第2部 血まみれの愛 8
翌日俊たちは塀の外へ連れ出された。もっとも、場所はバスでほんの一分ほど場所なので、自衛隊の基地内のようだった。やや古ぼけた感のある三階建てのビルの前で、バスから降ろされる。
先導する田原の後に続いて建物の中へ入っていった。一階が待合室のような広間になっており、折りたたみの椅子が乱雑に並んでいた。しばらく待っていると、塚原ともう一人、男が入ってきた。その男を見て、思わず声を上げそうになった。
塚原と一緒に部屋へ入ってきたのは館野だった。
「おはよう」塚原が口を開く。「全員面識はあると思うが、改めて紹介しよう。規格外患者取締班班長を務めてもらう館野だ」
「よろしくな」
館野は相変わらずふてぶてしい笑みを浮かべ、俊たちを眺めていた。
「どうしてお前がここにいるんだ」
「お前らも知っての通り、俺はここを出て、例の北海道の施設へ移された。だから俺も死んでるか、どこかへ潜伏してると思っただろう。ところが違うんだな。あんな風に国を相手に一生逃げ続けるなんてしんどいじゃねえか。多少不便でも、国の庇護を受けて他方が楽ってもんさ。だから奴らの申し出を断ったんだよ」
「本当にそうなのか?」森山が疑問を投げかけた。「こいつ、裏で逃げた奴らとつながってるんじゃないだろうな」
「それは大丈夫だ」塚原がフォローを入れる。「監視カメラの映像を見ても、館野がいきなり襲われたのは間違いない」
「いきなりって、こいつは申し出を断ったんじゃなかったのか」
館野が不機嫌にそっぽを向いた。それを見て、塚原が鼻をひくつかせ、馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「当時の正確な状況を話そう。館野は自分から断ったのではなく、そもそも仲間に入れられなかったんだ。彼の性格から言って、私たちに通報される可能性があると判断されたようだ」
館野の顔が怒りで醜くゆがんだ。
「主導したのはジューケイの野郎さ。あいつ、俺が嫌いだったからな。仲間にしたくなかったのさ」
「当日、眠っていた館野を十人のJSが襲っている。しかし、彼もJSだから壁にたたきつけられても簡単に死ななかった。脱走犯は銃を手に入れたが、既にその時は隠れていた。どこに隠れていたか言ってみろよ」
「てめえ、ちょっとばかし偉いからって、図に乗んじゃねえぞ」
館野が睨んだ直後、彼は一瞬顔を強ばらせ、胸を押さえた。
「くそっ」
館野は毒づき、畳椅子をふわりと浮かせ、壁にたたきつけた。
椅子は激しい音を立てて変形し、モルタルの壁を傷つけた。きっと、館野の胸にヴァイブレーションが響いたのだ。
「浄化槽のマンホールを開けて中に入っていたんだ。少々臭うかも知れないが、屋外へ出ても雪で足跡が出来てしまう状況だ。きわめて的確な場所に逃げ込んだよ。
君たちは規格外患者を取り締まるための訓練を行ってもらい、実戦へ投入されることとなる。教師役を務めるのが館野だ。彼は既に実践の経験もあり、二名規格外患者を殺害している。我々が彼を信頼するのは、そのためらいのなさだ。施設での状況ももちろんだが、彼が規格外患者と格闘する姿を見れば、彼が仲間でないのは一目瞭然だ」
館野は鼻で笑う。
「あんな風に殺されれば、絶対仲間に入れたくないだろうよ」
館野が俊を見つめた。
「うっ」
体の中に、何かが入り込んでいた。それは蛇のように、ぬるぬると内臓の中で蠢いている。
「どうした?」
館野が下卑た笑いを浮かべて見ている。
「お前、何をした」
一瞬、心臓に刺すような痛みが走ったかと思うと、めまいがして、目の前が真っ白になる。
気がついたとき、俊は床に倒れていた。上から、ヌシと由衣が心配そうに見下ろしている。
「どうだ、ちょっと心臓を握ってやったのさ。これをしばらくやってれば心停止して簡単に死ぬ。痛いのは肝臓だな。腸なんかもかなりやばいぜ。この間引きちぎってやったらよ、目を剥いてのたうち回ってたな」
館野は声を上げて笑った。
「館野が開発した殺害方法だ。JS患者が発するアグノーは、皮膚の表面から始まっていることがわかっている。外からどんな衝撃を与えても、ある程度まで力場となって防御する。
しかしだ。皮膚の内側は通常の人間と同じで、アグノーは及ばない。君たちにジェネレータの埋め込みができたのも、こうした性質があるからだ。
館野のアグノーは石黒の力場をすり抜けて、内臓に到達したんだ」
「そう。〈クラッチ〉って技だ。これからお前らも覚えてもらうからな」
「内臓の中で体を引きちぎるのね。残酷な殺し方だわ」
「確かにな。だが、いくらアグノーを使って奴らをたたきつけても、致命傷を追わせるのは難しい。JSを殺すとき、一番確実なんだよ。逃げてる奴らも俺のやり方を見ているから、そのうち覚えてくるはずだ。そうなれば、戦っていく上でこの技が出来なければ、お前らがやられる。好きとか嫌いとかの問題じゃねえんだ」
「館野の言うとおりだ。〈クラッチ〉は全員取得してもらう」
「できなかったらどうなるんだい」
「命令を無視したと見なし、殺処分の対象となる」
「ひでえ話だ」
「なんとでも言うがいい。君たちの未来は規格外患者を殺害する以外にあり得ないんだ」
「それじゃあ早速〈クラッチ〉の訓練を始めることとする。二階にある部屋へ移動するぞ」
「なんだって……もう始めるのかよ」
森山が溜め息交じりにつぶやいた。
「もちろんだ。我々は一刻も早く規格外患者の排除を行わなければならない。だからできうる限り早急に訓練をして、実践へ加わってもらう」
「ぐだぐだ言ってんじゃねえよ。死にたくなけりゃ俺についてこい」
館野は部屋を出て階段を上り始めた。俊は胃がねじくれるような感覚を覚えながら、ちらりと塚原を盗み見た。彼は感情のうかがい知れないのっぺりした顔で、メンバーを見ているだけだった。
二階は階全体が一つのフロアになっており、階段を上りきった場所に、仕切りの付いた机が並んでいた。どうやら、以前は射撃場として使われていた場所らしい。壁と天井はコンクリートがむき出しになっており、寒々しい印象を与える。
「館野、後は頼んだぞ。田原さん、行きましょう」
塚原は不安げな顔をしている田原を促して、訓練ビルを後にした。
「さて、〈クラッチ〉のやり方だ」館野は俊たちの前に立ち、ポケットに手を突っ込んだまま話し始めた。
「理論から始めて行こう。お前らも知っての通り、JSの周りには力場が形成されている。〈クラッチ〉を成功させるためには、この力場をすり抜けなければならない。どうすればいいかわかるか」
メンバーからなんの反応がないのを見ると、館野は馬鹿にしたように鼻で笑った。
「刺すんだよ。アグノーを集中し、錐のように尖ったをイメージさせる。力場にそれを突き刺すんだ。
お前らも、麻酔銃で何度か撃たれたことがあるだろ。銃弾は押さえるのに、なんであの針は突き刺さるのかわかるか? 針が細いからさ。
力場の特性として、表面積の狭い物ほど力場が認識出来ない傾向にある。拳銃の弾は撥ねのけるのに、たまにナイフで刺されて殺されるなんてのも、この特性があるからだ。対JS用の武器として、細長い刃物が製品化されているくらいだ」
館野はヌシを見た。
ヌシは「うっ」と呻きながら、わずかによろける。
「どうだ。体の中に突き刺さっているのがわかるだろ。この感覚を覚えておくんだ」
館野は全員に力で体を突き刺したあと、二人ひと組になって、お互いを突き刺し合うよう命じた。
「全員、タラタラやってんじゃねえぞ。あと半月もしたら、すぐに実戦へ投入するはずだ。それまでに技を取得していないと、お前らは死ぬんだ。塚原の野郎は俺たちを消耗品にしか見ちゃいないからな。誰かが死ねば、次の世代を投入すればいいと思ってるのさ。
所詮、俺たちはこの国にとって余計物だ。規格外を殺してくれればありがたいし、死んでも、それだけ国の負担が減るからいいって目論見さ。JS患者を全部殺処分しろなんて命令は出来ないが、これなら合法的にJSの数を減らしていけるんだよ。
お前ら、これから自分の身は自分で守らなけりゃならないんだぞ」
ヌシと由衣、森山と浜口でコンビを組み、余った俊は館野と組むことになった。
「さて、いっちょ揉んでやるか」
館野がニタリと笑った瞬間、俊はアグノーで突き飛ばされた。壁にぶつかり、背中へ強い衝撃を受けた。抜糸が済んでいない胸が痛む。館野のアグノーが、内臓の中を蠢いている。
「隙だらけじゃねえか。まだストロンチウム剤が効いてるかも知れないがよ、俺だってそれに合わせて手加減してるんだぜ。罰だ」
胃に、激しい痛みが走り、喉から吐瀉物が溢れてくる。俊はのたうち回りながら吐いた。
内臓からアグノーが抜けていくのがわかる。同時に、痛みも消える。
「汚えな。ゲロを掃除しとけ。終わったらまた始めるぞ」
「俊、大丈夫?」
ヌシが駆け寄ろうとしたが、いきなりはじかれるように飛ばされた。館野だ。
「お前は由衣の腹を探ってからにしろ」
起き上がったヌシが睨む。
「なんだよその目は」
館野の唇が笑みを浮かべる。目が細くなり、冷たい輝きを帯びた。
「うえっ」
ヌシは腹を押さえて呻き始めた。吐瀉物が、彼女の口から溢れ出てくる。
「女だからって一切容赦しないからな。覚えとけよ」
結局、全員が館野によって胃を鷲づかみにされて吐いた。
「まったくだらしねえ奴ばっかりだなあ。臭せえったらありしねえよ」
館野は薄っぺらい笑いを浮かべながら窓を開けた。季節は春だが、まだ冷たい風が吹きつけてくる。
「俊とヌシ、お前ら回復しただろ。一回やってみろよ」
ヌシを見ると、軽く頷いた。ここで拒否したら、館野は再び容赦なく痛めつけるだろう。二人は立ち上がり、相対した。
「最初は俺がやってみるよ」
「うん」
館野に言われたとおり、ヌシへ突き刺すようにする。
ヌシの周りで、風船のように弾力のあるものが感じられる。彼女の力場だ。俊は尖らせたアグノーを突き刺そうとしたが、力場によってはじかれてしまう。更に細くイメージして試してみる。
何度か試しているうち、ゆでた大根へ竹串が刺さるように、力場の中へすっとアグノーが入っていくのを感じた。
するすると入っていき、湯の中に指を突っ込んだような熱い感覚を覚える。同時に、ヌシの表情が変化した。
「ヌシ、入ってるか」
館野の問いかけに、ヌシがぎこちなく頷く。
「俊、内蔵の熱を感じてるだろ。次に手をイメージしてみろ」
言われたとおり、錐から手にイメージを変えてみる。
熱くて、ぬらりとしたものが、脳の中にイメージされる。おぞましくて、反射的にアグノーを引っ込めた。
きっと自分は怯えた表情をしていたのだろう。館野が声を上げて笑った。
「どうだ、ヌシの揉み心地はよかったかよ」
無言で首を振った俊に、館野は更に笑い転げた。
「まあいいや。思った以上に簡単だろ。もっとも、ヌシはなんの防御もしてなかっただろうけどな。
他の奴もやれるようにしとけよ。でないと、また吐かせるからな」
夕方までに、全員が相手の内臓に力を挿入できるようになった。
「今日の授業はこれで終わりだ。明日はいかに相手からの侵入を防ぐかを学んでもらう。何度も言うように、お前らには時間がないんだ。生きていたかったら真剣にこの技を取得しろ。特に浜口だ。今日みたいにタラタラやってたら、血を吐かせてやるからな」
浜口は怯えた目をして、こっくり頷いた。
館野が出て行くと、全員その場にしゃがみ込んだ。館野に吐かされたおかげで食欲もなく、疲労困憊していた。
「浜口、大丈夫か?」
この中でダメージが一番きついのは浜口だった。頬は青ざめ、憔悴した表情で、浅い息を繰り返していた。不器用なところがある浜口は、なかなかアグノーを刺せなかった。その間、何度も館野に吐かされたり、心臓を掴まれて失神させられたりした。
「大丈夫さ」
しかし、言葉とは裏腹に、浜口の目から大粒の涙が溢れてきた。
「バカ、みっともねえから泣くんじゃねえよ」
罵る森山の声も、力がなかった。つられて由衣も体を丸めて泣き出した。ヌシが、無言で抱えるようにして彼女を抱きしめた。




