『死の門にて。交渉失敗の話……。』
このページでは、長編小説の一部の抜き取りや、短編集を載せていこうかなあ、と考えています。
1
「おい、怖い人間に会ったぞ。しかも、生身の人間だ」
そう言うと、デス・ウィングは、テーブルを出して、二人の客人を迎えていた。
此処は、『黒い森の魔女』。彼女が営む骨董店だ。
その二階は、客間になっている。
度々、改装をしていた、今日のテーマはヨーロピアン、ヴィクトリアンといった処だ。壁には、宗教画などが飾られている。更に、部屋の中には、宗教音楽が流れている。
デス・ウィングは、埃臭い長い金色の髪を撫でる。
着古したニットのセーターも、ズボンも、埃の臭さを出している。明らかに、もう何年も、着替えさえしていないのではないのか。不思議と、汗の臭気は、彼女からは発していなかった。
それぞれ、セルジュと、エアという客人を呼んでいた。
セルジュは、長い黒髪に、ゴシック・ファッションの女の姿をしているが。実態は、好きな女の肉体を奪った男だ。
エアは、白金の長い前髪に、聖職者風のファッションに身を包んでいた。十字架などを、よく首から下げている。
二人共、この店の主の友人であり、よくこの店の二階に招かれていた。
お茶会だ。
マッド・ティー・パーティーだ、と、デス・ウィングは冗談気味に言う。
「この前な、まだ戦争している場所を散歩してきたぞっ!」
デス・ウィングは、セルジュとエアの二人に言う。
軽薄に言う、彼女の口調は、何処までも他人事だった。
人の不幸が、もうどうしようもないくらいに面白い…………。
美しい顔立ちとは、裏腹に、彼女の心はドス黒く爛れていた。
エアは、長い白金色の前髪をいじっていた。
セルジュは、長い黒髪をくしで梳かす。
デス・ウィングは、紅茶を温めていた。
「私が、交渉に失敗した、笑い話でもあるんだが」
彼女は、しまっている菓子類を取り出す為に、冷蔵庫を開く。
「お前の話はつまらない。どうせ、酷い内容なんだろ?」
エアは剣呑に告げる。
「まあ、聞けよ。面白くない話かもしれないけどな」
そう言うと、彼女は語り出した。
「人の痛みが分からない人間同士で、戦禍の中心部に集まった話だよ」
そう言うと、彼女は、食器棚へと向かった。
2
そこは民家だった。
何の変哲も無い、民家であった場所だった……。
炎が炎に燃え移っていく。家の所々が倒壊していた。
煙が立ち込めていく。
人間が発狂しながら、笑い、泣き、火の手から逃げていた。
座り込み、神に祈っている者もいる。家屋の下敷きになった者を助けようとして、火に包まれた者もいた。水を頼み込む者達が大勢溢れていたが、生憎、この近くに水源は無かった。必死で、全身に付いた火を消そうと、地面に転がったり、人に助けを求め、抱き付いて、巻き添えにしている者までいる。
まるで、何事も無いかのように。
スーツ姿の男と、ターバンをかぶった民族衣装の男が、二人対峙していた。
「ウキヨさま」
「ああ、貴方は始末人のエンプティさまですね?」
二人の口調は同じだ。
二人共、張り付けたような柔和な笑みを浮かべている。
違うのは、民族衣装の男の方は、声に感情を隠せそうに無いみたいだった。
デス・ウィングは、崖の上から二人を眺めていた。
「私と貴方は似ているのだと思います」
民族衣装の男が、スーツ姿の男に向けて告げる。
デス・ウィングが見た処によると、二人共、まるで似ていない。
エンプティと名乗った男は、その柔和の笑みの奥に、獰猛なまでの怒りを抱えていた。おそらくは、この世界の理そのものに。あるいは、自分自身の在り方そのものにだ。
対するウキヨは、まるで、まるで感情が読めず、むしろ何も無いかのようだった。
二人の存在は、まるでこの阿鼻叫喚の地獄から、切り取られ、コラージュされた写真のようだった。みなが、必死で爆撃から逃げまどっている。黒焦げになった死体が転がっている。生命が死んでいく。蝿が飛び続けている。人の死体に虫が群がる。
そこは、死の門だった。
遠くで、爆撃機が、空からナパームをまき続ける。
住民達は死んでいく。
蝿が飛ぶ、死体に卵を産み付ける、ウジが湧く。腐敗臭が立ち込める。
反戦と書かれた、プラカードの残骸が大量に転がっていた。
「何故、此処に?」
ターバンに、民族衣装の男は訊ねる。
「ええ、私の売った武器で死んでいく者達の末路を見るのは、義務かと思いまして」
スーツ姿のウキヨは、ネクタイを直し、笑う。
「死体の臭いって、凄いんですね」
ウキヨは、少しだけ鼻を押さえる。
「慣れて…………、いないのですか…………?」
エンプティは、ターバンで目元を、少しだけ隠す。
「私の部下が、抜けましたので、今日から、私が率先して、貴方の護衛を行います」
「いえいえ」
ウキヨは告げる。
「大丈夫ですよ。私は、この場所を、そろそろ去ります」
「そうですか……。私は、部下が抜けた為に、新しい組織を立ち上げようと考えています」
「そうですか。またご機会があれば、宜しくお願いします」
そう言うと、ウキヨは、殺し屋のエンプティに対して、うやうやしく頭を下げる。
ふと、風が舞う。
二人の男達は、その風の着地地点を見る。
「おい、私も混ぜろ」
デス・ウィングは、二人の前に、割り込む。
まるで、平和な街頭で、道を聞くような言い方だった。
だが、此処は、戦場の中心部なのだ。
「貴方は?」
ウキヨは、何の動揺も無い。
対する、エンプティは…………。
「お前は、一体、何なのだ? 私達の話をいつから聞いていた?」
エンプティの瞳は、敵意に満ちていた。
「おい、お前ら、死の商人だろ? 面白そうだから、交渉に私も混ぜろっ! 他人の不幸で味わう蜜を、少し、この私にも分けてくれっ!」
「私は違うっ!」
エンプティは、怒鳴り、否定する。
「私は、そう…………、殺し屋だ…………っ!」
爆音が、届く。
デス・ウィングは、眉をしかめる。
「煩いな」
デス・ウィングは、人指し指を、遠くで飛んでいる戦闘機に向ける。
彼女の指先から何かが、発射されると、その戦闘機はバラバラに砕け散り、残骸が落下していく。そして、彼女は次々と、旋回している戦闘機を片っ端から、指先から発射される物によって、粉微塵にしていく。
「お前、武器商人だろ? 表情無し。なあ、私はお前の武器を買いたい」
デス・ウィングは、とてつもなく楽しそうな顔をしていた。
そして、エンプティの方を見る。
「そして、お前、殺し屋と言ったか? 私は闇のアイテムを売っている。お前、私から商品を買うつもりは無いか?」
デス・ウィングのマフラーが、炎ではためいていく。彼女の瞳は、とてつもなくサディスティックな色彩を帯びていた。人間の死体を、とてつもなく愛している者の眼だ。
「今、何をやったのですか? 私の能力でも、分析出来なかった…………、貴女は一体…………」
「ああ、うん?」
彼女は、飄々と頷く。
「空気の塊を、弾丸にして飛ばした、と言って貰えれば、私のやっている事が分かるな?」
「ふむ?」
ウキヨは、突如、乱入した者に興味を示す。
「あそこに、大きな建物があるだろう? あれはなんだ?」
デス・ウィングは、死の商人の男に訊ねる。
「あれですか? あれは情報によれば、この地にある平和の象徴であった建造物を、軍の駐屯地に改装したものだと思いますよ。今、沢山の兵が駐屯していると思います」
「侵略戦争だろ、此処を燃やしたのは。油田か何かを狙ったのかな?」
「そうですね。私は武器商人、商売人ですから。侵略国に投資しました」
「そうか」
デス・ウィングは、それを聞いて、楽しそうな顔になる。
そして、おもむろに、彼女は辺りの景色を見渡し、ある場所を眺める。
十数キロ先にある、小山のようなビルだった。
ビルの頂上には、巨大な鳥の像が乗っていた。おそらくは、この地で平和を象徴する生物として、崇められていたのだろう。今や無残に像は汚れ、征服者の旗が張り付けられている。
「彼らは、沢山、殺しているんだろう?」
「ええ、そうですね。この地で、沢山、現地市民、一般人を殺害していますね」
「そうか。じゃあ、罪はあるな」
デス・ウィングは嬉々とした顔になる。
そして。
彼女は、右手を、手刀の形にして、何も無い空間に振り下ろす。
武器商人と、殺し屋。
二人は、一体、何が起こったのか、最初、分からなかった。
ビルが、根元から、斜めに切れていく。
まるで、フルーツでも、切るように。
遠くで、ビルが倒壊して、地面に倒れる。
その後、デス・ウィングは、パントマイムでもするかのように、空中の何も無い空間で、ゲームのコントローラーでも押すように指先を、動かしていく。
すると、倒壊したビルの残骸が、粉々になっていく。悲鳴のようなものが、小さく上がった。
エンプティの顔が、明らかに戦慄していた。
「…………、この私も、貴女が何をやっているのか、理解出来ない…………」
「言っただろう? ほら、そこら辺の空気の塊を飛ばしているだけだぞ?」
ターバンの男は、まじまじと、デス・ウィングの顔を眺めていた。理解出来ないものに対する嫌悪感、そして何か大きなショックを受けているかのようだった。
「あれ? 何名くらい、あのビルの中にいたんだ?」
「そうですねえ。数百名くらいですかね? あははっ、分かりません」
ウキヨは、柔らかな笑みを崩さなかった。
「いや、私は、そのお前達を脅迫しているわけじゃないぞ? 単なるサービスだよ。ちょっとした、下らないショーを見せようと思ってな。……まあ、私は、この程度の実力者だ。なので、力がある。力がある者が、色々な闇のアイテムを持っている。それは、お前達、“取り引き相手”として、有用なんじゃないのか?」
「ふざけるのも、いい加減にしてくれないかっ!」
「お断りします」
エンプティと、ウキヨは、二人共、断りの返事を返す。
「あれ? なんで?」
「困りますよ。私の売った武器を、こんなに簡単に破壊されては」
スーツ姿の男は、困った顔をする。まるで、怒っているようには見えない。
「貴女は信用出来ませんっ!」
対するエンプティは、明らかに怒りの形相へと変わっていく。
「まあ、いいよ。これ、名刺だから、もし良かったら、私のHPにアクセスしに来てくれ。いっそ、私の店に来てくれてもいい」
そう言うと、彼女は何かを二人に飛ばす。
ひらひら、と、エンプティと、ウキヨ、それぞれ名刺を受取る。
真っ黒な名刺だった。
エンプティは、その場で、それを破り捨てる。
ウキヨは、胸ポケットにしまう。
「では、ありがたく頂戴いたします」
ウキヨの方も、ポケットから名刺ケースを取り出して、うやうやしく、デス・ウィングに差し出す。彼女はそれを無造作に受け取って、眺める。
「ほう? なんだ、お前? 株式会社の社長なのか?」
「はい、その通りです」
ウキヨは、皮肉なくらいに、礼儀正しかった。
「私は、そろそろおいとましますね。ウキヨ様、ありがとう御座いました」
そう言うと、エンプティは、しばし唇を震わせて、この場所を去っていく。
彼は始末屋、殺し屋と言ったか。
おそらく、ずっと何かしらの葛藤を抱えてきたのだろうか……。笑みの奥に、あらゆる怒りと悲しみを隠して生きてきた者の顔をしていた……。
この地の惨状は、巨大なキャンバスに塗りたくられた、赤い絵の具であるかのようだった。
壁の宗教画は焼け爛れて、そういった残骸そのものが、一つの退廃的な絵にさえ見えた。ペンキで壁に描かれた政治に対する怒りの表象の文字の数々。全てが燃えていく。炎の渦は終わらない。デス・ウィングは知っていた、此処で、侵略者達に対して、人々が抵抗した事をだ。みな、踏み躙られて死んだ。武力の力が歴然としていた。そして、此処は破壊された。反戦や反核、反資本主義といった、文字が焼けていく。
彼らは、何もかも無力で、名前も知られずに死んだ。
此処には、残骸だけが残っていた。
人は、何故、生きようとするのだろうか……。
「じゃあな、もし気が変わったら、私と取り引きしてくれ」
「ええ、そうですね。考えておきます」
そう言うと、ウキヨは、一人、未だ消えぬ死の暴力の中で、一人、にこやかな顔をしていた。背後にある、人々の踊りのような焔が、いつ彼に燃え移ってもおかしくは無かった……。
3
「というわけで、交渉決裂された」
彼女は、クリームの付いたフォークをくるくると回す。
「お前、本当に馬鹿だろ?」
セルジュが呆れた口調で、テーブルの上に寝そべる。
「何処の世界に、他人の持ち物をぶっ壊して、物を売ろうとしたり、物を買おうとしたりする馬鹿がいるんだよ?」
「あー、そうか、そうか。まあ、そうだよな」
デス・ウィングは、楽しそうだった。
「しかし、あの武器商人、この私でさえ、怖かったぞ? 何考えているのか分からない、まったく全貌が見えなかったんだ」
「お前がか、何故だ?」
聖職者風の格好の男、エアが訊ねる。
「生身の人間で、何の超能力も持っていなかったように見えたぞ? 顔色一つ変えず、声色一つ変えず、汗一つかかず、戦場の中心部で、この私が力を見せてみて、そんな態度だったんだぞ?」
「はあ、頭がおかしい人間もいるもんだな」
エアは、苺のタルトを口に入れる。
「お前、ビジネスマナーの、ビの字も無いよなっ!」
セルジュが笑い転げていた。
そして、彼は、とても少しだけ、彼女の語る人物に興味を示した瞳をしていた。
「何故、俺達、超能力者は、人を傷付ける事しか出来ないのだろうな?」
長い白金の前髪の男は、自らの髪を撫でる。
そして、再び、タルトを頬張る。
そして、彼は、彼女の瞳を見据える。
エアと、デス・ウィングは互いを、しばしにらみ合う。
エアの背後には、十字架にかけられ、腹をえぐられたキリストの絵画が飾られていた。流れ出る、宗教音楽が、デス・ウィングの腐った性根のコントラストを、対比させているかのようだった。
エアも、強大過ぎる力で、沢山の人間を殺したし、不具者にしてきた。
「俺達は、そう、最悪なんだよっ!」
エアは、タルトを持っていない方の手で、テーブルを叩く。
セルジュは、二人のちょっとした剣呑で、険悪な雰囲気を見て、欠伸をして、椅子をぎしぎしぃと鳴らす。
結局の処、能力者達や、この世界を裏側から操る者達、一握りの才能を得た者達が、この世界を簡単に踏み躙れる。つまり、そういう事を、エアは言いたいのだろう。
「まあ、俺達は、少なくとも、この俺は、与えられた力を上手く生かせずに生きているからな」
そう言うと、セルジュは出された紅茶を、一気に飲み干す。冷たく冷めていた。
その瞳の奥底には、何処か、他の超越者達に対する憧れのようなものがあるみたいだった。
「ああ、そうだ。後、殺し屋の男の方も凄くてな。私の力の全貌を解析しようとしてきたみたいだ、“護符”が反応したから分かる」
そう言うと、彼女はその時に持っていった、小さなペンダントのようなものをセルジュの方に見せる。小さな紅い宝石のような物が付いている。どうやら、彼女の力を解析、分析する超能力の為に、たまたま懐にしまっていたらしい。……売り物にするつもりだったかもしれないが。
「どっちも、凄かったぞ? 力だけなら、あの殺し屋の方。中々の実力者なんじゃないのか?」
「ホント、お前って、飽きない事ばかりするよなっ!」
セルジュは、笑い続けている。
エアは、対比的に、不快感を押し隠せずにいるみたいだった。
この部屋は、今、大聖堂などもモチーフにしている。
厳かな音楽が流れ、人々が祈る為の絵画が飾られ、贅沢な菓子に紅茶が並んでいる。デス・ウィングが向かった国の者達は、このような贅沢を味わえない。
デス・ウィングは、死ねない体を持っていた。不老不死だ。
故に、他人の痛みなんて、よく分からなかった。
了
なんか、変な読後感の小品を書いてみたかったんですよ。




