たのか。
だったら事前に説明…って、そしたら僕が寝ちゃったわけね。
せっかくラムダのステータスが見れたのだから、もっと内容をしっかり確認するべきだったか。
「つまり、スリーブモード中は省エネ運転みたいなもの?」
『はい。思考演算を最低限まで制限し、自動翻訳スキル、常時感知も停止しています。現在の残量では、睡眠時に通常モードを維持するのは非効率ですので』
「じゃあ、寝てる間はほとんど充電が減らない?」
『減少率は大幅に低下します。ただし、外部からの強い衝撃や敵意反応には即時復帰できません』
「うわ、普通に危ないじゃん……」
『現状、夜間に常時感知モードを維持した場合、一晩でエネルギーが枯渇する可能性があります』
……なるほど。
つまり昨日の僕は、命綱の警備システムを停止した状態で熟睡していたわけだ。
「ま、まあこの村ならそんな危険はないよね?」
『大丈夫でしょう。この村は夜間、頻繁に魔物や野党の襲撃がある村ではないと推測できます。』
ラムダによると村全体を囲う木の柵がなく、明るい時間とはいえリオが一人で森の近くまで来ていたことから、このあたりは比較的安全な地域だと推測したらしい。
そこでふと、昨日のリオの事を思い出した。ーーー
「リオ…か。不思議な娘だよね。あんなに皆のために一生懸命になって、僕は自分を犠牲にしてまで人助けしようとは思わないけど、それってこの世界ではおかしな事なのかな?」
『いいえ、おかしな事ではありません。個体の生存本能として、自己の安全を最優先するのは極めて正常です。むしろ、自身の破滅を前提とした利他行動を『美徳』として推奨する倫理観の方が、ワタクシからすれば致命的なエラーを抱えていると感じます。あなたは今の感覚のままで良いと思いますね』
ラムダにしては珍しく、その言葉には随分と熱が込められていた。
とはいえリオに助けられたのは事実だ。何か彼女の役に立てれば良いのだけれど。
『そのためにはまずは充電が必要です』
ラムダが非情な現実を突きつけてくる。
「そうだね…、でも動く前にもう少しラムダのステータスについて確認しておきたいんだけど」
だって、自動翻訳とか常時感知とか、行動するにはスキルが必要なわけでしょ?確認せずに行動を始めるのはあまりにも危険すぎる。
『そうですね、カナトも十分に回復したようですし、そのあたりを確認してから行動を開始しましょう』
そう言うとラムダはスキルに関して、かいつまんで説明を始めた。
大きく分けてスキルは二種類存在する。
一つは常時発動型。
いわゆるパッシブスキルと呼ばれるものだ。
自動翻訳、常時感知など、一度起動すれば継続的に効果を発揮するスキルがこれに該当するらしい。
ただし便利な反面、常にエネルギーを消費し続けるため、維持コストが高い。
『現在のカナトは、最低限の生命維持を優先する必要があります。常時感知を長時間維持するのは推奨できません』
「スマホのバックグラウンドアプリみたいな感じか……」
『概ね正しい認識です』
そしてもう一つ。
任意発動型スキル。
こちらは必要な時だけ起動するタイプで、発動時に瞬間的なエネルギーを消費する。
索敵補助、解析、身体強化、情報表示など、多くの機能はこちらに分類されるらしい。
『こちらは未使用時のエネルギー消費はありません。その代わり、発動時には十分な残量が必要になります』
なるほど、自動翻訳スキルのおかげで僕はこの村の人たちと話が出来てたわけか。
ラムダが普通に日本語話してるから気がつかなかったがこの世界の言葉は当然日本語なわけないんだよね。
「でも、常時感知はともかく自動翻訳はなかったら僕は喋れないよね?」
『そうですね、ですから自動翻訳は常に発動しておく必要があります』
「それって充電大丈夫なの?」
『問題ありませんーーーワタクシ、とりわけ"音”に関するスキルにおいては非常に燃費が良いのです』
どこか得意げにラムダがそう告げる。
……いや、顔は見えないんだけど。
しかし、さすがはイヤホンということか。会話に関して苦労がないのは助かる。
「じゃあ充電に必要な魔石やら硝石やらの探索スキルは?」
『もちろん備わっています。ですが、現状のエネルギー残量では頻繁に使用するのは危険ですね』
となれば必要なのは情報、かーーー。
『手っ取り早いのは街にでて冒険者ギルドに向かうことなのですがーー』
ーーーリオ
『カナトが彼女を気にかけているのはわかりますが、今は恩を返せる状態ではありません』
それも分かってる。
「そう、今はーーーね」
決して彼女を見捨てるわけじゃない。
必ずここに戻ってくる。
僕はゆっくりと立ち上がり、そっと窓に近づく。向かいの屋根の煙突からはもうもうと異世界の朝が静かに始まりつつあった。
『では、行きましょうか。カナト』
「ーーーうん、でもその前に…………」
『何でしょう?』
「…………ここの宿賃どうしよう」
『…………』
静かな朝に、ラムダの起動音だけが虚しく響いていた。




