第1部 隔離 14
「俊、ちょっと来いよ」
食堂で昼食を食べている時、声をかけられた。顔を上げると、サングラスをはめた森山がいた。今日のサングラスの色は薄めだが、それでも瞳を窺うことはできない。
十二月に起きたあの事件で、森山は目を負傷していた。俊たちのアグノーは犯人が放った銃弾を止めてくれたが、完全でなく、体の表面に銃弾をめり込ませた。今もその痕が俊の胸に残っている。森山は不幸なことに、銃弾が左目に命中していた。アグノーは銃弾が脳へ達するのは押さえたが、目までは守りきれなかった。
義眼を付けているらしいが、見た目に違和感があるらしく、退院したときから今まで、俊たちの前でサングラスを取ったことがない。
「なんだよ」
「ここじゃだめだ。外へ行こう」
「わかったよ」
俊は食器を返却口へ戻し、森山の後についていった。
外は雪が積もっていた。今夜からまた雪が降るようなので、グラウンドの除雪は明日の朝から行うそうだった。
食堂の裏手に植えてある木々の間を歩いて行く。踏み出すたびに、くるぶしまで雪の中へ沈み、歩きにくい。時折雪に隠れた木の枝や石を踏みつけ、転倒しそうになった。弱く吹いている風は、刺すような冷たさで頬を嬲った。
歩いている間、二人に会話はなかった。事件以来、森山から憎まれ口が出ることはなくなっていた。俊も無理に話を引き出そうとするつもりはない。彼の抱えた重さが、簡単に癒えるレベルでないのがわかっていたからだ。俊自身にも、もうすこしうまくやれたら美佐子を救えたのではないかという思いがあった。それは心の中で、膿んだできもののように痛みを伴いながら、じゅくじゅくと腐り続けている。美佐子を誘った森山が、自分以上に苦しい思いを抱えているのは間違いなかった。
コンクリートの塀が見えてきて、その手前に、数人の生徒が立っている姿が見えてきた。ヌシと由衣、浜口、それにジューケイと奈美だった。監視カメラに目をやり、そこがちょうど死角になっているのを意識した。俊は浜口を見た。彼も何も聞かされていないようで、困惑した顔を向けて軽く首を振った。
「これで全員か」
ジューケイが、全員を見回す。
「そうだよ」
「あたしたちを集めて、一体何をしようっていうの?」
ヌシが不審げな目をジューケイに向ける。
奈美が意味ありげに微笑んで、ジューケイを見た。
「俺たち、美佐子のお見舞いに行こうかと思っているんだ」
「それって、先生から許可が出たの?」
浜口の発言に、ジューケイと奈美が声を上げて笑った。
「バカ、それならこんなところで相談なんかしねーよ」
「無理矢理行くに決まってるじゃないの」
「でも、どうやって行くよ」ヌシが口を開いた。「病院なんて、福池の件以来、やたらとセキュリティが厳しくなってるのに」
「いい方法を見つけたのさ。ただ、俺たちだけで行くのも忍びないんで、あのとき一緒にいたお前らに声を掛けたってわけさ。もちろん、ただじゃ済まないからよ、嫌なら帰ってもいいんだぜ」
美佐子は保護されたあと、研究所内の病院へ入院していた。情報はそれだけしか伝えられていない。このため生徒たちからは、大きな不満が渦巻いていた。特に遊園地へ行ったメンバーは、美佐子の様子が知りたくて何度も先生へ面会の依頼をしたが、一度としてかなえられたことはない。
「どうだ? 行くつもりがあれば手を上げてくれ」
全員が手を上げた。それを見て、ジューケイは頷く。
「村井は美佐子がまだ精神的に話せる状態でないから面会ができないと言ってる。だが、俺はその話が怪しいと思ってるんだ。俺が聞いた話だと、美佐子がいるエリアへは外科医しか出入りしていないそうなんだ。福池や引田のように精神科の医者が行くことはない。つまり、奴らは嘘をついている」
「意識がないんじゃないの?」
「だったら顔ぐらい見させてもいいだろう。俺たちに見せたくない何かがあるんだ」
「ジューケイ、どこでそんな情報を手に入れたのよ」
「看護師に、この人のファンがいるのよ」奈美は腕を組み、冷ややかな目をしていた。「その子と仲良くなって、いろいろ仕入れたってわけ」
「誤解するなよ。単なる友達だ」
奈美が鼻で笑う。この件に関しては、二人の間にわだかまりがあるようだった。
「俺たちは見なければならない」それまで黙ってた森山が、喉の奥から絞り出すように言った。「あのとき、何が起きたのか、知る権利があるんだ」
森山の頬が微妙に震えている。サングラスの奥にある目が、どんな表情をしているのかと思う。
「あいつらが美佐子見せないなんて横暴よ」
日頃穏やかな由衣が、珍しく怒りの表情を浮かべていた。
「よく言うよな。お前、事件があったとき、でかい体を丸めて震え上がってたんだろ」
俊たちは一斉に声がした方を見た。木陰から館野が出てきた。いつものように、嫌らしい笑みを浮かべている。
「お前、今の話を聞いていたのか」
「最近妙にこそこそ話をしてるからさ、何か企んでると思って、つけてきたんだ。案の定だったな」
由衣が顔をこわばらせ、館野を睨んでいた。肩が震えてきて、目から涙がこぼれ始める。それを見て、館野がゲラゲラ笑った。
「図星だっだんだな。俺さ、当てずっぽうで言ったんだぜ。だってお前だけ弾に当たってなかったんだもんな。どうせ縮こまってたんだろう思ってよ」
「あんた、自分が何を言っているのかわかってるの? 由衣はね――」
「ヌシ、よせよ。言えば言うほど奴の思うつぼだぜ」
耐えきれなくなった由衣はしゃがんで顔を埋めた。押し殺したような鳴き声が聞こえてくる。ヌシが彼女の背中にそっと手を添えながら、館野を無言で睨みつけていた。
「力持ちなくせによ、意気地がねえんだな」
「館野、用がないならとっとと消えろ」
「用があるに決まってるじゃねえか。俺も一枚噛ませろよ。俺も美佐子がどうなったのか、興味があるんでね」
「断る」
「だったら先公にチクるだけだ」
「お前、マジで言ってんのかよ」
ジューケイが足を一歩踏み出した。
体から、強い圧力が発散された。息苦しさを覚える。
「おもしれえ、一回お前とは片をつけなきゃなんねえと思ってたんだよ。イカサマアンダーセブンティーンの実力を見せてもらおうじゃねえか」
薄笑いを浮かべた館野からも、アグノーが放たれ始める。
「やめなさいよ」
奈美が腕を掴もうとした瞬間、彼女ははね飛ばされ、雪を被った茂みの中へ倒れた。ジューケイは、館野から視線をそらさない。
二人のアグノーがぶつかり合う。
それは俊の視界をも揺るがせた。水の中にいるような、押しつぶされる感覚を覚え、息をするのも苦しくなる。
二人の間に、オーラのような輝きが感じられた。
「ジューケイ待って。館野君も連れて行って」
由衣が顔を上げていた。一斉に視線が彼女へ向う。狼狽したのか一瞬瞳が揺らぐが、すぐに強い視線でこの場所にいるメンバーを見返した。
「本来なら、この学校にいる全員が美佐子の様子を知る権利があると思うの。それをあたしたちが好きとか嫌いとかで選ぶなんておかしいわ」
圧力が、急速に弱まっていく。
「由衣、本当にいいのか」
「うん」
「あたしは条件付きよ」ヌシは館野を睨みつけたままだった。「これ以上、あたしたちを傷つけるようにことをしたら、ただじゃ置かないからね」
「お前もよお、気が強いところを直せたら、いい女なんだがな」
「うるさいわね。どうなのよ」
「はいはい、わかりましたよ。仰せの通りにいたします」
「他はどうだ。こいつが参加するのを許可するか」
「どうせ参加できなかったらチクるんだろ。入れざるを得ないんじゃないの」
森山が投げやりに言う。
「石黒と浜口はどうだ」
「僕らにちょっかい出さないんならいいよ」
「俺もかまわない」
「あたしは嫌よ」
奈美が吐き捨てるようにつぶやく。
「俺も嫌だ。だがな、多数決だと俺たちが少数派だ」
「じゃあオッケーなんだな」
「ああ」
館野は満足そうに、ニタニタと嫌らしい笑みを浮かべた。「だったら段取りを教えてくれよ。寒くてしょうがねえや」
ジューケイが説明を始めた。決行は一週間後に決まり、解散した。俊は校舎へ戻る途中、ちらりと由衣を盗み見た。その姿は平静を保っているが、涙を流した目は赤く腫れ上がっている。
どうして由衣は、館野の言葉であんなに反応したのだろうかと思う。何かあるのだろうが、理由を聞き出すのはためらわれた。自分に深い傷があるのと同様に、彼女にも涙を引き起こすような思い出があるのだろうと思う。




