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第2部 血まみれの愛 25

 その日俊はやることもなく、テレビをぼんやり見ていた。つまらない番組をザッピングしていると、遊園地の映像が現れた。ヌシと一緒に乗った観覧車のことを思い出す。あのときが最良の時だったんだろう。

 二度とあの頃には戻れない今を思い、胸が苦しくなる。

 遊園地の映像はドラマの一シーンで、早々にホテルの映像に変わってしまった。あらすじがわからないドラマに興味が出るわけもない。再びチャンネルを変えようと、リモコンに手を伸ばしたときだった。携帯が鳴ったので手に取り、発信先を見た。

 塚原だった。俊は訝しげに眉を顰めた。通常連絡は館野を通して行われるので、塚原が直接連絡を入れることはない。俊は電話に出た。

「石黒、森山と館野が戦っている。これから藤村が車でそこへ行くから、仲裁に当たってくれ」

 塚原には珍しく、緊張しているのか声がやや震えていた。

「それ、どういうことなんです? なんで戦っているんですか」

「私にもわからない。ともかく派手にやっているらしいから早急に止めてくれ。取締の時は民間に被害が及んでも言い訳が成り立つが、彼らは保護庁の職員同士だ。仮に死者でも出たら、制度自体の存在が問われる」

 遠くからサイレンの鳴る音が響き始め、こちらへ近づいてくる。

「脱走JSだけでも手に余るのに、内輪の喧嘩か。いい加減にしてくれよ」

「愚痴はいいからすぐに出動しろ」

 心臓にヴァイブレーションが響き始める。

「はいはい、いきり立たないで下さいよ」

 森山と館野の間で何が起きたのだろうか。喧嘩をする理由なら、訓練時代を含めて山のようにある。しかし今喧嘩をするなら、何かきっかけがあるはずだが。俊には考えつかなかった。

 大きく伸びをしながら、部屋着のスウェットを脱ぎ捨て、ジーンズとTシャツを着た。外に出ると、既にパトライトを点灯させた白いセダンが止まっていた。

「タラタラしてないで早く乗りなさいよ」

 窓越しに怒鳴りつけるヌシをうるさそうに見ながらドアを開け、助手席に座った。同時にアクセル全開で走り始める。

「森山、死ぬ気よ」

「どういう意味だ? お前、何か知っているのかよ」

「あいつ、堀田を殺したのが館野だと思っているのよ」

「意味がわからない。どうして堀田さんを館野が殺さなきゃいけないんだ。しかも、それが元で森山と館野が戦わなきゃならないなんておかしいよ」

「順序立てて話すからまってて」ヌシが叫び、俊を制した。「遊園地の事件で警備をしていた原口って人がいたの、覚えてるでしょ」

「ああ。あの事件があった後、どっかへ行っちゃったよな」

「原口は美佐子の事件から外されたんだけど、独自に動いていて、情報を堀田に渡したらしいのよ。森山は、それを知った犯人が館野を使って殺させたと思ってるの」

「誰が館野に命令したんだ」

「あいつに命令できるのは一人しかいないわ」

 ヌシの言っていることが真実なら、塚原が〈征新の国へ〉情報を漏らしたことになる。携帯越しに聞こえてきた塚原の声を思い出し、緊張していた理由を悟った。

 ヌシは夕暮れで混み合う道をかき分けるようにして進んだ。それでも前の車が避けるのが遅く、車はなかなか進まない。いきり立ったヌシはクラクションを鳴らす。

「早くどけよっ。森山が殺されるだろ」

「現場はどこなんだ」

「渋谷駅の近く」

 西池袋で首都高に乗った。ここでも車は混んでいたが、構わず前の車をクラクションとサイレンで威嚇させながらどかしていく。やがて渋谷へ着いた。

 多くの人たちが道に溢れ、車道にまで溢れている。JS同士が争っているのに恐れおののき、逃げ惑っているのだ。対向車線はびっしりと車が並んだまま、前に進んでない。血走った目のドライバーたちが、クラクションを鳴らしたり、窓から身を乗り出して悪態をついたりしている。さすがにヌシも人にぶつけるわけにもいかず、スピードを落とさなければならなかった。

「道玄坂方面へ行け」

 無線から指示する塚原に従い、山の手通りから渋谷のラブホテル街方面へ右折した。しかし、そこでヌシは止まらざるを得なくなった。避難する人が道路に溢れ、とても前に進める状態ではない。

「くそっ」

 ヌシが叩きつけるようにクラクションを鳴らすが、誰も気にする者はいない。

「だめだ、車から降りよう」

 二人は車を捨てて、外へ出た。殺気に満ち、悲鳴や怒鳴り声が交差する世界が襲ってくる。

 パニックに陥った人々が逃げてくる流れに逆らいながら前に進んだ。しかし、下手に走ろうとすると、容赦なく人々がぶつかってきて、前に進めない。

「だめだ、飛ぶぞ」

 ヌシが一瞬俊を見て、腰をかがめ、ジャンプした。通常の人間ではあり得ない高さまで飛び上がる。それを見た人々が、更にパニックへ陥り逃げ惑う。俊は押しつぶされそうになる。

「やめろっ」

 たまらずアグノーを使って群衆を押しのけた。

「こいつJSだ。助けてくれ」

 叫んだサラリーマン風の男は、眼鏡にひびが入っていた。隣にいた若い女性も、涙でマスカラが落ちてぐちゃぐちゃになっていた。みんな恐怖に顔をゆがめ、一センチでも遠くへ逃げようと、外側にいる人々を押しのけようとしていた。

 強烈な怒りが突き上げてくる。

「お前ら、どうして俺を化け物みたいに見るんだ。俺が何か危害でも加えたって言うのかよ」

 彼らに声は全く届いていない。俊の怒った顔を見て、更に悲鳴を上げるだけだった。

「俊、あんたも早く飛んで」

 マンション二階のベランダに手を掛けてぶら下がっていたヌシが叫んだ。

「わかった」

 俊はヌシがいるビルへ飛んだ。それを見たヌシは、斜め向かいのビルに飛んで前に進む。

 しばらく進むと、全員避難したのか、急に群衆の姿が消えていた。二人は地上に降りた。同時に、携帯の着信音が鳴り続けていたのに気づき、電話に出た。

「そこを右に曲がれ。パトカーが止まっているはずだ」

 塚原に言われたとおり右へ曲がると、パトカーがあり、傍らで緊張した顔の警官が立っていた。ヌシは窓を開け、身分証を警官に見せた。

「JSはどこにいる」

「今はあのホテルの中です」

 警官がラブホテルを指さした。その時だ、クリーム色をしたラブホテルの壁が爆発するように音を立てて吹き飛び、破片と一緒に館野が飛び出した。勢いは止まらず、向かいのビルの二階にある窓を破って中へ入っていく。それを追って森山が出てきた。


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