第1頁 流されて異世界
──足元を濡らす波の音に目を覚まし、エメラルド色にきらめく果てのない海を眺める。
…もしかして、遭難ですか?
「いや、そうだと決まったわけじゃない…!近くに人が住んでいる可能性だって…」
──波の音と鳥の声だけが無情に響く。
「…とにかく、海岸沿いに歩いて川を探そう。川を辿っていけば、人の痕跡を見つけられるかもしれない」
ポケットに手を入れ中身を取り出す。
「ぐしょ濡れの財布に水没したスマホ、そしてお気にの万年筆…と、よく無事だったな」
パソコンと本を入れた鞄は、流石になくなったか…
水を含んで重く張り付いてくる服を脱ぎ、捻じり、叩く。スニーカーと靴下を脱ぎ精一杯握りしめる。絞り出した水が足元の砂に染み渡り、暗い色に染めていく。
──皺付いた衣服を再び身に纏う。
「まだ若干湿っぽい…」
それはさておき、歩きながら情報を集めよう。
気候は温暖で湿度高め、時間は… 太陽の高さと空の色的に昼前か?船が転覆したのは昼過ぎだったはずだから1日は経っているな。
植生は…なんだこの木。ヤシの木っぽいがデカすぎるな、30メートルはあるぞ。落ちてこないと実は取れなさそうだ。
貴重な飲み水なんだが、ちくしょう…
そういえば、南国のような環境の割に虫はあまりいないな?僥倖だ。
しばらく歩くと地面が砂浜から露出した岩肌に変わり──
「見つけた、川だ。…近くに人の気は無し、か」
5mほどの幅の川を目で辿って内陸の方を見る。
この川は鬱蒼とした森に覆われた山の中から流れているようだ。
「登って行くか…最悪、寝床を作れる場所だけでも探さないと」
不気味なほどに生き物のいない森を進む。
森を作る巨大な樹木は、四方に張り巡らされた太い根で互いにつながってるように見える。
というかどう見てもつながってる。
「もしかしてこの辺の森、木一本なのか…?」
──ザアァァァ……
「水音…?」
滝──先程のヤシの木と同じ程の落差がある瀑布、それを作る断崖絶壁が行手を塞ぐ。
「これは、流石に登れないな…」
迂回して登るか?それとも探索を諦めて寝床作りをするか…
しかし、登って行ったところで人はいるのか…?ここまで人どころか生き物すらいなかった。それに、これじゃ食料だって満足に集まるかどうか…
くそ、なんて災難だ…今頃新居に着いて、これから始まるキャンパスライフに思いを馳せているはずだったのに…ん?
滝に近寄ってみると、裏に空洞が広がっていた。
「滝に抉られてできた洞窟か?その割には広いし苔もあまり生えていない、ここは寝床に良さそうだ…?」
洞窟内の空間を、光が奥へと流れていく。
その光に反応するように壁が仄かに光る。
手を伸ばしても光はその手をすり抜けていく。
「現実味のない光景だな…」
壁に手を当て慎重に中を進む。仄かに光る壁を見ると壁画のようなものが描かれていた。
何かに食われる人──
溶けていく人──
波に呑まれる船──
蠢く丸いもの──
八角形が描かれた丸いもの──
増える人──
八つに割れる八角形──
「訳がわからん…終末の予言か?だが、人がいたってことだ…!」
恐る恐るだった足が速度を上げていく。洞窟を流れる光を追いかけるように。期待に突き動かされて、奥へ、奥へと進んでいく。
──洞窟の先には大きな空洞が広がっていた。
光る鉱物が空間全体を見渡せるほどに明るく照らしており、この空洞に何本かの洞窟が繋がっていることが見て取れる。
その空洞の中に、異質な人工物が一つ──
「小屋…?小屋だ…!やっぱり、人がいるのか!?」
駆け寄ってみるが、朽ちて所々穴が空き、生活者がいるようには感じられない。
「廃屋か…しかし、ここには人がいたということだ」
軋みを上げる扉を慎重に開け内部に入る。
中もボロボロ…いや、建物はボロボロだが道具の類は綺麗にされている…?ベッドのシーツも穴空きではあるが、長く放置された感じではない…まさか──!
ギイィィ───…
「ふい〜さっぱりした〜」
──襤褸を纏った幼女と目が合う。
「人…?人だああああっ!!!」
「なんじゃあああああ!?!?」
彼女の深緑の髪を拭いていた布切れで頬を叩かれる。
──涙が零れたのはきっと痛みのせいだろう。




