第1部 隔離 19
村井の校内放送で校舎へ待避した俊たちは、教室に入り、窓際に集まって外の様子を注視した。既に福池の姿はなかった。外へ逃げてしまったのだろうか。風は相変わらず穏やかで、柔らかな春の日差しが、誰もいないグラウンドを照らし続けている。さっきまで賑やかだったその場所を見ていると、なんだか妙な気分になってくる。
「見て、レーザービームよ」
俊はヌシが指さした先を見た。本部ビルの屋上に、いつの間にか投光器のような物が外に向かってせり出していた。去年工事をしているのは噂で聞いていたが、実際装置を見るのは初めてだった。再び村井の声で、館内放送が響いた。
――現在福池は三号ビルの中に立てこもっています。生徒、職員は引き続き建物の中へ待避していてください――
よく見ると、〈収容所〉の入り口付近に焦げた痕のような物がある。どうやらレーザーで福池を威嚇して、建物の中へ追い込んだらしい。
入り口から福池が姿を見せた。その瞬間、レーザー発振機から光が放たれ、福池の足下に煙が立った。
「すげえ、本当にやってるよ」
「めんどくせえな、福池に当てちまえばいいのにさ。そしたら奴、丸焦げになって一件落着じゃんか」
ジューケイが、窓際の机に座りながらつぶやく。
「今のところは警告だけで、福池に危害を加えるつもりはないようね」
由衣はヌシと一緒に窓へもたれかかり、じっと状況を注視していた。俊はその隣で様子を眺めている。緊張で、喉が渇いていた。
「福池の奴もやってくれたもんだぜ」
森山が隣へ来てつぶやく。
「あれ、お前宿舎へ帰ってたんじゃなかったの」
「敢えてここへ来たんだ」森山はニタリと笑った。「だってこんなイベント滅多にないし、一人で見てたって寂しいじゃんか」
「そうか」
――この男、俺たちがサッカーしているのを宿舎で見ていたんだろうな――外を見ながら、心の中でつぶやく。でなけりゃ、俺たちが教室へ逃げたのはわからないはずだった。遠くから試合を眺めている森山を想像して、胸が苦しくなるのを感じた。
事件が始まってから、一時間が過ぎようとしていた。福池はずっと姿を見せないままで、当初は緊張と興奮が入り交じっていた教室内も、だらけた雰囲気が広がっていた。
「あいつ、何やってんだよ」
森山があくび混じりにつぶやく。
「奴は力の加減を試しているんだ。そのうち動き出すぜ」
ジューケイがしたり顔で森山の問いに答えた。
「それ、どういう意味?」
「お前らも、初めてアグノーが出てきた時を覚えているだろ。俺もそうだけど、最初はコントロールが効かなくて、余計な物を壊したり、人を潰したりする。だけど、だんだんと慣れて、アグノーを自由に使えるようになるらしいんだ。前に館野が偉そうに言ってたよ。
あいつ、ここへ来る前は、アグノーでさんざん悪さをしていたのは知ってるだろ。一週間ぐらい練習してたら、すぐに力を使いこなせるようになったそうだ。福池なら、弱い力で慣れているから、もっと早く慣れるはずだぜ」
「どっちにしても、早く片付けてほしいもんだな。かったるくてしょうがねえよ」
「ねえみんな、こんなところでぼんやりしてて、本当にいいの」
それまでずっと黙っていたヌシが口を開いた。その強い口調は、だらけていた教室の空気を微妙に変えた。
「それって、どういう意味なのさ」
「福池を説得しに行くのよ」
「お前、馬鹿じゃねえのか。あんなののために命を張ろうってのかよ。あいつ、優介をはめた挙げ句、お前らも独房送りにしたんだぜ。なんでそんなのを助けようと思うのさ」
「あいつがJSだからよ」ヌシは冷笑するジューケイを、力のこもった目で見据えた。「もちろん性格的にはいろいろ言いたいことはあるわ。でも、今あいつが起こしている行動は、全部JSになったからこそ起きてるのよ。私たちもあんな風になる可能性があったかもしれないの。
福池も元々はああいう性格じゃなかったはずよ。お父さんにJSだって通報されて、傷ついたのがきっかけなんだと思う。仲間って言うほどじゃないけど、あいつもJSで犠牲になった一人よ」
「ねえ、あれを見て」
由衣が指さした。〈収容所〉の角に、いつの間にかひびがはいっていた。やがて角の部分が取れて宙に浮いたかと思うと、本部ビルへ飛んでいった。
「奴、アグノーを使ってビルの破片を投げているんだ」
破片は五階の左隅へ直撃した。次の破片は三階の中央にぶつかった。
「ああやってレーザーを壊すつもりかよ。やるねえ」
「あんた、そんな無責任な話していいと思ってるの?」ヌシがジューケイを睨んだ。「このままだと自衛隊が来て、福池が殺されるわよ」
「いいじゃねえかよ。下手なハリウッド映画より、よっぽど迫力のある風景が見物できるぜ」
「自衛隊って、どういう意味なんだい?」
俊が聞く。
「お前も馬鹿だな、ここがなんで自衛隊基地の中にあるのかわかってんのかよ。福池みたいのが出てきて手に負えなくなったら、自衛隊に出てきてもらうためじゃねえか」
「ヤフノフスキ症候群保護法第三十五条で、特定施設――研究所のことよ――は自衛隊の応援を要請できるようになっているの。俊君も勉強しといた方がいいわ」
「しかも十条第七項で、俺たちを殺してもいいことになってるんだ」
「そう、だから行かなきゃならないのよ」
「行くって――」
「福池の所よ。行ってあいつを説得するのよ」
ヌシが本気なのを悟り、ジューケイが眉間に皺を寄せた。
「お前、マジで行く気か? あいつ、もう人を殺しているんだから、お前だって手加減しないぞ。自衛隊だって戦車を持ち出してくるからな。福池と道連れになるかもしれない。これで死んだり怪我してもつまんねよ」
「それは違う。あたしたちはJS患者として、この問題に向き合わなければならないと思うの。このままただ漫然と福池を国の処分に任せていたら、これからもずっとそういう風に流されてしまうわ。今はそのままでいいかもしれないけど、将来あたしたちが処分されるようになったらどうなの? 福池が馬鹿だなんて言ってられないでしょ。あんたが止めても、あたしは絶対行くわ。
誰か、あたしと一緒に行ってくれる人はいないの?」
ヌシは教室内にいるメンバーを見回した。
――JSの犠牲者――ヌシの言葉が、俊の心に突き刺さっていた。
混じりけのない憎しみをぶつけてきた文哉と、顔をしわくちゃにさせて泣いていた母親の姿が浮かんでいた。自分の親に裏切られ、絶望したあの男と、弟に憎まれた自分が重なる。
窓の外を見た。
福池の姿は見えなかったが、きっとあいつは建物の中で、孤独に打ち震えているのだろう。あいつがいろいろ絡んできたのも、他へぶつけようのない怒りや苦しみが溢れていたからなんだ。そう思うと、福池が痛ましい。
傍観者だった自分に、変化が訪れていた。
俊は言った。「俺も行くよ」
「あたしも行くわ」由衣が言った。「あたし力が強いから、多少は食い止められるかもしれない」
「俺も」森山が手を上げた。「あいつとはさんざん喧嘩したけどな、いないとちょっとさびしいや」
ヌシがみんなを見て頷いた。
「ちょっと待て、お前ら死ぬぞ」
ジューケイが入り口に立ちはだかり、真剣な目で俊たちを見つめる。
「そこをどいて。もたもたしてると自衛隊が出て来るわ」
「あんた、よしなさいよ」
なおも言いたそうなジューケイの腕を、奈美が掴んだ。
「もう、この人たちを止めるなんてできやしないわ。行かせてやりなさいよ」
「お前らみんな馬鹿だ」ジューケイはため息をついた。「俺はここでどうなるか見させてもらうぞ」
ジューケイが道を空けた。ヌシが黙って頷き、四人は教室を後にした。校舎を出て、春の日差しに目を細めながら歩き始めると、新緑の青臭い匂いが漂ってきた。こんな穏やかな春の日に、コンクリート片が飛んでいく光景は現実に思えなかった。
「死ぬんじゃねえぞ」
見上げると、ジューケイが窓から身を乗り出し、手を振っていた。四人はそれに手を振り返した。
まだレーザー発振機には当たっていないものの、本部ビルの窓がほとんど破壊されていた。このままだと、レーザーが破壊されるのは時間の問題だろう。
「みんなで力を出したら、福池の力に対抗できるかな」
俊はふと思いつき、みんなに聞いてみた。
「わからないわ。だって力を出すこと自体、ホントは禁止されているから、そんなこと、やったこともないのよ」
「でもおもしろいじゃん。俺たち二十パーセントの力しか出せていないとして、四人合わせて八十パーセントだ。そうすれば、ある程度互角に戦えるかもしれないし」
「おおい」
背後から声が聞こえてきた。振り向くと、宿舎からよたよた左右に体を揺らせながら走ってくる男の姿が見えた。浜口だった。
「お、あと二十パーセントが来たぜ」
森山が上ずった笑い声を上げた。
「みんな、福池君の所へ行くんだね」
追いついた浜口が、肩で息をしている。
「そうよ。止めようったってだめだからね。危険で、死ぬかもしれないのはわかってるけど、同じJS患者として、行かなきゃいけないわ」
ヌシの思い詰めた言葉を、浜口はじっと受け止めた。
「わかってる。僕も一緒に行くよ」
「ねえ浜口君、本当にいいの? 死ぬかもしれないって言ってるでしょ」
「うん。でもね、みんなが死んじゃったらさ、僕、一人になっちゃうじゃないか。だからみんなを死なせたくないし、死ぬときが来たら一緒じゃないとやだよ。だって僕たち、仲間じゃないか」
浜口は最後の言葉を口にすると、恥ずかしそうに目を伏せ、顔を紅潮させた。
「ヌシ、浜口も参加決定だ。とっとと行こうぜ」
それでもヌシは動き出そうとせず、全員を見回した。その顔は教室にいたときとは一変して、頼りなげにうつむきがちだった。
「ねえみんな、ごめん。あたし勢いで助けを頼んじゃったけど、本当は言い出しっぺのあたし一人で行くべきだったんだわ。なんだかあたし、急に責任感じてきちゃった」
「バカ、お前一人で行っても、みんな勝手についてくるよ。現に浜口がそうじゃねえか。俊と由衣もそうだろ」
二人は頷いた。
「香織、さっき自分でJS患者として向き合わなければいけないって言ってたでしょ。それに納得したからあたしたちは一緒に来たの。香織が責任を感じる必要なんかないわ」
「そうさ。浜口が言ってたとおり、俺たち仲間なんだし、一緒に行くのは当然だよ」
俊は言いながら、仲間という言葉の重さをかみしめた。
家族は思い出すほど苦しくなる存在だ。それと反比例するように、ここにいるメンバーに親しみを感じていた。ここへ来るまでに、彼らに何があったのか、俊は聞いたことがないし、自身も話していない。しかし、自分と同じことがあったのは、お互い感じているのだと思う。
「さあ、行こうよ。破片がどんどん飛んでいくよ」
浜口が歩き出した。それを見て、全員が歩き出す。




