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さざなみ

『カタコンベ』という小説に登場する、ヴェンディとポッパのエピソードです。

「ねえ、もう花が枯れているね」

 ヴェンディは、そう言って、ポッパに笑いかける。

「ああ、そうだな。花かあ」

「うん、枯れてる。ねえ、ポッパは花に興味は無い? 私はよくこの通りは見ているから」

「うーん、俺には分からないないよ」

「そっか」

二人は、のどかな、森閑とした木々の中を通り抜ける。

 ヴェンディは、ふと、思考を巡らせる。

 人に合わせる事は、子供の頃から出来た筈だ。


 どうして、自分は孤立してしまうのだろう? 気付けば、他の人間とは違う存在になっていた。

 そんな事ばかりを考えていた。

 本当に、誰かを好きになりたい。



 午後の日差しが眩い。

 いつまでも、こんな時間であったらいい。


「君はいつも、優しいね……」


 ヴェンディは、恋人の手を繋ぐ。

 二人で、坂道を歩いていた。

 初夏の匂いが、妙に心地よい。

 

 青い紫陽花が、朽ち枯れている。

 夜には、花火が打ち上げられるのだろうか。


 これからの月日を考える。

 人は、何処まで行っても、同じものを共有出来ないのかもしれない。二人で同じ地図を描けるだろうか? 本当の自分を彼に隠したまま、生き続ける事なんて出来るのだろうか?

 

 眩暈がする。

 自分が何者なのか、という事を考えた時、この空も、大地も、全てが霞んで見える。

 ただ、怖い……。

 未来が、怖いのだ…………。


 だからこそ、今、この瞬間に安らげればいいのだ。


 昼頃に、雨が降っていた。今日は、虹がとても美しい。


「これから、何処に行こうか?」

「何処でもいいよ、ポッパとなら。ねえ、君が決めてよ」


「ん、じゃあ、いつものようにハンバーガー・ショップでいいかな?」

「えー、またあ?」

 そう言いながらも、ヴェンディは嬉しそうに笑う。……いつか、もっと色々な事を本音で語り合って、分かち合える日がくればいいなあ、と。そんな事を願わずにはいられないのだ。普通に溶け込みたい……。


 平穏を失って分かった事は、当たり前に、他人と会話する事が、些細のない趣味の話などで歓談をする事が、どれ程に、貴重で、幸福な事なのか、という事に気付かされた事だった。


 交わす言葉の数々が、とても貴重な時間を彩らせてくれるのだ。

 

「これあげるね」

 ヴェンディは、ポケットに入っていたドロップを、ポッパに上げる。

「あ、ありがとう」

 レモン味のドロップだ。彼は、もごもご、と口の中で転がす。


「なあ、ヴェンディ」

「なに? ポッパ」

「なんかさ、最近、俺、将来の事とか考えていて…………」


「上手く言えないけどさ。なんか、みんなに流されている自分が怖くなるんだ。俺達って、大学生じゃん。早く、進路決めないとって。それでさ。顔出しているサークルのみんなとかと、どんな風に話を合わせられるのかとかさ。…………」

「うん、……すごく、分かるよ…………」


 彼は、とても良い彼氏なのである。

 だからこそ、彼女にとって……、とても眩し過ぎて、辛い時がある……。


 終わりの無い競争社会の中で、脱落者は死んでいく。そういった残酷な世界の中で、自分達は生きている。だからこそ、……だからこそ、こうやって、今という時間を大切にしたいのだ。


 苦しみを上手く言葉に出来ない。

 だから……、楽しく笑っていたいと思う。


 二人、公園で立ち止まった。

 森の木々が、ざわめく。

 ふと、時間が止まればいいと思った。ヴェンディは、彼といる時だけが安らぐ。このまま不治の病にでもなれば、この言葉に出来ない重苦しい世界から逃れる事が出来るのではないかと。ポッパは、病に倒れた彼女をずっと大切にしてくれるだろう。そんな確信があるのだ。


 このまま、ずっと恋人に対して、嘘を続けるのだろうか?

 嘘で重ねた人生を積み重ね続けるのだろうか?


 未来は砂粒のように、形にならない。……だから、今、この長閑な時間を楽しもう。ヴェンディは彼氏に笑いかける。ポッパも笑い返す。


 ヴェンディは、政府専属の殺し屋をしていた。


 普通の人間に紛れ込んで、普通の人間と同じ会話を覚える。それは一つ、生きる為に必要な技術であり、何よりも幸福をつかむ為に培うべき能力だった。ヴェンディのやっている仕事の事実を知れば、全ては崩れ去ってしまうだろう。

 

 ……このまま、普通の大学生として暮らしたい。

 それが、彼女の強い望みだった。

「ヴェンディ、お腹空いただろ? 早く飯食いに行こう?」

「うんっ!」

 ヴェンディの顔は、寂しさを隠し、何処までも笑顔だった。


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