駆け落ち少年
手話ではなく、独自の身振り手振りで「耳が聞こえない」事と「話せない」事を伝えてくれた。
一通り説明を終えたところで 少年は再びついとボールペンを差し出す。
いやいや
さっき其れで俺の心読んだよな?
絶対読んだだろ
じりじりと後退してゆく柳木に、少年は怪訝な表情になり 次いで、攻撃態勢に入った蛇の様に凶悪な目で睨み付けて来た。
怖い怖い怖い
「ねえ、あれ何してんの?」「喧嘩?」
「脅してんじゃない?」「ボールペンで?マジ?」
不良にボールペンを突きつけられた自身の 切羽詰まった状況を見守る外野から 何か起こる事を期待した熱い視線が送られる。
最悪だ
顔も忘れられる様な、薄っぺらい存在で日々を満喫しているのに。其れを
どーすんだよ!これ
視線に焼かれて体が熱い。沸騰しては、蒸気となって 思考が消えてゆく。
落ち着け。
軽く無視すれば良いだけの事だ ― どっちを?
「あの、お客様
誰かが 店員を呼んだらしい。エプロン姿のスタッフに躊躇いがちに声をかけられ 心臓が跳ねる。反射的に体が動いた。
少年の手を、ボールペンごと掴むや否や駆け出し
白を基調としたショッピングモール内に 吹き抜けの天井から差し込む光の中を
何事かと振り返る群衆の間を抜けて行く ― 空間は まるで
駆け落ちしてるみたいだな
電流の様に、繋いだ手にびりっと走る 「驚き」。
しまった 読めるんだ
慌てて手を離す。少年は、振り返った柳木の視線をふいと躱した。
「あ … っと。悪い
「違くて
「唯の、例え
自分でも何を言っているのか分からない。抑々
あ、そうか
耳が聞こえないんだよな
言葉を伝えるには ―
ちろ、と少年が此方を見る。柳木が何か言っているのを雰囲気で感じたのだろう。
極力目を合わさない様にしながらも 少年はボールペンを差し出してくれた。
先端を掴む。
御免
逃げる事でもないよな
あんまり恥ずいからさ
サイレント劇
柳木の顔を見る目に、冷淡な色が浮かんだ。
狙い通り。
少しばかり胸が痛んだが 苦悩の地獄に落とされる未来は回避した。自身の行動が招いた惨事とは言え 煩わしい感情に振り回されるのは真っ平だ。人付き合い等、精神の消耗でしかない。
唯
其の直向きな目に映る世界を 同じ様に見てみたかった
其れだけだ。其れ以上の事は求めていない。
心を逃がす為に 波風立てない人生を歩む為に
自身の口は嘘を吐く。
手を離そうとした 瞬間
『作り笑いすんな
『全然恥ずかしくねーし』
え …
其の目に視界を奪われ 躰は「声」に魅入られた。
え?え?!
声 … !
柳木のリアクションを受けた少年は 満足気に、にやりと笑う。
『強引に攫って来たからには、責任取ってくれんだよな?』
蛇に睨まれた蛙 ―




