第1部 隔離 24
グラウンドに照りつける日差しは、思いの外強かった。俊は相手がパスカットして、大きく上空へ飛んだボールを追いかけながら、不意に今日が、初めてJS研究所へ連れてこられた日だと気づいた。
後頭部が壁に押しつぶされた姿。体が妙な具合に折れ曲がった死体。そして、内臓を露出させながらも、まだ生きていた男。
鮮明な記憶が目の前にフラッシュバックしていく。
恐怖がぶり返し、全身に震えが走り始める。
「俊、ボサッとしてんじゃねーよ。右サイドががら空きだぞ」
ジューケイの声でようやく我に返り、慌ててボールの行方を追った。既に上空にボールはなく、ジューケイが指摘した右サイドを、敵ディフェンダーがドリブルで駆け上がろうとしていた。
俊は全力で追いつこうとしたが、その前にセンタリングを上げられてしまう。ゴール前に陣取っていたフォワードがあっさりとボールを受け、放ったシュートはキーパーの右脇をすり抜ける。
「俊っ、ちゃんとしろよ」
「ごめんよ」
息を切らしながら応えた。
福池の事件から一ヶ月経過し、研究所内は日常を取り戻しつつあった。しかし、生徒たちの意識は確実に変わっていた。福池の死は、生徒たち全員に、施設を囲んでいる壁以上の大きな壁を認識させた。
ここに閉じ込められているものの、以前までは一般人と根底で一緒なのだという意識が存在していた。しかし、戦車の出動はそうした認識を根底から崩していった。
サッカーをしていても、以前のような快活な雰囲気はない。ヌシたちはもう見に来なくなった。グラウンドの外にいるのは、日傘を差してつまらなそうにしている奈美だけだった。まとめ役のジューケイも、怒鳴り散らす回数が多くなっていた。何よりも参加人数が減り、今は九対九でしか試合ができない状態だった。
福池が殺されたビルは足場が組まれ、全体をシートで覆ってある。破壊された現場は隠されていたものの、存在は嫌でも目についた。
試合が終わった。俊たちのチームは逆転勝ちしたが、ジューケイも含め、淡々と勝利を祝うだけだった。
更衣室へ戻ると、中に試合へ出なかった生徒が待っていた。
「森山、もう歩けるのか?」
その中に森山がいるのに驚いた。彼は事件で全身を強打した際、背骨にひびが入って、しばらく体を動かせないでいたはずだった。
「アグノーでサポートすればどうってことないさ。ただ、おおっぴらにやると、いろいろ差し障りが出るだけでさ」
「で、なんか話でもあるのかよ」ジューケイはロッカーから出したタオルで汗をぬぐいながら、ちらりと集まっている面子を見た。
ヌシと由衣、一つ年下で〈バード〉の福井兄弟など。どうやら、各クラスのリーダー格が集まっているようだ。
「今日集まったのは、他でもない、山原先生の後任に、朝倉啓四が就くことについて相談するためよ」
「それ、本決まりなのか?」
「ああ」森山が話を引き継いだ。「俺を診察していた医者が嘆いてたよ」
「田原は何にも言ってないのか?」
「聞いてもわからないの一点張りよ。どうしようもないわ」
「石村はどうなんだよ」
「あの鉄仮面が喋るわけないじゃん」
石村というのは半月前に退職した川崎の後任だった。川崎と違って、冷たい風貌から、早くも鉄仮面というあだ名がついていた。
山原がいなくなって、俊は改めて彼の影響力の強さを感じていた。今になって気づいたのだが、この施設には穏健派と呼ばれる人たちが多数を占めていた。これは何よりも所長であった山原がいたからだった。山原の死後、何人かの職員が退職したり、転勤している。後任は例外なく、自分たちに対して冷たく当たっていた。
「ジューケイはどう思うのさ。黙ってないで何とか言ってよ」
「そうそう。ここへみんな来たのも、ジューケイの意見を聞きたかったってこともあるんだからさ」
それまでみんなのやりとりを聞いているだけだったジューケイが、困ったように眉根を寄せた。いつもの歯切れ良さがないなと思う。
「この人、二ヶ月後に誕生日が来るのよ」
奈美の言葉で、ようやくみんな事情を理解した。
ジューケイが申し訳なさそうに頷く。
「そうなんだ。だから悪いけど、俺はもうお前らの話に口出しできないんだ」
ジューケイたちがすでに十七になっていたのをすっかり忘れていた。十八歳の誕生日が来れば、全員試験を受けなければならないのだ。その中で、力を失っていくか、保持していくかを判断され、それぞれの進路が決まっていく。
いずれにしても、ジューケイは八ヶ月後にはここから出て行かなければならない。最近彼がいらいらしていたのも、雰囲気の変化に戸惑っていたからだけではないのだろう。
「その上で言わせてもらうよ。正直言って、山原の後任が誰になろうと、俺たちに何ができるっていうんだ? 俺たちはただ、状況が変化すれば、それに対応する以外、選択肢がないと思うぜ」
みんなの表情に、一瞬怯えが走った。誰もが、ジューケイの言葉が真実であるのをわかっていたからなのだろう。
みんな、自分たちの未来に不安を抱いているのだ。
この先、どうなってしまうんだろうと思う。




