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隣で眠る彼は  作者: 青木りよこ
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今すぐ

大きくなったお腹を抱え、空を見る。

赤く染まりつつある空にカラスの群れが飛び立っていく。

一羽だけ離れた。

あれが律じゃないだろうかといつも彼を探している。

空には無限の可能性があるから。


家に帰り台所に入ると懐かしい顔があった。

金髪の美女、猫又のメイさんだ。


「よっ、お邪魔してるぜ」


見るとメイさんは一升瓶を抱え、Tシャツにハーフパンツ姿でテレビを見て寛いでいる。


「久しぶり。どうしたの?」

「なんかさ、楓の顔見なくちゃって思ってさ、来ちまった。腹大分面白いことなってんな」

「もう来月には生まれるから」

「マジかよ。生まれたら教えてくれよな。また来るから」

「うん。ホントに久しぶりだね。元気だった?」

「元気だよ」

「今も岡山?」

「ああ、まあなんつうか、彼氏ができてさ、今一緒に暮らしてる」

「そうなんだ、ねえ、どんな人?」

「何で人間てわかったんだよ」

「ごめん。どんな妖怪?よりどんな人?ってほうが舌に馴染んでて」

「まあそりゃそうか。人間だよ。つーかオッサン。四十五」

「そうなんだ。何やってる人?」

「会社員、普通の」

「へー」

「男やもめでさ、凄いぞ三十で嫁さんに事故で死なれてからずっと一人でいんの。ラーメン屋でさ隣に座ったんだよ。でさ、あたしがさ、買った酒忘れちまってさ、そしたら走って追いかけてきてくれたんだよ。そいであたしがまあ、人目惚れだよな、付き合いたいって言ったら最初全然だめでさ、君みたいな若い子が何言ってんのって、あたしはおめえよりずっと長いことこの世にいるってのに。でもしつこくつきまとっているうちに何とか付き合えるようになってさ」

「そっか」

「おー、まあ決め手は妖怪だったからなんだよな。猫又の姿を見せたんだよ。そしたら人間じゃないなら付き合おうって言ってくれてさ、もう死なれるのは嫌なんだと、あたしなら絶対死なねえからな。最後まで面倒見てやるし、オッサンの介護が終わるまで岡山いるわ。暖けえし、魚も美味いし、果物も美味えし」

「それは良かった」

「ミラと鉄鼠にも教えてやろっと、写真撮っていいか?」

「いいよ。せっかくお腹大きいしね。もう来月にはぺしゃんこになっているはずだから」

「おー」


メイさんから鉄鼠さんとミラさんの近況を聞き、ミラさんが学童保育のバイトを始めたこと、鉄鼠さんとは相変わらず幸せに暮らしていることを知った。

まあツイッターで見ている限りミラさんがかなり地元のプロ野球チームに熱を上げていることと、相変わらず大酒飲みなのは知っていたけど、学童保育かあ。


「お前これから一人で大丈夫なんか?」

「お金は律がそこそこ残してくれたし当面は大丈夫。あと、ね、お母さん来てくれることになってるから」

「お母さんって仲直りしたんか?」

「喧嘩してたわけじゃないから。せっかく来てくれるって言うから頼ろうと思って」

「そりゃいいな。今まで迷惑かけてこなかったんだから思いっきり迷惑かけてやれよ。親子なんだから」

「そうだね。そうかもね」

「お前すっかり大人になったな。女の人になった。もうあたしお前に年そろそろ抜かれるんだよな」

「そうだね」

「そりゃオッサンに嫌がられるわけだよな。後妻業かと思われたんかな」

「メイさんの彼氏は思わなくても世間は思うかもね。金髪の美人といきなり同棲し始めたら」

「十五年女っ気もなくて一人で生きてたんだぜ。もういいだろ」

「いいよ。世間なんてどうでもいいよ。メイさんがその人を好きでその人を幸せにしたいならそれが本当でしょ。他人がどういおうと関係ないよ。他人なんて最終的にはその人の人生に責任なんて取らないんだから。メイさん彼氏さんを幸せにするでしょう?」

「当たりめえだろ、力技で幸せにするぜ」

「できるよ。きっと」

「おー、まあ饅頭食えよ。大手饅頭」

「ありがとう。これ美味しいよね」

「美味いだろ。これ美味いんだよ」

「ありがとうね。来てくれて」

「別に。あたしが楓の顔見たかったから。しかしアイツすげえな。子供残していくんだもんな」

「ホントね」

「なあ、そいつは?」


メイさんは台所のいつも律が座っていた椅子に我が物顔でふんぞり返る大きな茶色のクマのぬいぐるみを指さす。

私は笑う。



「置き土産」




あの日の朝目が覚めると隣にはこのぬいぐるみがあって、傍にはあの律の弘法大師とも張り合えるような綺麗な字で私だと思って大事にしてくださいねと書いてあった。

本当に、あの男は。

そんなに私を縛り付けていたいのか。

立つ鳥跡を濁さずなんて精神は欠片もなかったらしい。

冷蔵庫にはいつの間に作ったのか、カレーとミネストローネと豚の角煮が入っていて、冷蔵庫はぎっしりだった。

お米もそうだし、賞味期限のやたらと長いペットボトルの水も買ってあった。

私は感傷に浸らず有り難く全部食べた。

自分と後に発覚した子供の血と肉となるのだと思えば力が湧き、食欲は常にあった。

私は思ったよりもずっと元気だった。

元気じゃなければ母に電話しようとは思わなかっただろう。

母に子供が出来たことを告げるとあんたも逃げられたの?と聞かれた。

逃げられたわけではないけど結婚できる人ではないと私は言った。

しばしの沈黙の後母は言った。

そっちへ行くと。

今なら母の気持ちがわかる。

母はどうしてもあの十一も年下の塾の生徒だった男が欲しかったのだ。

それは母にしたらどうしても欲しいことだった。

子供を捨ててでも欲しかったのだ。

母はその瞬間未来とかそんなものどうでも良くなったのだ。

母はあの時今を選んだのだろうと思う。

まあ褒められたことではないが、わからなことでもないので、もうどうでもいいことにしておく。

メイさんは一泊して次の日、お昼ご飯を一緒に食べると岡山に帰っていった。


私は散歩に出かけ、律がいなくなって習慣になった空を見上げる。

まだ青いけれど赤は着実に近づいている。

一日で一番綺麗に見える、律がいるような空。

そうだ、律は夕暮れだ。

心を落ち着かせる帰って行ける空。

律はいつもお帰りと言ってくれた。

今度は私が律にお帰りと言ってあげたいけど、言えなくてもそれはそれでしょうがないと思う。

律。

いつか私が真っ白な灰になって、そうしたら私貴方に逢える気がするの。

私達一緒に暮らしたね。

ずっと暮らしていたね。

貴方何も残さないどころか残しすぎでしょ。

家じゅうに貴方がいた痕跡があるよ。

バスタオルに律って名前書くとか、柿まで植えていくって本当に何考えてるんだか。

でも嬉しいよ。

ありがとう。

私これを貴方に言えてない気がするからこれを言いたいの。

私きっと真っ白な灰になるまで貴方を探すわ。

私達本当に可笑しいね、普通消えたくないって泣くのは美少女ヒロインって相場が決まってるのよ、貴方ったらあんなに大きな身体して、本当にもう。

でも好きよ。

私達はきっとまた逢える。

これだけ用意したのならどれかには宿るでしょ。

期待してる。


律。

空が赤く染まっていく。

とても綺麗。

この赤を貴方と一緒に見たい。


ねえ律。

やっぱり早く帰って来て。

来月にはもう生まれるの。

子供の名前も一緒に決めたいし。

だから、今すぐ帰って来てね。



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