第1部 隔離 13
投稿日変更のお知らせ。従来水曜日と土曜日に投稿していましたが、来週より火曜及び金曜、それぞれAM6:00からの投稿にさせていただきます。
会議室には研究所の幹部と、聴取が続いている原口の代理で出席した塚原がいる。
「時間前ですが、全員揃いましたから会議を始めましょうか」萩谷が切り出した。「まず、安田校長から生徒たちの現状についてご報告していただきます」
「はい」安田はレポートを見ながら発言する。「御察しの通り、今回の事件は生徒の間で非常に大きな衝撃を与えております。女生徒二人がショックで体調を崩し、一時入院する事態となっています。他の生徒も、事件の概要について先生方を激しく問い詰めているといった状態です。ただ、私どもも、事件についての背景や当時の状況については新聞発表以上のことは伺っておりませんので、対応に苦慮しております」
安田が、ちらりと塚原を見た。
「安田校長には満足な情報を提供できず、誠に申し訳なく思っております。ただ、現在捜査中の案件でございまして、あまり多くの情報を漏らすと、犯人逮捕に支障が出る可能性がございます。恐縮ですが、ご理解を願います」
言葉こそ丁寧だったが、冷静に周囲を見回す視線は、会議室へ入った当初から変わらない。
「この際ですから、塚原理事官には捜査の現状をお話しいただきましょうか」
萩谷に促され、塚原は軽く頷いた。
「それではお話しさせていただきます。発言させていただいたとおり、捜査に支障が出る情報は省かせていただきますので、ご了承願います。
事件が起きたのは十二月八日の十二時三十五分。現場を指揮していた原口巡査部長が、不審者のプロフィールから彼らが〈征新の国〉のメンバーであることを知り、生徒たちを保護するよう指示した直後に発生しました。
生存したSPの話によると、彼らが動き出したのを、犯人たちは正確に察知して銃撃を加えていたそうです。つまり、生徒たちの外出先や日時はもちろん、SPの概要も判明していたことになります。
襲撃者にとって誤算だったのは、生徒たちの抵抗が予想以上に強かったことです。現場にいたSPが全員制圧された中でも、彼らは自らの身を守りました。彼らの抵抗がなければ、更に多くの生徒が拉致されたでしょう。
岩田先生、彼らの銃弾に対する抵抗力は驚異的じゃないかと思うのですか」
「そうですね、被弾した生徒から摘出した銃弾は、すべて皮膚から一センチの場所でとどまっていました。ストロンチウム製剤を服用している中で、これほど銃弾に対して抵抗力を持っていたとは驚きです。もっとも、森山君については不幸でしたが」
「塚原理事官、話が本筋からずれていませんか」
山原は顔をしかめた。
「失礼しました。ただ、山原先生にとっても、今回の事例は大変参考になったのかと思いますが」
「彼らの銃弾に対する抵抗力については、海外で多くの事例があります。驚くほどのことではありませんよ」
「そうですか。重ね重ね失礼しました」
塚原が軽く頭を下げた。
「山原さん、今回の事件で神経質になるのはわかりますが、そういきり立たなくてもいいじゃないですか。確かにJS患者が撃たれたのは日本では初めての事例ですから、重要なトピックスであるのは間違いないですし」
萩谷になだめられて口を閉じたものの、山原には疑問が残っていた。塚原は、どういう意図でこんな話をしたんだろうかと。銃が厳しく規制されている日本はともかく、海外ではJS患者が銃で襲撃された事例はいくらでもある。JSに対して多少なりとも勉強していればわかるはずだ。塚原がその点を承知の上で発言しているのは間違いない。
「〈征新の国〉に対する情報提供者については、進展がありましたか」
「現在調査中です。この件に関しましては先ほど申しましたとおり、捜査に支障が出る可能性があるため、具体的な質問にはお答えできません」
「そうでしょうね。私たちにも容疑がかかっているわけですし」
村井がつぶやく。平時なら皮肉な笑いを伴っているはずだが、さすがに今日は神妙な顔つきをしていた。
「差しあたり、一番の問題は山岡美佐子です。彼女の扱いをどうしたらよいでしょうか」
安田の問いかけに、萩谷がさも当然な顔をして答える。
「取り扱いも何も、十八歳までのJS患者の収容が認めているのはこの施設だけじゃないですか。法律を変えない限り、彼女はどこへも移送できません。除外規定の一時外出許可を取っても、三ヶ月間に限定されていますし。ここの病院へ収容する以外、選択肢はないでしょう」
「生徒が彼女に会いたがっているんです。ことに山岡が所属していた〈クロック〉のメンバーが強く主張しております。担任の田原君も、彼らの突き上げにかなり苦慮している状態です。この施設にいるとなれば、彼らの主張は強くなるばかりでしょう」
「そうは言いましてもね、彼女を見せるわけにはいかないでしょう」
「ですから、何かいい知恵がないかご相談したいのです」
「お言葉ですが」
議論が途切れたところで、塚原が声を発した。
「私は山岡美佐子を、患者たちに見せた方がよいかと思うのですが」
「そりゃあいけないよ。ただでさえ動揺しているところへ、あんな姿を見せられたら、立ち直れない子も出てくる」
「塚原理事官、どうしてそんなことを言うんですか。理由を述べていただきたい」
いつもは穏当な発言しかしない萩谷も、非難がましい視線を送った。
「彼らには、現実を見せていかなければならないと思うのです。世界ではJS患者に対するプレッシャーが高まっています。いくらここで保護されているとはいえ、いずれそうした波が、彼らの元へ及んでくるのは間違いないことです。詳しくは話せませんが、今回の事件はそうした波の一端であると私たちは認識しております」
「つまり、この事件の背景に、国際テロ組織が関与しているというのですか?」
「詳細は申し上げられません。ただ、情報収集もさることながら、山岡美佐子に対する処置を見ても、〈征新の国〉単独で行ったとはとても思えません」
「理事官」山原が口を開いた。「国際的なプレッシャーが存在するのは、私も承知しております。しかしそんな力から、彼らを守るためにこの施設は存在しているのです。理事官の話しぶりでは、あえて彼らを過酷な世界へ晒そうとしているようにしか思えませんが」
「もちろんそんな意図はございません。ただ、今後は世界の状況に合わせて、日本のJS政策も変化していかなければならないのです。それを彼らに理解してもらうため、今回はいいきっかけになると思ったのですよ」
「時期尚早ですよ。まだ法律が変わると決定したわけじゃない。それに、こんな形によらなくても、説明する手段は他にもたくさんあるはずです」
「ごもっともな意見です。私はJS患者の教育については何の権限もありませんので、これ以上は申しません。ただ、私は皆さんよりも国際的な動きについてよく把握しております。今後、そうした情報が開示されることとなれば、私の提案もご理解されるのではないかと思います」
塚原は冷たい目で全員を見回した。
「確かに、将来はそんな可能性もあり得るかもしれませんね」
岩田が場を取り繕うためか、曖昧に笑った。山原はそんな岩田を怒鳴りつけてやりたい衝動を抑え、強い視線で塚原を見つめた。塚原はその視線を無視し、出された書類に目を落とした。
会議が終わった日の夜、山原は夜のグラウンドを一人で歩いていた。空には冬の星座が一面に瞬いている。都会では決して見られない光景だ。山原は星空を見上げ、一瞬美しさに心を奪われたが、すぐに重い現実へ引き戻される。時折、冷たく乾いた風が吹きつけ、そのたびに体をこわばらせた。
グラウンドを渡り終え、食堂のある建物へ入った。階段を上り、食堂の入り口に立つ。自動ドアには「本日は終了しました」と表示されている看板が下げてあり、ドアも開かない。しかし、中には誰かいるようで、明かりが灯っている。山原は自動ドアを手の甲で軽く叩いた。
奥の厨房から調理服の女性が出てきた。山原の顔を見て、少し微笑みながらドアを開けた。食堂で料理人をしている大桑妙子だ。
「今、一人か」
「うん」
「悪いけど、コーヒーを淹れてくれないか」
「入って」
山原は中へ入り、厨房に一番近いテーブルへ座った。しばらくして、トレイにコーヒーカップを二つ載せて妙子が戻ってきた。カップをテーブルに置き、山原の向かいに座る。
「すまないな」
山原はコーヒーを一口すすった。
「いいのよ。明日の下ごしらえはほぼ終わってるし。それよりあなた、ひどく疲れた顔をしてるのね」
「今回は本当にひどい事件だった」
「美佐子さんは元気なの」
山原は首を振った。「悪いけど、その質問には答えられない」
「聞いた私が悪かったわ」
「ただ言えるのは、とても外へ出せるような状態じゃないってことさ。なんの罪もない十五歳の子供なんだ。狂ってるよ」
山原はそう言いながら、不意に目頭が熱くなってくるのを感じた。耐えきれず、涙が頬を伝う。妙子は慰めるわけでもなく、じっとその様子を見ていた。
山原はかつて、自分と同じ姓を名乗っていた女性を見た。妙子は山原の元妻だった。
これまで人並みに言い争ったことはあったが、離婚するほど深刻な対立はなかったはずだった。変わったのは、息子が死んでからだった。お互い、夫婦でいる意味が見いだせなくなっていた。
山原は息子が死んだ意味を求めるため、仕事へ没頭していった。妙子は心に空いた穴を埋めるため、カウンセリングと薬に頼る日々が続いた。残された二人が、一緒に寄り添って生きていくという道もあるじゃないかとアドバイスした友人もいる。しかし、山原には妙子と一緒にいる生活が、息子の欠落をいっそう意識させていった。息子のいない夕食、息子のいない旅行。妙子の顔を見るたび、笑ったり怒ったりした息子の表情を思いだし、耐えがたい感情に駆られた。
いつの間にか二人は別居するようになり、住民票を移す時、ついでだからと言って離婚届も提出した。
元々憎み合って別れたわけではないので、離婚後も時々食事をする間柄だった。当時、JSに対する偏見から、食堂のまかないをする人がなかなか見つかなかった。食事をしたとき、適当な人がいたら紹介してほしいと頼むと、自分を雇えと言いだした。
彼女はかつて、大学病院へ勤める医師だった。専門だった医療と食についての研究を進める過程で、栄養士の資格も取得していた。
山原が研究へ没頭したように、彼女も息子の死を埋める何かを求めていた。少しでも、JSに関わっていたいと山原へ訴えた。
こうして妙子はこの施設で仕事をするようになった。詮索されるのが嫌だったので、生徒には話さないよう頼んである。不思議なことに、こうしても仕事場で話していると、息子の思い出は現れてこない。二人とも、息子のいない穴を仕事で埋められているからなのだろう。山原は時々、人のいない時を見計らい、妙子の元を訪れるようなっていた。
「慎也を亡くしてから、俺はJS患者を助けるため、ずっと活動してきた。でも、事態はどんどん悪い方へ向かってしまう。嫌になってくるよ」
「わかるわ。でもね、あなた一人の力で世界を変えられるわけじゃないでしょ。全体で見たら世界は変わらないかもしれない。だけど、あたしたちは自分でできることをやる以外に道はないのよ。たとえほんのわずかな変化でも、それが正しいことなら、きっと将来につながっていくはずだわ」
「そうだよな」
山原の左手に、妙子の手が重なる。年中洗い物をして、ささくれ立っている指先。しかし、その内側からは、暖かな血の鼓動が感じられた。ほんのわずかだが、救われたような気がした。




