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第五十二話 知らぬ間に根回しは済んでいたお話


 

 王子だと勝手に思い込んでいたパーシャックが、実は王女だった。

これは自分だけの衝撃展開であって、工房の女性陣はずっと前から、というかこの反応は最初から知っていたっぽいな。



 たださ、言い訳をするわけじゃないけど俺も怪しいと思った場面はいくつもあったんだよ?

 その中でも一番おかしいと思ったのは、好感度を上げるためにパーシャックとデートをしなさいって『天の声』からの指令。


 

 あいつを助けることに夢中になりすぎていたとはいえ、衣装チェンジとメイクアップをしたパーシャック(かわいい女の子)を見た瞬間、同性だと思っていてもドキドキさせられていたのだ。だけど俺はあの時気づくことが出来なかった。

 なぜだろう……?  

   

 

「にゃふふふふ」

 考え事をしているのに、こんな感じでずっと俺をからかい続ける駄猫がうっとうしい。

 俺を見ながらニヤつくシエラにイラっと来たので、鼻を強めにつまんでやった。



「ふにゃっ」 

「こっちを見てニヤニヤするな」

   


「静かにしていろ」

「あ、すいません」

 

  

 『婚姻の儀』は厳かな雰囲気のまま進行している。なので、それを妨げた俺たちは後ろのユークリッドさんに怒られてしまった。当然である。


  

「何をやっておるのじゃ二人とも」

「ごめんなさい」「ごめんにゃさい」

 


 人の世俗に疎そうなライオットが一番大人の対応している。えらい! 

 というか落ち着きのない大人でごめんね……。

  


 じゃなくて! 大人として情けない事はこの際置いておいて。

「二人とも何か企んでない?」

 前を向いたまま両隣の二人だけに聞こえる声量でずっと気になっていたことを聞いてみた。

 


 大遠征中、俺に黙って二人とも何か隠し事をしていたくさいんだよな。俺をハブってパーシャックと内緒話している場面を何度も見たし。



「ナンノコトじゃー」

「キノセイにゃー」 



 なんだよ、その気の抜けた返事は。

 怪しい。怪しすぎるぞ。


 

 気になっていることはほかにもある。

 この『婚姻の儀』に参加している一般人って俺たちだけなんだよね。

 場違い感がすごいよ。

  

  

 ここにいることが許されているのは、政治の重鎮や、大商人に、王国軍の団長以上の面々等々、両国に貢献し名の知れた方々とその従者達だけ。

 そうそうたる面子の中で、友人兼小間使いの枠で出席できているのはやっぱりおかしい。



 これがパーシャックの粋な計らいだとしても、親族ばかりが固まっていて、二人のやりとりが間近に見られるこんな良ポジションに配置してもらえますかね、普通。

 俺はこの謎の好待遇に誰かの思惑が隠れているのではないかと睨んでいるよ。



「本当に何も隠していないんだな?」

「ナイノじゃー」「ナイにゃー」

「そうですか」

 これ以上聞いても教えてくれなさそうなのですぐに諦めた。俺の思い過ごしかも知れないしね。



 俺たちの中ではなんやかんやあったけど『婚姻の儀』自体は何の問題もなくプログラム通りに進んでいった。

 残るは両国があがめる神に誓いを立て、二人を晴れて夫婦とする、そんなクライマックスもクライマックスな場面だ。



 そこに一目でわかる上等な素材で織られた司祭服に身を包んだ女性が、ゆったりしたペースで、祝福の場へと歩いてきた。



「あの子が史上最年少で大司祭に『聖選』されたという『聖女さま』か」

「初の女性大司祭が派遣されたと聞いて心配だったが、なかなかどうして堂に入っている」



 確かに周りの出席者の言うとおりだった、俺とそんなに年齢が変わらないように見えるのに、まとっている雰囲気で一見してただ者ではない事がわかる。



 スポットライトを浴びているわけでもないのに、彼女の足跡すべてがその場で祝福されていくよう錯覚してしまうほどの神々しさに、思わず「すげぇ……」と声が漏れてしまったほどだ。

 


 俺以外にも感嘆のため息や、称賛の声が聞こえてくる中で、ライオットが急に口を開いた。



「そういえば」

「うん?」

「これはパーシャックが望んだ婚姻なのかのう?」

 


 うっ。

 ライオットめ、俺が考えないようにしていた事をズバっと言いやがって。



「そうじゃなかったとしても、王族同士の婚姻では珍しいことじゃないだろ」 

 求められた答えがわかっているのに、こんな事しか言えなかった。

「ふ~む」



 そっけない返事で打ち切られた会話は、俺の本心が見透かされ、それを責められているようで居心地が悪い。



「にゃーは結婚の相手くらい自分で選びたいにゃ~チラッ」 

 今度はこっちかよ。



「二人のためにこれだけの人が集まっているんだぞ? いまさらそんな事言ってもどうしようもないだろ」

「ふにゃ~」



 二人の会話が意図していることは、コミュ障をこじらせて深い人間関係を築く事を避けてきた俺でも流石にわかる。

 カイル王子がまっとうな人間で、パーシャックの事を幸せにしてくれる奴だったらこういう会話は生まれてはいないだろう事も。



 俺だってカイル王子に思う所はあるのだ。

 ライオットを自分の所有物にしようとしたり、戦場で手柄を横取りしたりと問題行動をリアルタイムで何度も見せられてきたからな。

 

 

 だからこそ、権力を笠に着て好き勝手やってきたあいつが、ここに来て突然、心を入れ替えてパーシャックを幸せにはしてくれるとは到底思えない。

 ただ、そう思っていても国同士が決めた強固なルールの前に、いまさら俺一人が異を唱えたところでどうしようもない事もわかっているのだ。



 

 パーシャックの幸せを望んでここまできたのに、このままではそうはならない事を理解しているのに何もできないでいる。俺はなんて無力なのだろうか。

 


「パーシャックはにゃーにこう言ったにゃ」

「な、なんだよ」

 


「にゃー達を大遠征に呼んだのは一つの賭けだったと」

「賭け?」

 


「ある人に出会ったとき、これからの閉ざされた一生を、自分の運命をこいつなら変えてくれるかもしれない! って。だからこそ――」

 


 話の途中でシエラが急に黙ってしまい、『うん? どうした?』と思って視線を追ってみたら思わず「えっ」と言葉が漏れた。



 視線の先では会場にいるすべてのものに不快感を与える愚行を、カイル王子が今まさに行っているところだったからだ。



「君、初めて見る顔だけどかわいいね」

「え?」

「そうだ! このまま三人で『婚姻の儀』って事にしちゃわない? なぁなぁいいだろ?」

 


 『婚姻の儀』の最中に他の女性、あろうことか大司祭にプロポーズをしているバカがいた。ありえなさすぎる。こんなくそ野郎、物語の中でも見たことも聞いたこともないぞ。


 

 声をかけられた大司祭はあまりの事態に、完全に言葉を失って固まってしまっている。

 それとは逆に出席者側ではざわめきがひどくなってきていた。



「あの、バカ王子が! 聖女様になんたる無礼なことを」

「ルナールの恥さらしめ」

「厄介者を減らすならミレイユ王女からにしろと、私は何度も言ったからな!」

「なぜここに来て我慢が出来ない。あいつは昔から……ぐぅ、胃が、誰か薬を持ってきてくれ」 



 周りの出席者も顔をしかめ、不快感をまったく隠そうとせず、口々に言いたいことを言っていた。ほぼルナール王国側の人間だろうが、カイル王子に対して腹に据えかけていたものがあった事がこれでわかる。 

 


 こんな常識も思いやりもない人間にパーシャックを渡していいのか?

 いいわけあるか!

 体の芯から、居ても立っても居られない気持ちが無限に湧いてくる。 

 だのに色んな感情で気持ちが揺さぶられているというのに、その先の行動が起こせない。

 


 『婚姻の儀』をどうにかして妨害してやりたい気持ちがあるが、やったとしてそれからどうする?

 グロリア王国はともかく、ルナール王国の面子をつぶしてしまうのだからただで済むはずがない。世話になっているマクシミリアン親子にも迷惑がかかってしまうはず。それは困る。


 

 自分がパーシャックを助けた場合のリスクばかり浮かんできて、手が震えた。

 どんなリスクが待ち受けようが、大切な人のために即行動できる人間でありたい。そう思っているのに、人の生き死にじゃない場合、本当に自分のやることが正しいのか判断ができねぇよ! 

 

 そもそも自分が動いた場合本当にパーシャックを助けたことになるのか? あいつは望んでいないかもしれないだろ? 

 


 パーシャック、お前の本当の気持ちが知りたい。

 お前が望むなら俺だって、きっと未踏の一歩を踏み出せる――



 バカ王子と大司祭とのやり取り後、見ないようにしていたパーシャックに視線を向けた瞬間、目が合った。

 そこにはうるんだ瞳からこぼれそうな程の大粒の涙が浮かんでいた――

 

 

 それを見た瞬間、俺は心の底から叫んでいた。

「その婚姻の儀、ちょっと待ったー!」

 


 やった、やったぞ、やってしまったぞ! 

 今までの俺だったら出来そうにない事をやってやったぞ! 心臓は早鐘のようにバクバク脈動している。アドレナリンとかドクドク出てそうだなこれ!



 直後ざわついていた会場がさらにざわつき、視線はすべて俺のもとに注がれているはずである。それだけのことをやったのだから当然だ。

 賽は投げられた、ここから後戻りは一切できない。



「で、出たー! ちょっと待ったコールにゃー」 

 なんでお前はそんな古い事知っているんだ、じゃなくて。


 

 ここまで来たら躊躇している暇なんかない。俺はパーシャックのもとへ駈けつけて、無言で手を伸ばした。それに即反応したパーシャックの体を引き寄せる。



「おせーよ」

 そう言って泣きじゃくるパーシャックに胸が痛んだが、心のケアは後にする。ここからずらかるのが先だ。



「待たせたな。呆気に取られているうちに逃げるぞ」

「わかった、だけどその前に」

「その前に?」


 

 パーシャックは「ほへ?」と呆けているバカ王子のもとへつかつかと歩み寄ると、スカートを少したくし上げてから呆然自失状態のカイル王子の股間に向かって蹴りをかました。



「あんぎゃー!!」

 手加減一切なしの見事な振り抜きにより、カイル王子は会場全体に響く声で絶叫した。

 男は絶対今の耐えられんよな……。

  


 カイル王子はプロボクサーがボディにカウンターをモロに食らった時のように、膝から崩れ落ちていった。そして泡を拭きながらピクピクと小刻みに震えると、股間を抑えながらうずくまってそのまま気絶したように動かなくなった。

  


「あースッキリした! いくぞ」

「お、おう……」

 王子の横をすりぬけ、会場の全員が呆気に取られている間に出口へ猛ダッシュをかます。



 未来のことはわからないが、未来のことは未来の俺達がどうにかしてくれるはず。

 頼んだぞ未来の俺達! 



「なななななな、なにをしているんだぁぁー! そいつらを早く捕まえろ!!」

 出口ももうすぐというところで、ようやく我に返ったバカ王子の取り巻きの一人から兵士たちへ命令が下る。

 


 もう少しで外へ出られたのに、その一声で出口付近には重装備の兵士が何人も控えていた。

 これをすり抜けるのは相当厳しい。

 ルナール側のメンツもあるのだ、まぁただでは行かせてくれないよな。

 


 さて、どうしたものか。

 ダイナマイト刑〇のようにタイミングよく、両足の間へ向かってスライディングをするか? いやいやそんな事やったこともないし、出来るわけがないだろう。なら、どうする? 万事休すか? 考えろ、考えるんだって、あれ……?



「カイルサマニナンテコトヲ、ウォーゼッタイニ、ニガサンゾ~」 

「ソッチダ、ソッチニ、マワリコメ~」

「アア、ニゲラレルゥ~」



 これは一体?



 どれだけ重いものを着こんでいようが、戦場ではあれだけ機敏な動きを見せたルナール王国の精鋭たちが、まるで初舞台を踏んだ大根役者のようだった。



 強烈な違和感を覚えつつも、俺たちは兵士たちの間を楽勝ですり抜けていく。

 俺たちを追っかけてくる兵士たちは、その後もまったく統率がとれておらず、ゴチャゴチャと一気に出口に集まるものだから、鎧同士がぶつかって皆派手に転んだ。

 

 

 戦場での雄姿を見た後では考えられないような失態だが、さすがに何が起きているかすぐ気づきましたよ。

 それを裏付けるように何人かの兵士たちが、倒れたままの体勢で俺たちに向かって親指を立てているのが見えた。グッドラックてなもんでしょきっと。



 俺たちのためにみんなありがとう。 

 泣き笑いしているパーシャックの手を引き、無事会場を後にすることが出来ました――



 パーシャックに導かれるまま連れていかれたのは、グロリア王国の領事館だった。そこでは『婚姻の儀』に反対だった人々が勢ぞろいしていた。大体がグロリア王国の人間だが、ルナール王国側の人間も少数いて、自分は全く悪くないのに王子の大失態に対して頭を何度も下げていた。

 


 これからのことを考えるとのことで、長い会議が開かれるらしい。

 ひとまず俺とパーシャックはここから離れることにした。



 目的も会話もなく二人で廊下を並んで歩いていると、突然パーシャックが立ち止まってこう言い出した。



「アキラ、みんなが寝静まったらあとでここに来てくれないか?」

「わかっ――」

 俺が返事をし終わる前に、パーシャックは手紙を渡すと同時に走り去ってしまった。

 


 耳まで真っ赤にして何を伝えたかったのだろうか?

 気になった俺は、渡された手紙の封を開き中身を確認する。

 


 そこには『今夜、最上階にある一番奥の部屋に一人で来て欲しい。くれぐれも一人で』と書かれていたのだ――



 



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