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同棲始めたら修羅場も始まった  作者: 緑樫
第3章 大人でも子どもでもない
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歳の近い先生

「……高崎たかさき先生、おはようございます」


 気を取り直し、何食わぬ顔で挨拶をする。後ろめたいことなんて、何一つないとでも言うように。我ながら完璧な所作だ。


「ああうん、おはよう。……遅刻?」


 ひとまず誤魔化されてくれたのか、彼女に怒気は感じられない。

 現代文教師、高崎柚葉(ゆずは)。見つかったのが、三澄のクラスの担任でもある彼女だったのは、むしろ幸運だったか。


「すみません。寝坊してしまって」


 胸中でほっと安堵しながら、三澄はすぐ傍の棚の上に平積みされた遅刻届を指差す。


「そっか、気を付けてね」


 軽い注意。三澄はそれに頷き、遅刻届を一枚取ってから、柚葉に一礼して踵を返した。

 職員室は、やっぱりどこか居心地が悪い。空気が薄いというか、重力が大きいというか……。


「あっ、ねぇ、佐竹君」


 一歩進んですぐ、背後から声が掛かった。

 振り返ると、柚葉がなんだか浮かない顔をしている。


「寝坊って、本当に寝坊しただけなんだよね?」


 不安げに投げかけられた問い。その口振りは、三澄の寝坊発言の裏に何かがあると疑っているかのよう。

 どうやら無駄に心配させてしまったようだ。


「はい。バイトのしすぎで、疲れが溜まってたみたいです。スマホのアラームにも全く気付かなくて」

「ならいいけど……、ああいや、良くはないけど、でもうん、安心かな」


 柚葉がふわりと安堵したように笑う。


「ああでも、佐竹君、バイトばかりしてないで、ちゃんと勉強もするように。特に数学。この前のテストもかなり危なかったよね? 文系だからって、サボっていい科目ってわけじゃないんだよ?」


 わざとらしく肩を怒らせ、腰に手をやって真剣そうな表情だ。が、彼女の僅かに幼さの残る顔付き、凄みとは縁遠そうな高音ボイス、滲み出るいい人オーラのトリプルパンチで、教師というよりは、お節介な同級生から注意を受けている感覚になる。生徒たちからユズちゃんとかユズちゃん先生なんて呼ばれているのも、きっとそのせいだろう。


「それは……、まあ、善処しますということで」

「それ絶対やらない時のセリフだよね⁉」


 柚葉は疲れ果てたように溜息を吐いた。


「まあ、今はいいや。佐竹君、お昼休みは時間ある?」


 嫌な予感。


「あーっと、場合によっては時間がなくなることがありまして……」

「……ふーん。ちなみに、どんな場合だと時間がなくなるか聞いてもいい?」


 優しげな口調だが、目が冷ややかだった。


「それは勿論、急用とかができた場合にですよ。誰にだって外せない用事はあるじゃないですか」

「その急用に、先生からの呼び出しは含まれてないの?」

「まあ……できるなら遠慮したい、ですかね」

「それじゃあ佐竹君の匙加減じゃないっ」


 全く、とまた一つ大きな溜息。どうやら職員室は彼女にとっても酸素の薄い場所らしい。もっと換気とかしたらいいんじゃないだろうか。


「もしかしたら勘違いしてるのかもしれないけど、今日は説教とかそういうのじゃないからね」

「? じゃあ、何をするんですか?」

「佐竹君の進路の話。そろそろ進路希望調査があるから、佐竹君とはその前に話をしておきたいの」




 午前の授業が終了し、クラスメイトたちが三々五々、好きなように行動を開始する。持参した弁当を広げ周囲の友人たちと歓談を始める者、席を立ち、連れ添って用を足しに行く者、ノートや教科書類を広げたままカリカリとペンを動かす者……。

 そんな中、三澄は財布を持って、一人、足早に二年八組の教室を後にした。

 四階から一階まで階段を一気に下り、雑踏の中、その流れに沿って渡り廊下から隣の棟、南棟へ。


 しばらくすると、人の列が見えてくる。それはとある空き教室の入口から伸びており、三澄は最後尾に並んだ。

 俗に言う購買というやつである。食堂や購買部なんて施設のないこの高校では、外部業者による出張販売という形で、生徒たちに飲食物を提供しているのだ。

 とは言え、この高校ではほぼ全生徒が弁当を持参する。故に、千人の腹ペコが押し寄せてくるなんてことはない。購買を利用するのは、三澄のような弁当のない生徒か、持参した弁当では足りない食べ盛りたちくらいのものだ。


 列はどんどんと進み、一分と経たないうちに教室内に。長机が二列、窓側と廊下側にそれぞれ寄せて並べられ、その上に品物が所狭しと置かれている。

 人の列も、机に合わせて二手に分かれる。列の進行に合わせて好きな商品を手に取り、最奥にて待つ業者の人に会計をしてもらえば、あとは出口から出るだけ。

 システムとしては、スーパーのレジのそれに近い。一方通行という原則に則り、整然と人が流れていく。どこぞの学園マンガに出てくるような無秩序は、この空間には存在しない。

 目当ての物を確保した三澄は、その足で北棟にある職員室へと向かう。

 今朝あった柚葉からの呼び出し。内容は進路について。

 何を話したもんかと思案しながら、扉を開ける。

 中は朝とは打って変わって騒がしい。授業終わりの教師陣が帰ってきたのだろう。教室二個分の広さはある空間が、異様に狭苦しく感じる。


「高崎先生」


 人を避けながら、柚葉の席まで来た三澄は、その背中に声を掛けた。


「あ、佐竹君。……うん、よし。じゃ、行こっか」


 片付けを終え、一冊の赤いバインダーを抱えて、柚葉が振り向く。三澄は頷き、柚葉の後に続いて、職員室を出た。

 進路指導室は、すぐ隣にある。

 図書室めいた、古ぼけたような雰囲気漂う部屋内。広さとしては通常の教室と大差ないのだろうが、赤本やその他資料が詰まったスチール棚が列を為しつつ壁際をも覆っていて、一、二回りほど小さいような錯覚を覚えた。


「さ、座って」


 部屋の端、添え物みたいにくっつけて据えられた二つの長机に、三澄と柚葉は向かい合うようにして座った。

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