エピローグ
第七話と同時投稿となりますが本作はこれにて完結です。いかがだったでしょうか?
たった三日間だけでしたが、本作は一日で起きたことを7話にわたって伸ばしていたのですから我ながらよく続いたものですw
もしかしたら続編も出るかもしれませんが、その時はまたその作品を読んでいただけると幸いです。
その後、金子泰清は倉内城に迫った北条軍を罠に嵌めるため、矢沢頼綱からわずか50人ばかりの小勢を与えられておとりの役目を果たし、見事北条軍を追い払うことに成功した。
この功をもって阿曾城での失態は取り消された。
だが、この八年後事態は急変する。天正十八年、小田原征伐である。
これ以後、豊臣秀吉が発した惣無事令を守る家しかなくなり戦乱の世は一応の終息を見せた。金子泰清という男はその経緯と野心と有能さから乱世では使い道があるが平和な世においては使い道がないとみなされてしまった。
突如として放逐された泰清は吾妻にいる縁者であり、厚田村の名主、一場太郎左衛門という人物のもとへ身を寄せた。
沼田の執権と呼ばれた栄光はかつてのものとなり、今は吾妻の名主の家に居候し、日がな一日を無為に過ごすだけの日々を送っていた。
いつものように川で釣りをしていると
「金子美濃守泰清殿とお見受けする」
と声がした。その声は忘れることができない男の声だった。
「…お甚殿か」
とかつて親しみを込めて呼んでいたあだ名でそういった。
「左様でござる。約定通り首をいただきにまいった。悪く思われるな」
「わかった。だが一つだけ頼みがある。」
「……何でござるか…」
「ここから先にわしが阿曾の連中を忍んで立てた墓がある。魂なんぞ入ってないからただの自己満足にすぎぬがの、アレに欠かさず供え物をしてくれ。あと、一場の連中に手は出さないでくれ」
「二つあるではござらぬか…」
「ハハッそうだな、二つじゃ。聞いてくれるか」
「畏まって候」
そして青空のもと、泰清は死んだ。伝承によれば病没と伝わる。
そして三橋甚太郎の行方は杳としてしれない。
金子泰清の追放について
本作では天正十八年ピッタリに追放処分となったとしていますが、様々な資料を読みますと天正十八年ごろから徐々に所領を削られて最終的に放逐としているものが多いようです。
もしかしたら泰清の野心を危ぶんだのかもしれませんし、沼田衆を長年まとめてきた泰清の能力を恐れたのかもしれません。ともかく、彼については具体的な生没年どころか親族として一番有名な湯呑御前すらも妹なのか娘なのかわかっていません。
ひとつわかっているのは彼が沼田家を滅亡に追いやり、甥(孫かもしれない)の殺害計画に加担し、居城を捨てて逃走し、最終的に放逐されたという外道のような生涯だけです。
彼がどういう思想をもってどのように生きたのかというのは現時点ではわかっていませんが悪役として描かれることの多い彼を主人公という形で書いてみたというのが本作となります。
皆様の心に金子泰清と沼田という言葉が残りますよう祈ってお別れとさせていただきます。
本当にありがとうございました。




