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瑞樹、異世界でたい焼きを繁盛させる。

 それから数日、わたしたちのお店は急に忙しくなった。

 変わった格好のひとたちが、たくさん『たい焼き屋 勝』に来るようになったからだ。

 あのイケメンさんから広まったのだろう、銀貨一枚でたい焼き20個が飛ぶように売れ始めた。

 わたしたちのお店はあの不思議な世界にかなりの確率でつながるようになり、口コミでそのおいしさが伝わっていったようだ。

 ある日。

 綺麗な身なりの、上質なケープを身にまとった男の人がやって来た。

 年は二十歳くらいか、亜麻色の髪に茶色の瞳をしたその人は、高貴なオーラが漂っていた。

「いらっしゃいませー」

「こんにちは、お嬢さん。ここがタイヤキを売っているお店ですか?」

「はい。ひとつ味見をしていきますか?」

「喜んで頂きます」

 その人は一礼して、わたしから半身のたい焼きを受け取った。

 もぐもぐもぐ。

 たい焼きひとつ食べるだけでも、優雅な姿だ。

「甘くておいしいですね。なるほど、あの騎士団の者たちが何もせずに立ち去っていったわけです」

「えっ……?」

「お嬢さん。私はこのタウニー国の王子です」

「えええ!?」

 わたしは大声をあげてしまった。

 王子なんて、海外や日本の皇室を拝見したことはあるけど、実際に会うことなんて絶対にないと思っていたからだ。

 王子といえば、かぼちゃパンツをはいて白タイツ!

 そのくらいのイメージしかない。

「お嬢さん。私はあなたのお店に、礼を言わなくてはなりません」

「はあ」

「最初にここへ来た騎士たちは、隣国グローリアスの者たちです。最近グローリアス配下になった我が国を視察に来ていたのですよ」

 え? え? 騎士? いつの時代のこと?

 わたしの頭の中に疑問符がいっぱい浮かぶ。王子の話は続いていた。

「最初は、たかが弱小国と、我が国をなめてかかっていたはずです。しかし! 城下町を立ち寄ったときに、あなた方の店からいい匂いがしてきたそうではないですか。入ってみたらグローリアスにすら無い珍しいタイヤキがあった。食べてみればおいしさに感動して、仲間や家族に伝えたい、この国を馬鹿にしてはいけないと思ったそうです」

「はい……」と、わたしは弁舌な王子にあいづちを打った。

「ともすれば、我が国の民に乱暴しかねない荒くれ者だっている騎士団が、このタイヤキひとつで価値観を変えてしまった! 食べてみて納得ですよ。こんなにおいしいものは、私も初めて食べました」

「あ……ありがとうございます」

 わたしは礼を言った。

 そんなに、うちのたい焼きを評価してくれるなんて。

 うれしい気持ちと恥ずかしい気持ちがこみ上げてきた。

「お嬢さん。あなたを私のデザート担当係にしたい」

 えええ?

「王子さんよ。そいつは困る。瑞樹はうちの大切な店の子だ。ここで貴賤を問わずたい焼きを作ってたほうが、幸せってもんですよ」

 話を聞いていた勝正オヤジが断った。

 ああ、ありがとう、おやっさん!

「そうですか……残念です」

 王子がシュンとして引き下がる。

「しかし、お二人には恩がある。今度、私の城で舞踏会をするので、そのときにデザートとしてタイヤキをふるまってはもらえませんか?」

「それも困る。あんたのお城に持っていっている間に冷たくなって味が落ちちまうよ。うちの店に来てくださいや」

「そうです! では、この城下町で貴賤、老若男女を問わないパーティを開きましょう」

 王子はいいアイディアを思いついたという風で、わたしたちを見た。

「このお店を中心に。我が国へタイヤキが来たことの歓迎会です。それでどうでしょう」

 えええ!? たい焼きひとつで歓迎会ってどういうこと?

 どれだけこの国の人たちはたい焼きに飢えていたんだろう。

 でも、最近の売り上げを見たって、この不思議な世界でたい焼きが大流行りしているのは分かる。

「それならしょうがねえや。みなさんにうまいたい焼きを食ってもらえりゃ、うちとしてもうれしい」

 勝正オヤジと王子との間の取引は成立したようだった。

「では、親父様、お嬢さん。これはほんの手付です」

 王子は、どさっと巾着袋をひとつ、テーブルに置いた。中に銀貨がいっぱい入っているのが見える。

 うひゃー! うれしいけど、どんだけたい焼きを作らなくちゃいけないんだろう?

「また来ます。お祭りの日にちを決めていきましょう。本当にありがとう、親父様、お嬢さん」

 王子はにっこり笑って去っていった。

 その笑顔は、あの騎士団のイケメンさんとはまた違う、品の良い微笑みだった。

「瑞樹よぉ、断っちまってすまねえな」

 くっくっと笑いながら勝正オヤジが言う。

「はあ、なにがです?」

「もしかしたら玉の輿かもしれなかっただろ」

「あああ!? デザート係って、そういう意味だったんですか?」

 わたしは今更になって驚いた。カッと頬が熱くなる。

「い、いいんです。わたし、商店街のみなさん好きですし、このお店に来れて幸せだったと思ってます。ときどきつながる不思議な国の王子さまのお嫁さんになるなんて、できませんよ」

 ちょっと惜しかったかなと思わないこともない。

 でも、勝正オヤジに告げた今の自分の気持ちに、ウソは無い。

 たい焼きを作って、お客さんにおいしいおいしいと言ってもらえるこの店が、わたしは大好きだ。

「こんにちはー」

「あ、いらっしゃいませー」

 また、お客さんがやって来た。

 どの世界のお客さんだって、うちのたい焼きをおいしいと言わせてみせる。

 そのことに集中したかった。


 数日後。盛大な歓迎会がタウニー国の城下町で行われ、町のひとたちや、グローリアスの騎士団のひとたちに、うちのたい焼きを思う存分ふるまうことになるのは。

 そして、歓迎の舞踏会でエプロン姿のまま、王子や騎士団の隊長さんとダンスを踊ったのは、また、別のお話。



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