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第十三話 鍛冶屋の未亡人と幼馴染の令嬢


 武器を作った事で魔王軍が訪れる事を危惧していたがそんな事もなく平穏な日々が続いていた。

 今日で異世界に来てから一週間が過ぎていた。

 体が癒えてからの俺は、朝は早く起きてサーニャさんの仕事の手伝い、それが終わればシエラの面倒を見る。なれない事を一生懸命やっていたら時間が過ぎるのはあっという間だ。

 


 そういえば、シエラの武器を作ってからは俺個人で武器を作らせてもらっていない。

 色々理由はあるのだろうが、体力無なすぎ、材料費かけすぎで採算が合わないと判断されたことが主な理由らしい。

 


 体力はともかく、コスパならいいはずなんだがなぁ。

 どこでも手に入る素材で、百八本ほどしか存在しない一級品の武器を作れたのだし。

 


 ただ、これは俺にしか聞こえていないシステムメッセージからの情報なので、聞こえない人に納得してもらうのは難しい。

 素人冒険者のシエラに、あの武器で戦果を上げてもらえれば説得力も増すのだろうが、それは非常に難しそうだ。

 武器の持ち主が冒険者として『アレ』な感じなので――

 


 俺は『アレ』こと猫娘シエラを見つめる。

 あの日精神的なショックから立ち直ったシエラは毎日ニコニコ笑顔で幸せそうだ。それ自体はいいことだと思うけど、ここの生活が快適すぎるようで冒険者として重要な緊張感が皆無になってしまった。

 


 例えるなら、野良猫が家猫になったことで野生をすっかり失ってしまった感じ。

 せっかく強力な武器を作ったのに宝の持ちぐされ状態なわけです。



 そのシエラは今、冒険もせず何をしているかというと、マクシミリアン家の家事全般と、工房のお使い役を担っていた。

 サーニャさんは職人見習い=徒弟として雇ったつもりだったが、そうはならなかった。なぜならシエラは極端な熱がりで厚着をするのを嫌がり、火傷防止の厚手の革エプロンすら着用できなかったのだ。無理やり着せるわけにもいかず安全面を考慮した結果、今の役割に落ち着いたのだ。



 ただ、意外とこれが功を奏した。

 シエラは鼻が利くので食材選びがうまく、自分の好きな食事の事だと力を発揮するタイプだった。同じ食事当番のユイリちゃんと仲がいいので毎日楽しそうに料理をしている。朝にとにかく弱いのが難点だが、主に朝はユイリちゃんが、夜はシエラが担当する事でうまくやっていた。



 買い物も以前のように騙されてぼられたりしないか心配だったが、『マクシミリアン工房の使い』の肩書きが周りに伝わっていたのでそんなせこい事をしてくるお店はこの国には一軒もなかった。というか、男の店主からよくおまけをもらって帰ってくる。見た目だけはいいからな……。



 みんなこれをきっかけにしてシエラにちょっかいを出したいのだろうが、バックにサーニャさんが控えているのでそこどまりだろう。それを分かった上で任せているのだとしたら繁盛しているクラブのママ並の名采配です、サーニャさん。



 これがシエラが仲間になってからの日常。

 現実世界に戻る計画は遅々として進まないが、まずはじっくり足場を固めることに専念する。もう一週間以上たったけど、まだ慌てるような時間ではない。魔物と戦えない自分にはこれくらいがちょうどいいはず。



「朝ご飯できたよ~」

 工房にユイリちゃんの声が届く。

 早朝の仕事は炉に火を入れずに、武具の補修がメインなので朝食が出来次第休憩時間となる。



「もうこんな時間か。私は先に汗を流してくる。お前はシエラを起こしておいてくれ」

「頼まれました!」 



 仕事道具をしまい、軽く体を叩いて埃を落とし、二階にあるシエラの部屋へ向かう。

 朝が弱いシエラは朝食の時間に自力で起きる事は稀。だからこうやって起こしてやらねばならない。



「入るぞー」

 無駄だと分かっていても女性の部屋なので一応声をかけて部屋に入る。



 うわぁ……なんてだらしない格好をしているのだろうか。

 薄いかけ布団は蹴っ飛ばしたのか、ベッドの下へずり落ちている。

 


 上下共に下着が丸出しで、そこから見える肢体は一人の女性として美しく扇情的に見えるが、もっと上に視線を移すと、口を大きく開けてよだれを垂らしながら「ふにゃにゃ……もう食べられないにゃ~」と色気のないことを言ってたりするので全て台無しである。



 にしても、これで以前は冒険者だったっていうんだから色んな意味で恐ろしい。

「シエラ起きろ。朝食の時間――」

 『朝食』の単語でシエラは一気に起き上がる。お前はチャ○チュール好きなうちの猫か!



「ご飯の時間にゃ! あ、アキラおはようにゃ」

 ご飯のついでみたいに言うなっての。 

「おはよう……服ちゃんと着て来いよ」



「にゃーは気にしにゃいっていつも言っているのに」

 シエラは下乳に手を当てて挑発するように見せ付けてくる。悲しいかな、冗談だとわかっていてもそういう事されると息子が即座に反応してしまうのでやめて欲しい。これも十五歳の体になった影響か。



「男の目があるんだから気にしなさい! 先行ってるぞ」

「ふにゃ~」

 女性優位なこの家でこの生理現象のままは不味い。顔でも洗って気を静めてこよう。



 一階へ降りていくと、ユイリちゃんが知らない女性と話しをしていた。

 笑顔でその人と話しているので、盗み聞きにならないよう目的地である洗面所へ向かおうとすると「本当にここはいつまでたってもボロっちい家ね! こんなところに住んでいる人の気が知れないわ!」

 


 とか割と大きめな声で失礼な物言いが聞こえてきてしまった。家主怖い人だからボリューム下げません?



「そんな事ないよぉ。ユイリ毎日楽しいよ?」

 自分の家や、家族の事を悪く言われてもユイリちゃんは嫌な顔ひとつ浮かべる事は無かった。

 我慢しているといった感じもないし、この人とどういったご関係? 


 

「あなたはここでの貧しい生活しか知らないからそう言っているだけ。幼いあなたが家事をする必要なんて無いのよ? 家の事は全てメイドにやらせればいいの。悪い事は言わないからうちにいらっしゃい? 将来のために高等な教育をうけさせてあげられるし、子供らしい生活だってさせてあげられるわよ」

 


 一気にまくし立てる女性の後ろに控えていた黒服の男女二人組もうんうんとうなって、女性の主張を後押しする。この人たちは朝っぱらから一体何しに来たのだろうか。



「どうしたにゃ?」

 遅れてやってきたシエラがひそひそ声で俺に聞いてきた。

「俺もよくわからないけど、知り合い同士ではあるみたいだ、って!? なんで服を着てこないんだよ!」 あれだけ言っておいたのに下着姿のままで食事する気だこいつ。すぐ膨張してしまう俺の息子に配慮しろっての。 



「そこにいるのはどなたですの!? 立ち聞きとは無礼な!」

 やべっ見つかっちまった。

 見つからないように嵐が過ぎ去るのを待っていたのに。



 バレては仕方ない。サーニャさんの取引相手かもしれないし、ここはしっかり謝っておこう。

「そんなつもりはなかったんですが、結果的にそうなってしまいましたすいません。俺たち二人ともここで働いている者です」

「んにゃー」

 そう言って前に乗り出して来ようとするシエラ。お前のその格好で出てこられたら話がややこしくなる。

 


 視線を前方に向けたまま、後ろ手でシエラの腰をつかみ自分の背中へ隠す。

 シエラの色っぽい声が聞こえたが無視。



「おかしいですわ! ここで働いていた者たちは既にいないはず――」

「新しく雇ったんだよ。ペルシア、相変わらずうるさいなお前は」

 この場を綺麗に納めてくれそうなサーニャさんがやっと来てくれた。



「また呼び捨てにして! 私はあの! ハミルトン家の令嬢ですのよ! 下々のものは様をつけなさい、様を!」

「28にもなって嫁ぎ先のないハミルトン家の厄介者なくせに、なーに言ってんだか」

「嫁ぎ先が無くなったのもあなたのせいでしょうがぁぁぁぁぁ!」

 


 ああぁこれはひどい。

 いい大人が子供の前で取っ組み合い始めちゃったよ……。



 黒服の男女二人組はうんうんうなっているだけで二人を止める気配がまったく無い。二人ともそれがお仕事なの? それとも上流階級の人たちってこういうものなの!? 

 てかさ、お腹減っているしそろそろやめて欲しいんだけど……。



 こんな修羅場を止めることができるのはただ一人。

 純真無垢で、かわいい幼女のユイリちゃんだけだ。

「みんな揃ったし、ペルシアさまもお食事一緒に食べよ?」

 


 文字通りピタッと喧嘩が収まった。気がそがれたのかもしれないし、みっともないと自覚したのかもしれないが、鶴の一声ならぬ幼女の一声の効果絶大である。すげぇよ。



「………………食べていきます。それと『さま』はいらないわ。私の事はペルシアお姉さんって呼びなさい」

「うんっ! ユイリ、ペルシアお姉ちゃんの分も用意してくるね」

 


 喧嘩が止まった喜びか、ペルシアさんも一緒に食事に混ざる事がうれしいのか満面の笑みを浮かべ台所へ走っていくユイリちゃんまじ天使。



「お姉さんって年かよ……」

 もう! ユイリちゃんのおかげで収まったんだから、余計な事言わないでくださいよサーニャさん。



「ふん、その手には乗りません。ユイリの作った食事が待ってますから」

 ペルシアさんが食堂へ向かうと、黒服の男女二人組も無言でその後を追っていった。

「ちっ」



「今の何だったんです?」

 機嫌の悪いサーニャさんに質問するのは勇気がいったが、サーニャさんは一息つくとすんなり答えてくれた。



「あいつはペルシア・ハミルトン。公爵家の次女で私の幼馴染なんだが……あることがきっかけで顔を合わすたびにこんな調子でな。ま、お前達が気にする問題じゃない。食事の時間だ、先いくぞ」

「はい……」「んにゃ……」



 これからユイリちゃんのおいしい食事が待っているというのに俺も、シエラも元気がなくなってしまった。たぶん理由は同じな気がする。

 衣食住を共にしていても、まだ分厚い壁がある事がわかってしまって少し落ち込んでしまったのだと思う。短い付き合いだから当然っちゃ当然なのだけれど、こういう距離感での同居が初めてだったから少しばかり勘違いしてしまったようだ。


 

 信頼はこれから地道に積み重ねていけばいい。そう心に誓ったところで、俺はしんみりとしているシエラに声をかけた。

「シエラ……」

「んにゃ……」

 目と目が合う二人。ここでかけるべき言葉はみんな一緒だと思う。

 でも、あえて言わせて欲しい。



「ちゃんと服着てこい」

「しつこいにゃ……アキラはにゃーのかか様かよ」

 俺の一言でぶつぶつ言いながらも、シエラは階段をあがっていく。

 


 しかし、数段あがったところでシエラの足音が止まる。

 不思議に思って振り向くと、今度は逆にシエラから声をかけられた。

 ニヤニヤしていてなんだか悪い予感がする――



「アキラはにゃーが着替えてくる間に、その股間のテントをどうにかするにゃよ?」 

 ははは、こいつめ~。

 俺は怒りを内に秘めたまま、げん骨でも見舞ってやろうと笑顔でシエラを追いかけた。

 


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