第十四話 令嬢と工房と大酒飲みのソノサキ
初めて会ったあの日からペルシアさんはお供二人を伴って毎朝工房へやってきて、俺達工房の面々と一緒に朝食を取っている。
何かしら目的があってのことだろうに、食後サーニャさんとひとしきり口喧嘩するとその後は何事もなかったように帰っていく。
そして最新のペルシアさんはこんな感じだった。
「ペルシアお姉ちゃんまたねー」
ユイリちゃんには笑顔で手を小さく振って応え
「もうくんなー!」
と怒りを露にするサーニャさんには無言で中指を立てて応戦し、そのまま二人は子供のいる前で取っ組み合いを始めてしまった。
毎朝毎朝飽きないのだろうかこの二人は――
「二人とも、休憩の時間だ」
「はい」
「んにゃー」
倉庫整理をしていたシエラも休憩に加わり、三人で休憩の時間だ。
日中の暑い時間帯での力仕事の時は、熱中症対策もかね、こまめに休憩をとっている。
三人で水分と塩分を少しとって日陰で休むこの時間、結構好きかも。
凝り固まった体をストレッチでほぐし、のどに水を流し込むとようやく一息つく。
そして何をするでもなくボーっと空を眺めているとサーニャさんが
「二人とも今日の晩酌にちょっと付き合え。話したいことがある」と声をかけてきた。
「え?」
「にゃーは大歓迎ですにゃ~」
シエラは何も考えてないから即決だったが、俺は唐突な提案に言葉が詰まった。
少ししてペルシアさんのことで何か話したいことがあるのだろうと気づき
「わかりました」と返事する。
素面じゃ話せない内容なのだろう、少し気構えちゃうな――
晩酌の時間。
前回の晩酌では飲ませてもらえたのでコップを人数分用意したら「お前未成年だろ」とド正論を吐かれ、今日は飲ませてもらえなくなった。
深刻な話だろうから少しアルコール入っているほうがよかったのになぁ……。
成人済みと言い張るシエラは晩酌に付き合うことになったのだが、お酒を一舐めすると即酔っ払って顔を真っ赤にし、そのまま机につっぷして寝入ってしまった。
お前弱点多すぎるだろう……。
「こんな酒に弱い奴はじめて見たよ」
「……俺もです」
水を飲みに下りてきたユイリちゃんにシーツをかけて貰ったシエラは起きる気配がまったくない。
一人で話を聞かないといけないのか、気が重い。
そんな俺の心情に気づいたわけでもないだろうけど「ユイリも付き合う!!」とユイリちゃんが大人の集いの加わろうとしだした。
元々俺とシエラ、二人に話したいことだったろうから、サーニャさんはちょっと困り顔。
だけど「そうだよな」と小さく呟くと愛する娘の髪をくしゃくしゃになるまで撫でてから
「ユイリも工房の一員だもんな」と言って許可した。
「きゃー。やった!」
大人の会話に混ざれることになったユイリちゃんはとてもうれしそうだ。
「楽しいねぇ!」
「う、うん」
俺の前の席に座って目をキラキラ輝かせているユイリちゃんを見ていると少年時代を思い出す。
いつもなら寝ている時間に起きているだけで楽しいんだよね。そんな時期俺にもあったな。
「――あいつはさ」
「へ?」
唐突に本題に入られたものだから素っ頓狂な声を上げてしまった。
「あ、すまんすまん。ここんとこ毎朝来るペルシアの事だよ」
それしかないでしょうね。
「ペルシアさんがどうかしたんですか」
想定内の話題だったために無難な返しをする。
サーニャさんは新たにお酒を注ぐとそれを一気にあおり、改めて話し始めた。
「ペルシアがさ、毎朝やってくる理由ってなんだと思う?」
うーん……どう答えたものか。
少し考えるフリをして
「ユイリちゃん大分懐いてますし、それがうれしくて会いに来ているとかですか?」と答えた。
まったく見当違いな事を言って話の続きを待つ。
………………なんなのこの間。
サーニャさんが無言でお酒をつごうとしたので、あわてて自分がサーニャさんのコップにお酒を注いだ。気持ち、量を少なめにして。
「悪いな」
「いえいえ。本当の理由は一体何なんですか?」
酔ってきたのか、酔ったフリをしているのか、うつむいて眉間の辺りを揉み解し始めるサーニャさん。そんな話しづらいことなのか……俺はさっきから緊張しっぱなしで手汗がひどいです。
「ペルシアはさ、私に縁談の話を持ってきているんだよ」
「「ええぇぇぇぇ!?」
ビッグインパクトすぎて椅子から立ち上がる俺とユイリちゃん。
って家族であるユイリちゃんも知らなかったのかよ。
「まぁ、そうなるよな普通」
言葉が出ず、うんうんとうなづく俺とユイリちゃん。
「ただの縁談、って訳じゃなくてな……この工房の行く末にまで及ぶ重大な話なんだ」
サーニャさんの縁談が工房の行く末に関わる。一体どういうことなのだろう。
「お前、この工房に他の職人がいないことを不思議に思ったことはないか」
「……あります」
今使っているこの広い木製のテーブルには八脚の椅子がある。
最近ここで住み込みで働くことになった俺とシエラを除くと、亡くなったとだけ聞かされているユイリちゃんの父親の分を合わせても五脚余分に椅子がある計算になる。
一緒に食事を取るほどの親しい間柄――俺たちと同じように住み込みで働いていたであろう職人が五人いたと考えていいはずだ。
「以前はいたんだよ。それがあんなことが起きて以来…………」
「…………」
さっきまで楽しそうにしていたユイリちゃんも一緒に黙ってしまった。
心のかせを取り払うためか、さらにサーニャさんはお酒をあおる。
ちょっとペースが速すぎるような。
「聖都グロリアには新旧二つの大きな鍛冶ギルドがあってな。私のマクシミリアン工房は建国当時から旧いほうに属している。そこが去年権力闘争に負けて、今まで持っていた王国軍との独占契約や税制の優遇といった利権を新しいギルド側に全部持ってかれてしまった」
負けた側からするときつい内容だが、社会でよく聞く話ではある。
「すると旧いギルドに加盟していた工房はどこも経営がままならなくなって、今はどこも火を落としている。今までの待遇にあぐらをかいていたのは事実だが、やつらの営業妨害や、やり口も汚くてな、私はそれが気に食わない!」
怒りを吐き出し、代わりに酒を胃に注ぎ込むサーニャさん。
娘の前で飲みすぎですって。
「ギルド間の軋轢はわかりましたが、この話とサーニャさんの縁談がどうやって結びつくんですか?」
相手のやり方は知らないが、相手側も今の待遇を得るまで同じく辛酸を舐めていただろう。
工房の経営は自分のチートな鍛冶スキルで好転させられる自信があるのでここはスルー。
「……ひっく」
ん? しゃっくり?
「あってぃの、ぎるど長のバカ息子がぁ~わたひに一目ぼえをしたらしくて、わらひを嫁にもらうかわりにいままでのことをじぇ~んぶ水にながしてやりゅって…………その返答きげんがこんげつちゅうなの」
なるほど、ね。
解読に時間が必要だったがようやく理解できた。
要するに、旧いギルドを救うためにサーニャさんが犠牲になるかどうかの話を、双方の間に入ることになった公爵令嬢のペルシアさんが持ってきていたわけだ。
「サーニャさんはその話をどうするつもりですか?」
返答の分かりきったつまらない質問をしてしまった。
「あんな男いやにきまってるだろうがぁぁぁ!」
酔っ払ってはいるが、間違いなくこれがサーニャさんの本心だろう。
そうしたら自分がやるべきことは縁談を破棄させ、その上で工房の経営を安定させる事。
これが出来れば、世話になっているサーニャさんへの恩返しになるはず。
自分に出来ること――
自分の強み――
それは単純明快な答え。
相手には気の毒だが、俺のチートな鍛冶スキルを工房の未来とサーニャさんのために利用させてもらう。
「アキリャ、お前も酒をのめぇぇぇぇぇぇ!」
うわ、絡み酒
いつの間にか、俺の席の隣に移動していたサーニャさんは自分の腕を俺の肩に回して距離をゼロにしてくる。普段仕事で鍛えられていて見た目は引き締まっているが、そこはやはり女性。
出るところは出ているので、ぐいぐいと胸が当たっている。異世界に来てから禁欲生活を続けているのでこれはやばい。
逆隣ではシエラが鼻ちょうちんを作りながら「んにゃんにゃ」言っている。
俺の両隣、酔っ払いしかいねぇ!
助けてユイリちゃん!
天使に助けを求めてみたが、夜更かし中のユイリちゃんはいつの間にか眠ってしまっていた。どこまで話を聞いていたのだろうか、そこだけは気にな――――
「おらっ! アキラ! 飲めぇぇぇぇ!」
「ひぃぃぃぃ」
強固な決意でかっこよく決めたかったのだが、サーニャさんに無理やりお酒を飲まされ続け、鼻から酒が噴出するほどの無様をさらしてしまう事態に。
「いい飲みっぷりだ! よしもう一升いってみようか!」
「い、いっしょう!?」
あ、やべ、世界がいい感じに回ってきた。
明日の朝いつもどおりに起き、れる、の、か……これ
ムリダナ、ぐふっ――




