EP94 遠距離戦争。
タブレットは、空から刺す光に照らされている。
2、3メートルほど離れていて、頑張れば届きそうだ。
落差は2メートルもないくらいだ。
「……待って!」
「うわぁ!?」
ミライの叫びの後、首を掴まれ、勢いよく元へ戻った。
「まだ、あいつがいるかも。少し音がする」
耳元でミライが囁くと、フィエールが考え込んだ。
斜め下にある瓦礫のその隙間。
あいつからは見られることはないが、この光にあたれば、居場所がバレてまうかもしれない。なんせ、今も攻撃を続けているから。この、半径100mの大穴を、上から順に破壊している。
その度に振動が凄まじく、立つことすらままならない。
私はこのまま死ぬのだろうか。そう思った矢先、空には一つの飛行船が見えた。鯨の様にでかい図体は、下部に小さな木製の部屋がついている。とても一般的な飛行船であるが、軍事用である。そのためか、速度は速く、時速400kmくらい出ているんじゃないかと思った。
……あれなら、上空から攻撃できるし、逃げることもできるかもしれない。
とりあえず、あのタブレットを。
「ミライ。あのタブレットを取ったら、どうにかして上に行こう」
「わかった。でも、どうやって上に行くの?30mはあるよ?」
「二人が同じ瓦礫に乗ってくれれば、私が下から蹴り上げ、タイミングよく着地すれば上に着くはずだ。しかしその場合、二人……ミライもユズもタイミングを合わせないといけない上に、地上に着いた後、全速力で走らなければならない」
「そっか……フィエールさんは?」
「私は、蹴り上げた直後にジャンプでそちらへ向かう。心配するな。これでも勇者だ」
「……じゃあ、私は賛成」
「ミラ……私も」
ミライが顔を赤らめる。おそらく、家族の前では一人称が「ミライ」なのだろう。
冷たい風が吹き荒れる。
爆破の影響か、地下のためか、それとも終焉のためか。理由はわからないが、とにかく不快な風が吹く。
やるしかない。
もう別の方法などない。
最悪の場合、生きてさえいれば良い。彼に会えれば。それで良い。
「フィエールさん。任せた……」
「ああ」
瓦礫の上に二人でしがみ付き、フィエールが一度少し高く上げる。下から蹴り上げるため、最小の動作でこなす。
瓦礫の下にフィエールが入り姿が見えなくなった直後、瓦礫と共に、空高く舞い上がる。
その高さはちょうど穴と地上の境目と同じ。ホームと電車の隙間くらいは空いているが、仕方のないことだろう。
二人で息を合わせて、地上へ飛び乗る。
数秒後にはフィエールがやってくるのを確認し、急いで破壊を免れた建物へ逃げ込む。
崩れそうな建物は時々悲鳴を上げるものの、あと数十分は持ち答えそうだ。
「なんとか逃げれたね。……ところでそれは?」
「ああ、これ? よく分からないけど、知人のタブレット。開けるかな……」
電源ボタンっぽいのを探して、持ち手の部分に一つ見つけた。押すと、しっかりと電源がつく。
起動音もなく、パスコードもなく。開くとすぐにホーム画面へ辿りついた。
「ユズ。それは?」
「あ、フィエールさん」
フィエールが合流。そして同じ説明をし、再びタブレットの操作へ移る。
〈一件のメッセージがあります〉
りあ
和人様! ユズさん! 大丈夫ですか?
地球から連絡しております! 大丈夫なら返事を!
「りあ」と言うのは、クレリアのアカウント名だろう。可愛くしやがって。
メッセージを開き、返信しようとすると、画面が暗くなる。
電池切れかと思ったが、そうではなく、クレリアのアイコンとともに受信と拒否マークがでる。
電話だ。遠く離れたところでどう行なっているのだろうか。
「……受信……っと」
『和人様! ……あれ? ユズさん?』
「うん。ユズだよ。ミライもフィエールさんもいる」
『……和人様は?』
震えた声が、スピーカーからもはっきりと聞こえる。言いたくないけど、言うしかない。
彼はもう。死んでしまったと。まだ戻って来ない上に、どこに戻るかも、記憶があるのかすらわからない。
「……もう。彼は……」
『分かりました……ですが不老不死なのにどうやって? 生き返るんですか?』
「明確には死ではないらしい。幻想っていう、別次元に囚われるらしいよ。体が消えた場合ね。消えなくても、幻想は起こるらしいけど。」
だんだんとクレリアの息遣いが荒くなるのが分かる。スピーカーを通しているのだから、相当だろう。
『ユズ。一つ聞いても?』
珍しい呼び捨て。タメ口。怒りなのか、哀しみ由来なのか。
「いいよ。何?」
『……和人様を殺したのは?』
「名前はわからないけど、魔族。キエラ?皇女に偽装してて、めっちゃ強かった。和人も、一瞬で首が弾け飛んだくらいには」
『もしかして、ラザニアの事でしょうか?』
「イタリアの料理?」
「ラザニア……って言うのは、世界で最も恐れられる魔族の一人だよ。この世界の半分を消し去ったと言われてる。昔、この地も、同じようになったんだ」
ミライは優しく教えた。美味しい方のラザニアではなかった。
「……勝てるはずがない」
私は、クレリアと同じように息が荒れた。
想像以上の不安、圧力、怒り、憎しみ、哀しみ。多くの感情が、胸を深く貫いた。
数秒間。全員。黙り込んだ。
「クレリア。お前は何を考えている」
フィエールの鋭い目は、電話でも効果を発揮した。
『……勝つ方法。ですね』
「ど、どうすればいいの? 何かできることはある?」
慌てて聞くと、クレリアは、落ち着いた声で答えた。彼女の中には、確実に勝てると言う自信があった。
『遠距離戦争。ですね。私たちもそちらへ向かいます。それほど遠くありませんので、数時間で着くかと。その後、三人を引き取り、また上空へ。そこで戦争を仕掛けます。また、他の母船もそちらへ呼びますので』
「……分かった……私たちの場所。分かるの?」
『はい。そのタブレットに仕込んであるので、絶対に離さないでくださいね』
そう言った後、電話はすぐに切れた。
行こう。できるだけ遠い場所へ。
戦争で、世界を救おう。




